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申し訳ありませんが、貴方様との子供は欲しくありません。

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「……本当に、私の子供は要らないと言うのか?  」

金色の整った眉毛を歪ませ、彼、アランドレ・ベイルーニア・オレッド・ラドロンピスは私を睨み付けて、やけに苦々しく問うて来た。輝く金の髪は、前髪がやや長めではあるものの、襟足はすっきりと短く整えられて清潔感がある。
すらりとして背が高く、程々に鍛えた体は、何処から眺めても理想的な紳士だ。紳士……と言うか、彼はこの国の王太子である。

そして、私の夫でもあった。

私はハーベルニア・ノーティ・ベルモット。伯爵位のベルモット家から嫁がされた、アランドレ様の側室である。正室はティモレント様。他にも1人側室が居て、侯爵令嬢のオフィーリア様(何方もあまり興味は無いのだけれど)。そして、3日前私がこの王宮の一角を充てがわれ、仲間入りしたのだ。

そしてそして、せっかくの夫婦の初夜だと言うのに、寝台に並んで腰掛ける私達を取り巻く空気は、甘いそれとは似ても似つかぬものだった。原因は、私の発言のせいなのだけど。

「……左様にございます。……恐れながら、私の家格では子を生しても、お互いに何の得にもなりません。確かに、私の実家は領地経営が上手く行って、資産がこの国の中で群を抜いて保持しておりますし、それを見込んでのこの度の宮入りが決まった訳ですが……」

「……子を持つつもりは無いと」

鮮やかな緑の瞳は、厳しく私を睨んで来る。まあ、それはそうでしょうね。褥に入る前に、『貴方の子供は欲しくない』なんて言われたら…ねぇ?

「はい」

「そんな事は……」

何となくフォローを入れてくれそうな気配に、私はかぶりを振った。だって、そんなのは必要としていないのだもの。

「まだ正室様も、もう一人の側室様も子はおりませんが、後から入った私が子を持つなど無用の争いを起こすだけ。私は只、家同士の繋がりを持つ為だけに存在しておりますから…諸々の覚悟もしております。どうか、了承して下さいませ。アランドレ様の憂いにはなりたくないのです」

それを聞いて、アランドレ様は深く溜息を吐いた。『何か、して欲しい事があるかい?』と甘く蕩ける様な笑顔で問われたので、このチャンスを逃すまいと少々急ぎ過ぎたかしら?けれど、夫婦の指針は最初に合わせて行った方が良いと思ったんだもの。

「……そんな事は気にせずとも、私は君との間に子が出来たら嬉しいよ?  」

それを聞いて、私は頭がすうっと冷めるのを感じた。もしかしたら、ここはきゅんと胸をときめかせる場面だったのかも知れないけれど、私には何も響かなかった。寧ろ、この世界……ううん、生物の本能は子供を持つ事こそが当たり前であり、それ以外の考えは認めてくれないのだ。
分かっていたのに……と、私は話し合いが長引きそうな気配を感じて、些か心が沈んだ。

「いいえ、生まれてから無用の扱いなど受けさせるくらいならば、持たない方が良いのです。持たねば、未来において憂う我が子に心を痛めずに済みます。私は、子に悲しい思いをさせたくないのです」

そう。生まれてから要らないなどと、不当な扱いをされるくらいならば、命が端から無ければ誰も悲しまない。一時の感情で、勝手で、都合で……命を弄んではいけない。命があるから幸せ……なんて現実的では無いと思う。

「……君は……」

そう言うアランドレ様は、少し毒気を抜かれた様に、きょとんとした顔で私を見つめる。一体どうしたのかしら?

