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17、好みは人それぞれ

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兄とはこれからも人前では今までと同じ対応にして貰う事になった。

「まあ、殆ど説教ばかりだったから、今後も変わらないだろう」

「…………」

確かにこの一年、呼ばれる内容は全て説教だったので、何も言い返せない。

「因みにミレリオも知っているし、トルソ殿は察しているみたいだからそのつもりで。いや、トルソ殿に関しては知らぬ振りでよくうちの妹を使っていたのだから恐れ入る」

辺境伯令嬢を余裕で森に一人歩きさせるのだから、確かにその心臓の強さには驚かされる。

「トルソ殿は失われた時代の考察本も出されていたので私も知っていましたが、ひょうきんな方なのですね。今後が楽しみだ」

同じく私を使う立場のフェリクス様は薬師長と何かが通じ合ったらしい。辞めて。

「そう言えば、明日のご予定はどうします?  まだ部屋の修理がありますから……フェリクス殿、魔導師の鍛錬に参加されてみますか?  」

「ああ、あの囲いの中ですか、今日外から見ましたが」

「どのくらいの力の者が居るか見るのも一興でしょう。良い護衛が居れば尚のこと良いんですが」

……魔導師の護衛は付かないと思う。彼に全てを覆されるだろうから。主に力とか勉強の下積み時代とか。諸々。しかし、本当に優秀な人が居るかも知れないので黙っておく。昼間のが魔導師の代表面してるのは納得行かないのだし。

「治癒術師は一人常駐させていますが、ついでにリシュと明日の当番の者達も出張らせます。鍛錬中は治癒術師だけでは足りないですから。フェリクス殿も怪我にはお気をつけ下さい」

「ご配慮痛み入る。明日が楽しみです」

私は兄にリサ呼びを念押しして、執務室を後にした。残念そうに頷く姿は大きな体なのに小さく見えて可哀想だと思ってしまう。が、人前でうっかり呼ばれても恥ずかしいので仕方がない。



だいぶ昼は過ぎてしまったけれど、私達は食堂へ行く事にした。

廊下ですれ違う人がちらちらと此方を見て来る。フェリクス様なのか私なのか。でも、前より気にならなくなったのは吹っ切れたからだろうか。

「もう眼鏡は辞めたら良いのでは無いか?  意味が無いだろう。それは視力矯正が入っておらんのだし」

「そうですが、気配の操作はとても助かるのです。主に探索とか散策とか……」

「探索が先に出てくる時点でお察しだな。また抜け出すと兄君に叱られるぞ」

「仕方ありません。自由の代償ですから」

「変な方向で潔いな」

お褒めの言葉を頂くと、食堂へたどり着いた。まばらに座る人達の中、カウンターから食事を受け取り陽当たりの良いテーブルの席に着いた。

「『認識阻害』の魔道具なら俺が持っている。元々それは遺跡物アーティファクトではなく自作オリジナルの物だからな。眼鏡にしたのは気分だ」

「気分」

「変装した気になるだろう?  」

まあ、確かに。でもそれならば。

「でしたら、『変化』の物をお作りしたら良かったのではないですか」

そうしたら、私の砦生活はもっと違うものになったかも知れない。

「まさか。作る訳がないだろう」

「便利そうですけれど?  」

すると、フェリクス様は呆れた様に息を吐いた。

「そんな物を作って、それを付けた誰かに殺されるのはごめんだな」

「……成る程」

彼の周りはそんなのしか居なかったのかと思うと、涙が出そうになる。彼に失礼なのでそんなヘマはしないけれど。

食事を終えると、途端に暇になってしまった。何せ作業場が二つ共建て付け工事中だ。

「魔道具を渡したい所だが、人目は避けたい。先程ジェラルド殿の所で渡せば良かったな」

まだ食堂は人が居て、漏れなく意識が此方へ向いている。これではやり取りが全て見守られてしまう。

「でしたら私の部屋に」

「却下だ」

「否定が早い」
 
フェリクス様は額に手を当てると深い溜め息を吐いた。

「お前……男相手にそれを言うなよ?  」

「フェリクス様にしか言いませんよ?  」

後は多分兄ぐらいだろうか?  
そう思っていると、彼の眉間に思い切りしわが寄った。目を閉じているので、何か思案しているのは分かるけれど、表情は読めない。

「……とにかく、そういう言葉は口に出すな。良いな?  俺が誤解される」

「はぁ、申し訳ありません」

思いのほか重苦しい声で言われたので、謝っておく。『全然分かってないだろう……』と呪詛を吐く様に呟かれたけれど、分かっております。今のがはしたない言葉だという事は。信頼の表れがつい口をついたのだけれど、礼儀とは本当に難しい。

これって、私が庶民感覚になって来たのかも?  喜んで良いのか……良い筈だ。うん。

それなら何処か適当な所はないかと考えて、一つ思い浮かんだ。

「フェリクス様、資料室はどうでしょう?  」

「資料室?  図書室みたいなものか」

「はい。分野ごとに必要な本は其々の師長が保管しているのですが、この国の歴史書やこの地域の歴史や資料。後は隣国の資料を収めている場所です。皆自分の分野の専門書しか興味がないので、人は少ないかと」

それに、いざとなれば書棚が死角になる。

「興味もあるし、良いかも知れんな」

私達はゆっくりとお茶をしてから、資料室へ向かう事にした。


資料室は薬師の塔とは真反対の端にひっそりとある。どれだけ需要が無いのかお察しだが、ここは私にとってはお宝の宝庫だ。

普通の本は貸し出しもしているし、持ち出し禁止ではあるけれど周辺の地図も有るし、『暗き森』の触り程度の地図……というか、目印などが記されいる大分昔の手記の様な物があったりするからだ。

部屋の中は壁全面に本、資料などが並び、部屋の真ん中に背中合わせの書棚が五列並んでいる程度だ。鍵も騎士団の管理室で署名して借りるだけで、中で管理する者も居ない。

鍵を借りに管理室へ赴く。ここと団長室で鍵は管理されているのだ。

「あれ、リサちゃん雰囲気変わった?  明るくなったね」

良く資料室へ訪ねて来るので、名前も知らない顔見知りが複数人いる中、私よりも二、三歳年上だろう騎士が話しかけて来た。やはり、印象が変わったらしい。フェリクス様の魔道具は何だかんだで凄かったのだな、と思いながら会釈して鍵を受け取った。

でも、そうか。元の私は明るい雰囲気だったのかと思うと少し嬉しい。

戸口で待っていたフェリクス様と共に長い廊下を進み、辿り着いた資料室に入ると、独特のカビ臭さが鼻をついた。

窓の無い室内は薄暗く、直ぐに明かりの魔道具を付けると、徐々に壁の照明に光が生まれて明るくなってくる。

「扉は開けておきますか?  」

フェリクス様は無言で頷くと、さっさと部屋の奥へ進んで行く。私も両開きの扉を片側だけ開け放ち、後に続いた。

興味深げに本を見て行くフェリクス様に、私はお勧めの本を紹介して行く。

「これと、後これも面白いですよ」

「『暗き森での一カ月』……?  、『必読!  食べられる魔物と食べられない魔物』…………」


フェリクス様が胡散臭げに私を見て来る。手記と著者の体験記で面白いのに……


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