セカンドライフ!

みなみ ゆうき

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本編

28.名乗られました!

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親衛隊持ちと思われる若武者風のキリリとした顔立ちの先輩と成り行きで昼食を一緒に摂ることになった俺は、その先輩に案内される形で俺が昨日利用した談話室の隣にある、『事務室』と表示された部屋へと来ていた。

かつてはこの図書館に勤務する職員の事務室として使われていたと思われるその部屋には、事務室としての名残の書類棚や給湯室などはあるものの、事務ができるような机や椅子の類いは既に無く、代わりに三人で座ってもたっぷり余裕がありそうな大きなソファーと、年代物だが立派なローテーブルがあまり広くはない部屋の真ん中に置かれていた。

旧図書館は古い建物のため、鍵は他の建物と違いカードリーダー式にはなっておらず、全ての扉が従来どおり金属製の鍵で開閉するタイプになっているのだが、俺が訪れた昨日、一昨日はこの部屋はしっかりと施錠されていて、入ることが出来なかった。

普段は立ち入り禁止であろうこの部屋の扉の鍵をこの先輩は当然のように開けて中に入ったのだが、本当に生徒だけで利用してもいい場所なのかどうかすら俺にはわからない。

しかし、ここの鍵を持っている以上、この先輩はこの部屋の出入りを許されるような立場の人なのだろう。

一般の生徒が滅多に訪れない旧図書館で普段鍵のかかっている部屋に自由に出入りできる人物となると、図書委員長あたりの役職なのではないかと思うが、素性を知ってしまうと厄介な事になりかねない気がするので、あえて訊ねるような真似はしないつもりだ。


なるべく当たり障りのない会話でこの場を終了させるというのが今の俺の使命なのだ。


俺たちは早速ソファーに肩を並べて座りながら、テーブルに各自持参した昼食を拡げていく。

その間も俺はこの親衛隊持ちらしい先輩と密室に二人でいるということを誰かに見咎められはしないかと内心ドキドキしており、妙にそわそわしてしまっていた。

すると先輩は俺が萎縮しているのだと勘違いしたらしく、先程会った直後よりも幾分柔らかい態度で接してくれた。

先輩に要らぬ気を遣わせて申し訳ないとは思いつつも、俺はこの状況を利用して、なるべく自分から話さずに済むよう、気の弱い後輩の振りをしようと決めた。


この先輩に会うのはどうせ今日が最初で最後だ。

会話は弾まず多少気まずい思いをするだろうが、せめて不快な思い出にならないように気を付けよう。

そしてこの先輩がこの場所を利用していることがわかった以上、俺がここに出入りしている姿を誰かに目撃されると、またしても要らぬ誤解を受ける可能性がゼロとはいえないので、明日からここには近付かないことを心に決めた。


すごく気に入った場所だっただけに残念で仕方がない。


「食べてもいいか?」


考え事をしていた俺に先輩が聞いてくる。


「あ、はい。どうぞ」


慌てて返事をすると、先輩は口許に微かに笑みを浮かべながら、丁寧に手を合わせて「いただきます」と言った後、すぐに卵焼きに箸を延ばして口に運んだ。


「……旨いな」


その感心したような響きを感じられる呟きに、嬉しくなってしまった俺は、さっきの決意も忘れて、つい先輩に話しかけてしまった。


「そうですか?普通の卵焼きですけど」

「ここにいると普通の弁当を食べる機会もないからな」

「なるほど……」


この学校にいてはごく普通の家庭料理や、手作り弁当を食べる機会は確かに無いだろう。

ここの学食はメニューの種類も豊富で栄養面などもよく考えて作られていると思うが、たまには家庭で食べるようなものが恋しくなることもあるのだということに初めて気が付いた。

それならば颯真があれほど毎回一緒に食べたがっているのにも頷ける。


俺にしても、今は学食に行ける状態じゃないから仕方なく自炊しているが、おそらく学食が利用できる状況になったとしても、たまに家庭の味が恋しくなり自炊する事もあるに違いない。


「良かったら全部どうぞ」

「いいのか?」


俺の申し出に先輩は僅かに驚いたような表情を見せた。


「俺は先輩のいただくので、交換ってことで」

「……ありがとう」


あまり表情が動かない感じの先輩だが、よく見ると目許や口許の動きで微妙に感情が表情に表れていることがわかる。

今は本当に普通の手作り弁当を喜んでくれているのがわかったので、俺も自然と笑顔になってしまった。


すると先輩は何を思ったのか、俺の顔を覗き込みあからさまにホッとしたような声で呟く。


「……やっと笑ってくれた」

「え?」

「ずっと表情が固かったから……」


そう言われてようやく自分の状況を自覚した俺は、内心狼狽えてしまった。


──そうだった。俺、気弱な設定でいくんだった。普通に話してどうする!

えーっと、気弱…、気弱……。


そう考えて思い出したのは、転校初日の学食で見た、生徒会役員に話しかけられて恥じらっていた『お手本くん』の対応だった。


「あの、えっと……」


自分なりに多少恥じらっているような振りのつもりで、先輩から目を逸らしてみる。

すると先輩からは何故か謝罪の言葉をかけられてしまった。


「困らせるつもりはなかった。すまない」

「……いえ」


何と返事をすれば良いのか思い付かず、とりあえずそう答えると、先輩は気を遣ってくれたのか、それ以上会話する事にはならず、食事に専念することができた。

俺は先輩が持ってきたコンビニのおにぎりやサンドイッチをありがたくいただく。


黙々と食べるだけ、という気まずい時間がずっと続くかとも思われたが、そこはやはり男同士。

食べるスピードが早いため、あっという間に食事時間も終了し、気まずい時間も終わりを告げた。


「ごちそうさまでした」

「こちらこそ、ごちそうさま。本当に旨かった」

「お口に合って良かったです」


腹も満たされて和やかな雰囲気のままお開きになるかと思いきや、先輩が普通に俺に話しかけてきたことで、雑談タイムに突入してしまった。


「いつも自分で作った弁当を食べているのか?」

「はい」

「……すごいな」


俺は必要にかられて仕方なくそうしているだけなのだが、他人に褒められると悪い気はしない。

ちょっとだけいい気分で先輩が完食した弁当箱をランチバッグにしまっていると、先輩が突然とんでもないことを言い出したお陰で、俺の気分は急降下した。


「よかったらたまにでいいから俺にも弁当を作ってくれないか?」

「……え?」


あまりに唐突過ぎるお願いに、俺は言葉の意味が理解出来ずに思わず聞き返してしまった。


「またこの弁当が食べたいと思ったんだが、やはり図々しかったか……?」

「いえ、そんなことはないんですが……」


語尾を濁しながらもあからさまな断りの言葉を口にしない俺の態度を見て、押せばいけると思ったらしい先輩は、すかさず少し控えめな提案に切り替えてきた。


「じゃあ、俺の分も作って欲しいというのも悪いから、お昼を交換することにしないか?」

「は?」


戸惑う俺を余所に先輩は話を続けていく。


「毎日とは言わない。週に一回俺がここに来る日だけということでどうだろう?」


その言葉に俺はすかさず反応した。


「先輩は週に一回しかここに来ないんですか?」


昨日、一昨日と会わなかったのは、週に一回しかここに来ないせいだったらしい。

ということは、その日さえ避けることができれば、ここを利用しても大丈夫なのではないかという淡い希望が生まれてきた。


「俺は水曜日だけしかここに来ることが出来ない。残念ながら他は全部予定が組み込まれていて身動きが取れないんだ」


その言葉に俺は昼休みは必ず自分の親衛隊と過ごすことにしていると言っていた颯真の話を思い出した。

おそらくこの先輩も他の日は親衛隊と交流を深めているのかもしれない。


先輩の利用が水曜日という情報がわかったところで、何と言って断ろうか考えていると、最悪なことに先輩はそんな俺を気にすることなく自己紹介を始めてしまった。


「俺は壬生みぶ 翔太しょうただ」


この瞬間、素性を知らないままこの時間をやり過ごすという俺の計画は、あえなく潰ついえてしまった。


名前を聞いた以上、名乗らない訳にはいかない。

俺は仕方なく自分の名前を口にした。


「中里 光希です」


すると。

今までは俺が誰だか全く気にしていない様子だった壬生先輩は、俺が名乗ったことで噂の転校生だということがわかったらしく、微かに瞠目しているのが見てとれた。


──俺は内心ため息を吐く。


厄介事に巻き込まれる可能性があることをわかっていてわざわざ俺と関わりたい人間などいないだろうということはわかっている。

壬生先輩は今、俺と関わったことを後悔している真っ最中だろう。

自分から弁当の件を言い出した以上、俺の素性を知った途端に断るのはまずいと思っているのではないかと思った俺は、早速自分のほうから断りを入れる事にした。


「申し訳ありませんが、俺、誰とも一緒に食べるつもりはないんで……」

「そうか……」


その言葉にやはりそういうことだったかと、俺は少しだけ落胆した。

想像していたことだったが、やはり他人に避けられるということは気持ちのいいものじゃない。


ところが壬生先輩は、

「一緒が嫌なら交換だけして、お互いに好きな場所で食べよう」

と、予想の斜め上を行く答えを返してきた。


もしかして、この人、俺が噂の転校生だと知らないのではないだろうか……?

そう思った俺は非常に不本意ではあるが、仕方なく自己申告してみることにした。


「……あの、俺の噂知らないんですか?」

「普段から噂を気にしたことはない」


この言い方だと、知ってるのか知らないのか判断しづらいが、噂というもの自体に興味がないらしいことだけはわかった。


「もしかして、それを気にして断っているのか?
だったら気にしなくていい。俺がここに来るようになってしばらく経つが、誰かが来たこともないし、俺がここに来ていることは誰も知らない。だからお前が心配するようなことはおきない」


その言葉で壬生先輩が噂の内容を知っていて、俺の懸念している状況についてもわかっているのだということが伝わってきた。


「じゃあ来週から頼む。楽しみにしてるからな」


壬生先輩はそう言うと、俺の返事を待たずに席を立ってしまった。

半ば強引に約束させられた俺が呆然としていると、入り口の扉の所にいる壬生先輩に、「締めるぞ」と声をかけられた。


壬生先輩がこの部屋の鍵を掛けなければならないことを思い出した俺は、よい断りの文句が思い付かないまま、慌ててランチバッグを手に席を立ったのだった。
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