「実は子供が嫌いだとか、私を受け入れられないとか……そう言う事では無いのだな?  」

何故そう話しが飛ぶのかしら。

確かに、嫌いで欲しく無いと断る方も居るでしょう。私だって、どちらかと言えば子供は苦手。けれど、王宮内なら乳母に専門の侍女、教師に医師が手厚く保育してくれるのだから、極端な話し、産んだら丸投げだってして良いのだから、あまり関係ないとも思うのだけど。

「どちらかと言えば得意ではありませんが、私は産んで丸投げなんて無責任な事も極力したくありません。せっかく私の元へ生まれたのなら、その子にとって良い環境を与えて、出来るだけの愛情と手間を掛けてあげたいのです。ですが、ここで生まれたら最後、選択出来る未来は少なく、王位の為に常に命を狙われて、平穏な日々を与える事が出来ません。それでは、子供が可哀想です」

そう私がきっぱりと言うと、アランドレ様は口許に手を当て、何やら考え込んでしまう。さぞ男性的にはショックでしょうね。でも、正室ももう一人側室も居るのだから、私に子が出来なくても心配無いでしょうに。

私は、ハーベルニアとはまた別の記憶を持って生まれた。多分これは転生ってやつだと思う。3歳頃から自分の容姿に違和感があり、何故染めてもいないのに髪は明るい茶色なのか、何故瞳は青いのか不思議で仕方無かった。10歳になる頃には、もう一つ記憶があるからなのだと、そしてそれが徐々に馴染んで来たのだと認識していた。

以前私は奈緒という名前だった。黒い髪に茶色の瞳。中肉中背。目立たない容姿。そして、奈緒はずっと施設で育った。赤ん坊の頃施設に預けられたのだ。それ以降、母親に会った事が無いので顔も知らないけれど。勿論、父親なんて論外でしょう。

境遇が似たような子が沢山いる中で、特にグレる事も無く、かと言って健全には育たず、やさぐれて大きくなった私は、新しい子が施設に入る度に、疑問が頭に浮かんで仕方無かった。

何故、要らないのに子供を産むのだろう?

かと言って片っ端から殺して回れという意味では無い。そこは間違えてはいけない。けれど、あの世界、あの国で、回避する手段は沢山あるのだ。道具なり薬なり使えば良いのだ。それを、自身の欲望に任せ、無責任に産み、無責任に捨てる。確かに命は大事だ。大事だからこそ、作った本人が大事に育てるどころか放棄するのが分からない。それは男女共に責任は同じだと私は思っている。

確かに、病で育てられない人もいて、他にもどうしようも無くて泣く泣く手放す人もいるでしょうし、苦しい思いをしている人もいると思う。虐待する奴は進んで施設に入れて欲しい。でも……。そんな事を考えながら思春期を過ごした私には、ある決意があった。

養育に良い環境、潤沢な資金、手を掛ける時間。これが揃わなければ、私は子供を産むまいと。

産んだせいでお金が無いなんて子供の前で言うくらいなら。産んだせいで遊びに行く時間が無いなんて子供の前で言うくらいなら。私は手にするのを良しとしない。

自分の信念を貫けない環境ならば、子供は欲しく無い。そう固く決心していた私は、幸か不幸か子供を授かるどころかずっと独身生活を送り、交通事故であっさり死んだのだけれど。



そして現在。

両親が居て、お金持ちの家で育ち、教育を受けた私の信念に…何ら変化は無かった。寧ろ、お金持ちに生まれたからこそ、一層この考えはしっかりと形を作った。かと言って、この世界は向こうの様に薬も、道具も無い。神の采配に任せるしか他無いし、望まぬ婚姻もあるのだから、全てをどう言うつもりは無い。

これは私だけの、何者にも侵されないマイルールなのだ。

そんな事を考えている内、アランドレ様は何か合点がいったのか、顔を上げて私の目をじっと見つめる。そこには、子供は欲しく無いと言った時の怒りの色は微塵も無く、寧ろお願い事を聞いて来た時の様に甘みを含んでいる。何故。

「……君は……、未だ見ぬ我が子をそこまで愛しているのかい?  」

……どうしてそうなるのでしょうか?

殿方の解釈は良く分からないけれど、こんな可愛げの無い発言から、どうして愛情の話しになるのかしら?

