セカンドライフ!

みなみ ゆうき

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本編

33.脅されました!

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「何、勝手に他人のスマホの中身見てるんですか。非常識でしょ?」


かなりムカついていた俺は、声を荒げることこそしなかったものの、やや強めの口調で佐伯をそう批難した。

しかし、佐伯は謝るどころか悪びれた様子すら見せない。


「見られて困るならロックしとかなきゃダメだし、そもそも置き忘れちゃダメでしょ~」


自分の所業を棚に上げて、人の落ち度を指摘してくるその態度に、俺は何も言う気になれず無言になってしまった。

何か言い返さないと負けた気がするが、こういう手合いはこっちが過剰な反応をすればするほど調子づくと相場が決まっているので、無視するくらいがちょうどいいのかもしれない。


「ついでに俺の連絡先入れといたから、いつでも連絡して。俺とも仲良くしようよ」


反応しない俺の態度を佐伯がどう解釈したのかはわからないが、図々しくもそう言った口調は、実に軽いものだった。


「俺、素人の手作りとかって苦手なんだけど、光希ちゃんのだったら食べてもいいよ。俺とも一緒にランチしない?もちろん壬生先輩とは別口で」


佐伯の言い草にカチンときた俺は、とうとう我慢できずに言葉を発してしまった。


「……嫌だと言ったら?」


地を這うような低い声でそう言った俺を気にする様子もなく、佐伯は軽い態度を崩そうとしない。


「え~?そういうこと言っちゃう?あんまりつれない態度とってると、壬生先輩とここでこっそり会ってること、うっかり誰かに話しちゃうかもよ~?」

「……それ、脅迫ですよね?」


思わず反論した俺に、佐伯は明らかに作ったとわかる哀しそうな表情した。


「脅してるつもりはないんだけどな~。壬生先輩ばっかりずるいってグチったりするだけだし」


例え佐伯が愚痴だと言い張っても、俺にとってそれは愚痴では済まない。

佐伯を拒否したということだけでなく、壬生先輩と二人で会っているということを暴露されるのだ。

煩わしさが今より数段跳ね上がる事は間違いない。

それを脅しと言わずに何と言うのか。


「これは俺とアンタら生徒会役員の問題だろ?壬生先輩は関係ない」


俺の言葉に佐伯の片眉が驚いたようにピクリと動く。


「──へぇ…?関係ない、ね。……それ本気で言ってんの?」


そう言った佐伯の目には、口許に貼り付かせた笑顔とは明らかに違う感情が見える。

どこか挑発的なその眼差しは、俺がどうでるか試そうとしているようにも見えた。


「本気ですけど?」

「もしかして光希ちゃんは、壬生先輩がどういう立場の人か知らないのかな~?」

「親衛隊持ちだって事くらいはわかってます」


途端に佐伯の眼が獲物を見つけた時のような獰猛なものに変わった気がした。


「ふ~ん。そう……」


そう呟いた後、すぐに佐伯の表情は胡散臭い笑顔に変わったが、先程の鋭い視線は、少なくとも気がある相手に向けるようなものでは無いことだけは確かだった。

佐伯は俺を口説き落とすというふざけたゲームに参加しているわりには、最初からその目にはターゲットである俺に対して恋情どころか好意すら浮かべていないような気がしていたのだが、それはどうやら俺の気のせいではなかったらしい。

こんなに俺に興味が無さそうなのに、何故ゲームに参加してるのか甚だ疑問だ。


「……佐伯サマはこのゲームに勝ってどうしたいんですか?」

「んー。とりあえず光希ちゃんが俺を選んでくれた時点で即効で抱くかな~。ちなみに他の役員も似たり寄ったりだと思うよ」

「……その後は?」

「気が向けば、またお相手してもらうこともあるかもしれないし、ないかもしれないし、って感じ」


誠実さの欠片もない言い草に、俺は佐伯に質問したことを後悔した。

しかし、それと同時に何故か佐伯という人間がどういう人間か、唐突に理解出来てしまった。


コイツの行動の基準は、相手が好きとか嫌いではなく、自分が愉しいか愉しくないかという事なのだろう。

佐伯は俺に対して欠片も好意は抱いていないが、愉しそうだからこのゲームに参加しているのだと思われる。

俺との接点がない以上、きっと他の役員も似たようなものだろう。


──だったら。


「アンタらが勝手に始めたお遊びに付き合う義理はねぇよ」


先輩に対する話し方としては、少々荒っぽい口調になってしまったがしょうがない。


「残念だけど、ターゲットに拒否権はないんだな~」


あまりに勝手な言い分に、俺の怒りは徐々に増幅していく。
佐伯の間延びしたような口調も、いちいち癇に障るので尚更だ。


「でもゲームを強制終了させる方法はあるんだろ?」


俺が挑むようにそう言うと、佐伯はわざとらしくがっかりしたような表情を作って見せた。


「あ~あ、つまんない。もしかして風紀に入れ知恵されちゃった?──だからあいつらって嫌いなんだよね~。いっつもお楽しみの邪魔ばっかしてさ」

「アンタらのせいで風紀が迷惑被ってんのが、わかってねぇのかよ?」


俺は佐伯に対して最早苛立ちを隠せずにいた。


「それって自分の親衛隊の管理が出来てない一部の人のせいだよね? 俺のとこはゲーム終了まで手出し禁止って言ってあるし、皆ちゃんとその言い付けを守ってイイコにしてるから問題無しだと思うけど」


