セカンドライフ!

みなみ ゆうき

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副委員長に半ば脅される形で朝からの出来事を話す羽目になった俺は、渋々この半日であった生徒会絡みのことを話してみたのだが……。


俺が話し終わるなり、委員長サマは難しい顔をして黙り込み、副委員長は何故か腹を抱えて笑っている。


「殴った?朝比奈を?そんでもって竜造寺を知らなかったって……。 あーおかしい!笑い死ぬ!キミ最高だよ!!」


涙目になりながら絶賛してくれている副委員長を見て、思わぬところで笑いがとれて良かったと喜ぶべきなのか微妙な気持ちにさせられた。

興味が無ければ知ろうとも思わないし、紹介されなきゃ誰が誰だかわからないのは当たり前だと思うのだが、その前提はここでは通用しないらしい。


「学食でキミに熱烈プロポーズしたアイツが生徒会長で竜造寺清雅っていう名前なんだ」


副委員長がわざわざ教えてくれたお陰で、俺は今初めてあの俺様生徒会長の御大層な名前を知ったのだ。


「……普通本人が名乗るか、誰かに教えてもらわなきゃわかんないですよね?」


それが普通であることをさりげなくアピールしてみたが、俺の常識が通用するのかはわからない。

ちなみにプロポーズとかいう不気味な言葉についてはあえてスルーしておいた。


「キミ、本当に普通なんだね。すごいな」


普通という言葉が褒め言葉とは思えないが、すごいと言われているので一応褒められてはいるらしいことはわかる。


「……アイツらが興味を持ったわけがわかったな。普通すぎる」


委員長サマまでもがそう低く呟いたのを聞いて俺は驚いてしまった。


「わかった?今の話で?興味を持ったって目をつけられたってことですよね? 俺のことやたらと普通って言いますけど、この学校が異常なだけですから!」


俺が矢継ぎ早に繰り出す言葉に、委員長サマがうんざりしたような顔をする。

自分は散々俺に同じ話を繰り返し聞かせてたくせに失礼な話だ。


「とにかく、ヤツらがどういうつもりでお前に近付いたか、だいたいわかったからもういい。俺から話すことは何もない」


そう言うと、委員長サマは不機嫌そうな顔のまま腕組みをして目を閉じてしまった。

俺は委員長サマと話をするのは諦めて、その隣に座っている副委員長に水をむけてみる。

油断できない曲者なのはわかるが、委員長サマよりは会話になるだろう。


「どういうことですか?」

「この学校にいて普通の感覚の人って珍しいから、娯楽に飢えてる暇な連中に気に入られたんじゃないかってことだよ。──キミここじゃ珍獣レベルで普通だから」


副委員長からニッコリ笑って嬉しくないお墨付きをいただいてしまった俺は、ものすごく嫌そうな顔してしまった。

普通の感覚なのにここじゃ珍獣扱いされるなんて、この学園の異様さが益々浮き彫りになった気がする。


それにしても珍獣って……。希少価値という観点でいうならば絶滅危惧種のほうがまだいいような気がするんだけど。


「せめて絶滅危惧種にしてもらえないですか」


俺が冗談混じりにそう提案すると、副委員長は相変わらず油断ならない笑みを浮かべながら言葉を返してくれた。


「じゃあキミが保護対象になったらそうしてあげるよ」

「はあ……」


冗談に冗談で返され、俺は気のない返事をするしかなかった。


「もしかして冗談で言ってると思ってる?」


副委員長はいちいち俺の考えていることを読んでくるが、自分は絶対真意を悟らせようとしないだけにホントに厄介だと思う。

俺がどう言葉を返そうか迷っているうちに、副委員長が先に話し出してしまった。


「キミは俺たち風紀の仕事が何か知ってる?」


突然の話題変換についていけずに戸惑う俺に構うことなく副委員長は話を続けた。


「風紀の本来の仕事は学園内の秩序を護ることだ。この学校は生徒の自主性を尊重してることから、どうしてもその意味を勘違いして好き放題しようとするヤツらが出てくるんだ。それを取り締まるのが風紀の役目」


そう言った副委員長の横でいつの間にか委員長サマが目を開けて俺をじっと見ていた。


「でも最近は生徒会が原因の揉め事ばかりに時間を取られているのが現実でね」


副委員長の口振りからはうんざりしている様子がよく分かる。


「揉め事……?」

「人気のある生徒に親衛隊があるっていうのは聞いた?」

「はい」


この学校では人気のある生徒に親衛隊というファンクラブのような組織があるというのは二階堂に教えてもらった。

そこの掟に従わず、親衛対象に近付く者に対しては容赦なく制裁という名のいじめのようなことを行う過激な集団だということも聞いている。


「本来なら親衛隊は人気のある生徒が快適に学校生活を送るためのサポートをする目的で作られた、学校公認の同好会のようなものなんだ」

「あー、なるほど」


その説明だけで俺は親衛隊の存在意義ついて妙に納得してしまった。


ここに来るまでそれなりにモテ人生を送ってきた俺にも、少なからず好意を向けられて煩わしい思いをした経験がある。

小、中学生の頃は持ち物がいつの間にか無くなっていることはしょっちゅうだったし、知らない女の子に名前を呼ばれて逃げられるとか、ひどい時はすれ違い様に触られるということも結構あった。

もちろんそんな子ばかりじゃなく、正面切って告白してくる子もいたが、それはそれで色々面倒なことも多かった。

断れば泣かれるし、付き合えばやたらと束縛してくる。

最初の頃はどうしていいかよくわからず色々あったが、数をこなすうち段々と上手い立ち回りも覚えてきて、煩わしさを感じることもなくなった。


しかしその対応の結果が今回の転校に繋がるのだから、結局上手くはいっていなかったんだろうけど。

自分の黒歴史をまたしても思い出す羽目になってしまった俺は、少しだけ沈んだ気持ちになってしまった。


「ここはある意味閉鎖された環境だからね。どうしても恋愛対象も性欲の対象も近くにいる人間に向いてしまうのは仕方ないことだと思う。 むしろここじゃそれがノーマルだ。──ただ、人気者に対する異常なまでの崇拝はここ特有だと思うけど」


俺は黙って頷いた。


「例えば可愛い系の子はここではお姫様扱いされる一方で、性的な対象にも見られやすくなる。だからそういう自分で自分の身が護れない子を不貞の輩から護るのも親衛隊の役目なわけ。逆に無理矢理抱いてほしいとしつこく迫る可愛い系の子もいるから、そういうのを近付けさせないというのも親衛隊の役目だね。

本来はそういう集団のはずだったんだけど、目的と違う方向に動いてタチの悪い集団になってるのが現状だ。 もちろんそうじゃないとこもあるけど、生徒会役員のところは特に酷い」


そう言った副委員長からは一瞬にして笑顔が消え、本当に嫌そうな表情になった。


「中でも生徒会長のところのチワワどもには風紀も手を焼いてるんだ」

「チワワって……」

「アイツら一見おめめパッチリで小さくてか弱そうに見えるけど、ご主人様にはやたらと尻尾を振るくせに、主人に近付く人間にはよく吠えるんだ。まるで躾のなってない犬みたいにね。──だからチワワ」


俺はそれを聞いて、先程学食で会長が俺に仕掛けて来た時、人一倍甲高い声でやたらとワーキャー言っていた一見可愛いらしい見た目の生徒達のことを思い出した。

──確かにチワワっぽい。

あまりにピッタリなネーミングに俺は思わず笑ってしまった。


「可愛い見た目だと思ってナメてかかると痛い目みるよ。アイツらやることエグいから。会長に近付く人間は見境なく目の敵にするうえ、自分たちの言い分を聞かないと容赦なく制裁する過激集団だ。
最初は口頭での警告。次は嫌がらせ行為。それでも聞かない場合は呼び出して、数に物言わせた暴力行為。もっとエスカレートした場合は自分のシンパ使って強姦紛いのことをした挙げ句、その動画を撮って脅迫するらしいから」