「アランドレ様、意味が良く……」

思わず首を傾げてみれば、アランドレ様は私の手を取り、指先を自身の唇へと誘うと、軽くキスをした。

「アラン、と。そう呼んではくれないか?  」

こんな美形と前後の人生でも触れ合った事が無い私は、思わずうっと尻込みしてしまう。本当、見目が良いのだ。この旦那様は。

「アラン……様、お気を悪くされたのではないのですか?  」

なるべくなら、子が出来ない様に接触を控えるべきだと思う。まだ顔を合わせていないティモレント様は隣国の姫で絶世の美女だとの噂だし、オフィーリア様は聡明な方だと聞く。私が居ても居なくても、アランドレ様の生活には何ら支障が無い筈。

「……君は、慈善活動に熱心だと聞いていたから、子供は好きな筈だと思っていたのに、突然欲しく無いなんて言うものだから、今までの活動や事業は芝居なのかと驚いただけだよ。それにしては、壮大な演目だけど」

ああ、成る程。アランドレ様の言葉に、私は納得した。

私はベルモット家の領地で孤児を野放しにするつもりは毛頭無く、施設を作り、将来侍従や職人に雇って貰える様に教育を施し、その過程で出来た練習作品はマーケットで安値で売り資金の足しにして、子供達に働いて生きる基礎を教え込んでいた。世襲制のこの国で、弟子を取らせ、且つ教えるにあたって乱暴な扱いはしない様に。そういったトラブルは解決出来る組織も作って、ベルモットは教育と職人の街へと発展した。職人の商品目当てに流通も盛んになった。

更にベルモット出の侍女や侍従は教育が行き届いていると、貴族の間では評判なのだ。勿論、契約規定は細かく定め、不利にならない様に。また、雇用主に害も与えない様に徹底した。子供達には出来るだけ将来何になりたいか選択して貰って、分からないまでも生きて行ける様に手に職を。これが施設経営理念なのよね。

「まさか、生涯が掛かってますのに、そんな変な事を致しません。アラン様の思っていた女性では無いかも知れませんけれど、どうぞご理解頂きたいのです」

「君は思っていた通り、実直な女性だよ」

何やらアランドレ様は勘違いされてる。私達、顔合わせと婚姻の打ち合わせと……片手で収まる程しかお会いしていないというのに。

「未だ見ぬ子供にそんなに心を割ける君だ。だからこそ、領地での孤児院にも力を入れていたんだね。なれば、もし正室に子が出来、君に子が出来ても、君なら子らの仲を良い形に育んで行けるのでは無いだろうか?そうすれば、争いを回避出来るかも知れない。……私達兄弟とは違って」

何を甘い事を言ってるんでしょうね。
人を思い通りに育てられるのなら皆苦労しないのですよ。小さな頃から強制しては加減によっては洗脳になってしまうし。王家に生まれたら、それなりの覚悟はして貰わなければならないとは思うけれど、仲良くなるかどうかは操作出来ないと思う。誘引は出来るかも知れないけれど。

「それは……どうでしょう。思い通りに育てられるか……」

多分無理でしょうね。正室の気持ちも分からないのに。協力し合えなければ、親から何か吹き込まれたら、子供はそれが正しいと思ってしまうものだし。

「大丈夫、君にはいずれ国内での教育機関の礎を造って貰いたいんだ。ベルモット領地での君の功績は、謙遜するものじゃない」

「まあ……そんな大層な事はしておりませんし、私の自分本位な行いです。アラン様に気に掛けて貰う程では……」

「そんな事は無い。君は素晴らしい行いをしているよ。君の教育方を国内での基本にすれば、孤児が減り雇用が増えるかも知れない。私がいずれ王位を継いだら、そうやって国内の制度をもっと整えて行きたいんだ。それには、君の力が必要なんだ、ハーベルニア」

あ、資産でなく、知識が必要だったのね。そうならそうと言ってくれたら、態々宮入りせずとも協力したのに。でも、国内での制定なんて、かなり時間がかかりそう。嫌がる貴族もいるでしょうし、整えるだけで何年かかるか……。

「私は君の噂を聞いて、こっそりとベルモット領へお邪魔した事もある。施設での君は生き生きしていて、子供達にも信頼されてとても輝いて見えた。だから、どうか怖がらずに、私と一緒に国を担っては貰えないだろうか?  」

「アラン様……それは、勿論です。どれだけお力になれるかは分かりませんが、出来うる限り力添えさせて下さいませ」

「ハーベルニア……なら」


「その為には……やはり申し訳ないのですが、貴方様との子供は欲しくありません。アラン様」


そんな年単位で時間を取られるのに、子供が生まれたら寂しい思いをさせてしまうじゃない。それは私耐えられないもの。教育者として、一人一人と向き合っていたら、子供の為の時間が無くなってしまうわ。変わりの良い教育者を見つけるのすらどれだけかかるか分からないし……。

