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一夜明けて
しおりを挟むその日冒険者ギルドは前日のクアールを従えた少女の対処に追われ職員も冒険者も落ち着かず、やっと静かな夜を迎えていた。しかし、静寂を迎えたのはほんの数時間。突然、ギルドの扉をガンガンと叩く音が響いて、当直の職員は飛び起きた。
一応冒険者ギルドは門が開く早朝6時から閉門の夕方6時までと決まってはいるが、不測の事態に備えて当直職員を配置している。酔っ払いも閉館後のギルドには寄り付かないので、扉を叩くという事は緊急事態が起こったと同義だ。最悪な事態が来ていない事を願って、当直職員のヨークは慌てて扉に取り付けられている確認用の小窓を開けた。
「あ、良かった。人がいて」
思っていたよりも下から声がして、ヨークは嫌な予感がした。
「あの、映像記録の道具なんてあります? 」
そこには、ギルドを騒がせたあの少女が自分を見上げていたのだった。
✴︎
早朝の大捕物が人知れず解決し、後処理だけすれば良い事態に、ゲオルは朝から怒りに震えていた。
早朝から起こされたのは良い。ギルド提携の宿を襲った犯人が捕まったのも喜ばしい。それが流れの冒険者なのは嘆かわしい事だが、どうしようもない奴は何処にでもいるものだ。そして、商人が人攫いをしようとしたのも商人ギルドに投げれば良いので問題無い。どいつも所々軽くは無い火傷があり、まあまあ痛い目にあった様子であるし、此方から更に施す事柄は無い。冒険者の資格を剥奪して、後は町の兵士に突き出すだけだ。
しかし、全部冒険者なりたての少女が1人で捕まえたというのが、昨日の今日とはいえ信用が無い様で残念であり腹立たしかった。
ギルド長室で、呼び出した千秋に対してゲオルは憤怒の形相だ。これでは慣れているギルド職員でさえ、気の弱い者ならば涙してしまいそうだが、相変わらず千秋は平気な様子で、ソファーに座っている。
「何故ギルドを頼らなかった? 」
「頼りましたよ? 映像記録の魔道具をお借りしましたし、宿で倒れた方々の介抱をお願いしました」
「……そうか……ってな、それだけで済むと思ったか?! 怪我をしたらどうするつもりだった」
「大丈夫ですよ、お腹を蹴られましたけど、物理防御がありますから」
「…………」
にこにこと答える千秋に、ゲオルは怒りを通り越して言い知れぬ不安が襲ってきた。この娘を放置すると不味いかも知れない、と。
千秋にしてみれば身体強化があったし、痛かったが怪我は時魔法で元に戻る。出来れば痛くないに越した事はないのだが、宿の人は無傷だし、録画の道具も借りて此方に非がないのは証明出来た。だから、全てが万事上手く解決したので、彼女の中では問題は無いとしている。しかし、そこに千秋が受けた痛みの配慮は無い。その歪さがゲオルを不安にさせるのだ。
「っはー、まあ良い。こんな事があったんだ、今日は休みにするか? 」
あくまで冒険者は自由業。完全個人運営だ。緊急事態でなければ、依頼を受けるかどうかは本人の匙加減で良い。千秋は夜中から朝まで動いていたのだから、休息を取って然りだろうとゲオルは思っていたのだが。
「んー、私、宿に着いてすぐ横になってしまったので、実は結構寝てるんです。こんな事になってしまったので、ネッロの相談に乗って貰いたいのと、町のお店って何時からやってますか? 必要な物を購入したくて。その後、依頼をお聞きしますね」
千秋から発せられた言葉にその吊り目を大きく見開いた。
「は? ……いや、無理すんなよ」
「無理なんてしてないですよー、まだゴブリンがうようよしていたら大変じゃないですか。内容だけでもお聞きします」
「……本当に無理はしてないんだな? 」
「元気そのものですよ」
「……なら、食堂で朝飯を奢ってやる。その後、クアールの対処と依頼内容も告げる。動くのは明日からだ」
「私は良いですけど……ゆっくりしていて大丈夫ですか? 」
「街道に多少出るくらいなら問題無ぇ。肝心なのは巣を見つける事だからな」
へぇ、と空返事をする千秋をゲオルは片手でひょいと担いだ。体格の良いゲオルなのだとしても、余りにも軽い。
「うわ、びっくりしたー! 凄いっ高い! 」
余りにしっかりし過ぎて却って不憫に思える少女にも年相応の感覚があるのだと、はしゃぐ様子にゲオルは内心ほっとするのだった。
その後、ネッロの食事量にゲオルは驚く事になる。
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