俺は副委員長が口にしたあまりのタチの悪い現実に絶句した。

レイプした挙げ句、動画を撮影しておいて脅すって……。

それ、いじめ通り越して犯罪だから……。


そんな俺の気持ちを察してくれたのか、副委員長が気休め程度に笑いかけてくれた。


「そうならないためにあらかじめそういう動きがありそうな人間をチェックして未然に事件を防いだり、運悪く制裁対象になってしまった生徒を保護するのが今の風紀の主な仕事になってしまってるんだ。 迷惑な話だと思わない?」


副委員長の話に俺はようやく納得していた。

先程の絶滅危惧種の話からの急な話題転換はここに繋がっていたらしい。

そして俺が今、こんな話を聞かされるということは、既にレッドリスト入り寸前だと判断されたのだと気が付いた。


「ちなみに回避策は?」

「あるよ」

「え?」


ダメ元で聞いてみたのだが、意外にもあっさり肯定的な返事が返ってきた。

すぐに副委員長が指を立てながら説明してくれる。


「その1、自分の親衛隊を作って護ってもらう」

「嫌です」

「その2、誰かの親衛隊に入る。他の人間の親衛隊員には手を出しちゃいけない決まりだから」
「嫌です!」

「その3、学園内に恋人を作る「絶対無理!!」」


俺的に絶対に出来ない回避策に、最後は喰い気味で否定の言葉を発してしまった。

どれもこれもお断りだ。

それこそ俺のような普通の感覚の人間には絶対抵抗があるものばかりだ。


こうなればほとぼりが冷めるまでなるべく生徒会役員に遭遇しないようにするしかない。

そう心に決めた時、タイミングよく本日の授業が全て終わったことを知らせるチャイムが鳴った。

俺はこのチャンスを逃さぬよう、半ば無理矢理話を終わりの方向へと持っていくことに決めた。


「俺のことならご心配いただかなくても大丈夫です。アイツらに対して微塵も魅力を感じませんし、ちやほやされたところで嬉しくもなんともないので調子に乗ったり勘違いすることもないでしょう。
それに俺、この学校には静かな環境を求めてやって来たんです。山奥で修行僧のような生活をしようと決めてるんで、言われなくとも大人しくしてますよ」


最初に委員長サマに散々聞かされた、調子に乗るな、勘違いするな、大人しくしてろ、に対する俺の回答という形で締めくくらせてもらう。


「それでは、クラスメイトに寮まで案内してもらう予定になってるので、これで失礼します!」


俺はそれだけ言い切ると、さっさと立ち上がり、一礼してから逃げるように部屋を後にした。



◇◆◇◆



光希が出ていった扉から煌成のほうに視線を向けた夏樹は、堪えきれないといったように笑いだした。

煌成はそんな夏樹を見ながら呆れたような表情をしている。

夏樹はひととおり笑い終わると、まだ涙目のまま口を開いた。


「ねぇ、煌成はあのコのことどう見る?」

「……この学校には珍しく普通の人間だ」

「そうだね。でもあのコ、本当に面白いよ。──欲しいなぁ。風紀に」

「珍しいな。夏樹が他人に関心を示すとは」

「あのままでいられるんだったら欲しい逸材だと思わない?」


大抵の人間は一ヶ月もすれば皆この閉鎖された環境のせいで、すぐに学園の空気に染まってしまう。

それがわかっているので、煌成はすぐに夏樹の意見に同意はできなかった。


「これからどう転ぶかはわからんな。ヤツらのゲームを上手くかわして終わらせることができても、その後がもっと大変だ」

「そこからがある意味本当の厄介事の始まりだからね~。もし簡単に流されたり潰されたりされちゃうようなら要らないなー」


夏樹はそう言いながら立ち上がると、窓のほうへと歩み寄る。

そこにはちょうど小走りで普通棟に入っていく光希の姿が見えた。


「絶滅危惧種に成り下がって俺をがっかりさせるような真似だけはしないでくれよ。光希クン」


光希の後ろ姿を見送りながらそう独り呟いたのだった。
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