「…………、」

ふとアランドレ様を見ると、何やら固まってしまっている。

あら、美形でも驚くと少し顔が崩れるものなのね?でも、どうしたのかしら、そんなにまん丸と目を剥いて。目玉が飛び出さないか心配になってしまうわ。





ーーーーーーーー






「ハーベル夫人今日もありがとうございました」

王宮内の教室で今日一日の授業を終えて、ショーン殿下が私に頭を下げた。ティモレント様の御子息で、今15歳。とても聡明な方で、教えていてとても楽しい。上にもう一人、19歳の兄君もいらっしゃる。その方も、随分と利発な子だった。私は教えながら、舌を巻いたものだった。ショーン殿下を見送り、教室の片付けをしているとノックの後にエドモンドが入って来た。

「母上、兄上は部屋へ戻られましたか?  」

アランドレ様の金髪と、私に似た青い瞳を持った精悍な顔付きの少年。……私の息子である。今年13歳になり、背も伸びて私は追い越されてしまった。アランドレ様みたいに背が高くなるのだろう。

「ええ、何か用事だった?  」

「剣術に付き合って頂きたかったのですが、それなら部屋へ訪ねてみます」

あっさりと踵を返す息子に、私は寂しさを覚えて声を掛ける。

「今日のベレア先生の授業はどうだった?  あの方の教え方は丁寧でしょう?  」

「そうですね…もう少し授業内容の進みを早めて頂いても良いかも知れません」

「まあ、優秀なのね?  我が息子は。少しはゆっくりしながら勉強していたって良いのよ?  」

そう言うと、エドモンドは半目になって私を見つめる。

「僕はまだまだ勉強しなければならない事柄が沢山ありますから。母上はそろそろその親馬鹿は卒業して下さい」

「何て事を言うのかしら?  愛する息子が努力しているのが分かっているから、心配もするんです」

「だからそれを……」なんて溜め息を吐かれてしまった。我が息子はすっかり精神的自立をしてしまった様だ。もしかして、最初の反抗期に小躍りして喜んだのがいけなかったのかも知れない。だって、何をしても初めては嬉しくて。息子に呆れられているのに、顔はニヤついたまま私は教材を両手に抱えた。

「……それを持って行くのですか?僕が運びます。さ、行きましょう。」

なんだかんだ優しい彼に、またニマニマしながら後ろへ続く。初夜に爆弾発言をしてから早20年。あの頃十代だった私も、すっかり年を取った。最初は国に教育制度の導入を認めさせるのに手間取り、随分時間を取られた。その間ずっとアランドレ様は手を替え品を替え口説いてきて、終に私は絆されてしまったのだった。

そうして、我が子を手にした時、私は恐怖した。

この子が殺される日が来たら、私の心は耐えられない。それから、教育機関は管理するものの、適役な人へ任せて、私は他の王子教育にも専念した。そうしたらどうだろう。他の王子達もオフィーリア様の御息女も皆可愛いのだ。困った。私は大いに困りながら、せっせと教育に励んだ。

子供が生まれてから数年後、アランドレ様は民に教育を施すのを反対した貴族達に唆された実弟に暗殺されてしまった。

しかし、私達妃は協力仕合い、臣下を集めて逆賊を掃討し、その後まだ13歳であったティモレント様の御子息のレティーシオ様が王位を継ぎ、国は安定した。妃同士連帯感と信頼が出来、世代が変わったにも関わらず私は教育係として。オフィーリア様は上級侍女上官として今だに王宮内で暮らしている。

アランドレ様が倒れた時、私が立っていられたのは子供達が居てくれたから。

あんなに、あんなに欲しく無いと思っていたのに。なんて身勝手なんだろう。アランドレ様の言葉は当たっていたのだ。私は子供を愛し過ぎている。


最近では、後妻にどうかと誘いが来るけれど、私は頷くつもりは無い。




申し訳ありませんが、アランドレ様以外の子供は、欲しくありませんから。










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