問題大有りだ。

それってゲームが終わったら手出ししても良いって言ってるようなものだろう。


言葉が通じない、というのはこういう状態を言うのだろうなと実感させられた。

まともに相手をしてたら、疲れるだけだ。

俺は拳を強く握り締めることで、無理矢理自分を落ち着かせた。


「光希ちゃんの言ってる強制終了って、誰かの親衛隊に入るとかってこと?そういうつまんない結果になっちゃうこと、結構あるから困ってるんだよね~。もしかして光希ちゃんもそういう事しちゃうワケ?」

「……いや、俺はそんなとこに入る気ないですけど」

「え!?じゃあ、親衛対象になるの?光希ちゃんじゃちょっと無理かもよ~」

「……論外です」


明らかに馬鹿にされているのがわかったが、例え素顔を晒して親衛隊を作れる状態になったとしても、そんなものに囲まれて過ごすのは御免だ。


「後は、恋人を作るってことだったと思うけど……」


そこで一旦言葉を区切った佐伯は、愉しくて堪らないといったように話し出す。


「俺達に睨まれるのがわかっていて恋人になってくれるような人間は、風紀の幹部か俺らと匹敵するほどの規模の親衛隊を持つ人間じゃないと無理だよ。

──例えば、そうだなぁ……」


佐伯は少し考え込むような素振りを見せた後、俺を見て意味深にニヤリと笑った。

その表情を見た俺は、嫌な予感しかしない。


「──神崎 颯真、とか?」


俺は思わず佐伯を凝視した。


「短縮設定してるくらいだから、当然仲良いんでしょ?」


佐伯はニッコリと笑いながら俺のスマホの画面を指差した。


最悪なことにそのスマホの中には、颯真とのやり取りも残されている。

毎日顔を合わせて喋ってるので、俺らの関係がわかるようなやり取りこそした覚えはないが、颯真をパシリに使っていると思われても仕方ない内容は山ほど残っている。

絡んでくる親衛隊が煩わしくてあまり出歩けない俺の代わりに、颯真にはちょくちょく買い物を頼んでいるのだ。

その内容が、ただのルームメイトで押し通せるか際どいところだ。


「神崎はただのルームメイトです。俺のこの状態を心配して色々協力してくれてるだけの関係です。そもそも俺、恋人とかいらないんで」


そう言いながら、心底うんざりしたような表情をして見せると、佐伯は今まで貼り付けていた胡散臭い笑顔を急に取り払い、先程から見え隠れしていた狡猾そうな表情を全面に押し出してきた。


「それ以外に手っ取り早くゲームを終わらせる方法があるって言ったら知りたい?」

「は……?」


そんなものがあるのなら、当然すぐにでも教えてもらいたい。

しかし足元を見られるのも嫌なので、あえて急かすような真似はせず、相手の言葉をじっと待った。


「光希ちゃんって面白いよね~。やっと会長や副会長が言ってた意味がわかった気がするよ。そんな光希ちゃんに免じて特別に、俺らの中で決めてあるこのゲームのルールを教えてあげる」


なんで急にそんな話を始めるのか訝しむ俺を他所に、佐伯は滔々と喋り出す。


「俺ら別に特定の恋人が欲しいからこんなことやってる訳じゃないし、単なる暇潰しだから難しいこと考えてないんだ。ただ周りが騒ぐから毎回面倒な事になってるだけで」


そういう考え無しの行動が一番迷惑だと早く気付いて欲しいものだ。

俺はこっそりため息を吐く。


「勝利条件は単純明快。ターゲットに『好き』って一言言わせればそれで終わり。俺らは別に相手を好きになる訳じゃないし、純粋にゲームを楽しんでるだけだから、誰が選ばれても恨みっこ無しってワケ。ターゲットにしても恋人になれるかどうかはわからないけど、一回くらいは抱いてもらえるんだから、損はないと思うけど」


俺は怒りを通り越して、無言になった。

はっきり言って俺は生徒会役員達に気紛れで目を付けられたことで、損しかしていない。

セックスごときでその損失を勝手にチャラにされたんじゃ堪らない。


やはり俺の目論見どおり、コイツらは自分の想いに応えて欲しいから相手の気持ちを望むのではなく、単純に自分達の中で勝敗をつけることを愉しみたいだけだということがよく分かった。


俺の中での生徒会役員に対する評価は、ただでさえ低かったものが、この話を聞いた途端、底辺まで達してしまった。


「なんだかね~、他の生徒会役員達もそろそろこの膠着状態に痺れを切らして強硬手段にでそうなんだよね。面倒なことになる前に俺で手を打っといたほうがいいと思うけどな~。いっそのこと俺に抱かれちゃう?そうすればわざわざ『好き』って言わなくても、すぐにゲーム終了になるけど?」


俺は無言で佐伯を睨み付けた。

とはいっても、この眼鏡と前髪のせいで佐伯からは俺の目元が見えていない可能性が高い。

佐伯はそんな俺を気にする様子もなく、椅子から立ち上がって俺に近寄ると、すんなりとスマホを渡してきた。


「ま、気が変わったら連絡してよ。俺はいつでもオッケーだから。じゃ、いい返事待ってるね」


佐伯は笑顔でそう言うと、ヒラヒラと手を振りながら俺を振り返る事なく去っていった。
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