16 / 23
買い物は続くんです
しおりを挟む千秋の買い物は順調に進んでいた。着替えも購入して、水性生物の皮で作ったという雨具も購入する。日差しに晒されたままでいるのと、雨に濡れたまま行動するのは著しく体力を奪ってしまう。登山での知識だが、これは長旅にも通じるだろう。
「後は、調理道具を……」
ほくほくしながら、千秋はパウロと手を繋いで町中を歩く。もう手繋ぎも慣れたものである。
「っおとうさん!! 」
背後から大きな声が聞こえて、振り替えれば母娘連れがじっと此方を見ていた。
「おお、イルミにアイナ!! なんだ、買い物か? 」
パウロに名前を呼ばれて、母親が小さく手を振る。まだ5つか6つだろう女の子は、繋いでいた母親の手を振り切り、どすどすと音がしそうな程足を踏みしめながら此方へ向かって来た。その表情は眉が釣り上がり、明らかに怒っている。
「アイナ、お母さんの手を離しちゃ駄目だろう? 」
「おとうさんのばか! ばかばか! 」
アイナと呼ばれた女の子は、必死な形相で千秋とパウロの手を剥がしにかかった。千秋が空気を読んで手を離せば、小さな両手でパウロの手を掴んで睨み上げてくる。
「おとうさんはアイナのおとうさんなの! 」
「あー……ごめんね? お父さんを取った訳じゃないからね? 」
「…………」
目の端に涙を溜めて無言になるアイナ。すかさずパウロがアイナの両脇を掴み上げ、くるりと方向転換して肩車をする。
「何だ? お父さんと一緒に行くか? 」
「……行く……」
「あらあら、ごめんなさいね。チアキちゃんで良かったかしら? 」
困った様に眉尻を下げ、母親のイルミが千秋と目線を合わせた。
「はい、千秋です。パウロさんを連れ回してすみません。とてもお世話になってます」
「本当にしっかりしたお嬢さんなのね。こっちこそ、用事の途中でお邪魔しちゃって」
「いいえ、私の買い物に付き合って頂いているだけですから。折角会ったんですし、なんでしたら私1人でも大丈夫ですので、ご家族でどうぞ」
「なら遠慮なく私達も一緒に買い物に行こうかしら? 」
「それが良い、次は調理道具を買いに行くから、イルミに見て貰うと良い。俺より詳しいだろうから」
「え? でも……」
「そうしましょう! 調理道具なら、ミイネさん所が安くて可愛いのがあるのよ! 」
そうして、4人で買い物に回る事になった。
✴︎
あーでもないこーでもないと知り合いらしい店主とイルミが選びに選んだ調理道具は、千秋の要望も加味して、ボウル代わりにもなる両手鍋とフライパン。菜箸にお玉に片刃のナイフと小型のまな板。そしてステンレス製っぽい銀色のカップと皿にネッロ用の大皿と大きなボウル。それから、箸とスプーンだ。
かなり実用性重視で、可愛さが全く入らない仕上がりになった。
「良いの? そのデザインで? 」
何度も聞いてくるイルミに苦笑いしながら、千秋は頷いた。サバイバルはデザインよりも実用性と耐久性である。
それから、薬屋でポーションとマナポーションを購入して、買い物は終了した。ポーションを見た千秋の感動と言ったらなかった。物語の架空の物を手に出来る日が来るなんて、誰が想像出来ただろう。余りに感動しきりな千秋に、パウロ一家は首を傾げるのだった。
そうして買い物を終えて、千秋の提案で町のカフェに4人は入った。終始仏頂面だったアイナも、きらきらと輝くパフェに目を輝かせた。砂糖が惜しげもなく使えるとは、転生人様々だと思ったら、この甘味料は比較的何処でも育てられる木の実から取れるらしい。この世界は身の回りの物が殆ど違和感無く使えるお陰で、常識が違う事を度々忘れてしまう。なので、気を付けねばと千秋は気持ちを新たにした。既に所々ボロが出ているのだが、自身に頓着しない千秋はまだ気付いていない。
パフェのお陰ですっかり機嫌の直ったアイナに普段の生活やパウロの事を聞き、時間が経つ頃にはあの出会いが嘘の様に懐かれた。そろそろお開きにしようとすると、千秋はアイナやイルミに熱心に夕飯を共にしようと誘われた。けれど、ネッロが宿で待っているのと魔道具屋の店主が訪ねて来るとして辞退した。
そして、近くまで送ってくれた3人を見送り、冒険者ギルドの換金所で狩りたての肉を購入して1人宿へ帰った。
✴︎
宿に戻って暫くすると、魔道具屋の店主が訪ねて来た。中庭できちんとお座りするネッロを見て、彼は恐怖ではなく感動の涙を流した。千秋は店主と通づるものを感じ、無言で握手を交わす。近年稀にみる固い握手だったと思う。
ネッロの体型であれば、座るというよりうつ伏せでしがみ付く乗り方が良いだろうと、鞍は馬と比べてやや後ろに、それと伏せる体勢によりお腹に負担が掛からない様にやや長めに作り変えて付ける事になった。結局、千秋のしがみ付いて乗る乗り方は正解だったらしい。鞍が付く分お尻の防御率が上がる事を心の底から願うばかりである。
デザインも決まり、手綱と鞍の料金は店で予め前金の金貨2枚を払っているので、出来上がりを待つだけだ。手綱と鞍の値段が金貨3枚はかなりの痛手なので、出来上がる1週間後までに残りの金額もそうだが生活費を調達しなければならない。主にネッロの食費の為に。
ゴブリン関係が終わったら、ギルドの依頼を片っ端から片付けようと意気込む千秋だ。
店主と結構な時間を話し込んでいて、彼が帰る頃にはすっかりと夕飯の時間になり、部屋に戻った千秋はギルドで購入した生肉をネッロの前に置いた。勿論、皿は購入した大皿だ。生肉を見て何か言いたげなネッロだったが、それでも黙って食べた。千秋はカフェで購入したサンドイッチで夕飯を済ませる。食べながら、ふとパウロ一家の仲睦まじいやり取りを思い出して、胸に広がるほろ苦さも一緒に噛みしめた。どちらの世界であっても千秋は1人だ。
「か、可愛い~!! 」
その後購入した首輪をネッロに付けた。コバルトブルーの首輪は喉元に小さな銅のメダルが付いていて、ネッロの名前と千秋の名前が刻印してある。首輪は付ける時に空間魔法で留め具をきっちりと固定した。いざとなればネッロの魔法触手で千切る事も可能だが、並大抵の人の力では引き千切れないだろうとの店主のお墨付きである。
最初は嫌がるネッロだったが、千秋が余りにも褒め称え、可愛さに悶え、全身を撫で回す内に後ろ足で取ろうとする仕草をしなくなっていた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる