鵺の哭く城

崎谷 和泉

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第二話 獅子王

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 赤松広秀と藤原惺窩は水と油のような性格の違いを見せたが共に書物と詩歌をよく嗜み不思議と馬が合った。語り合う話題は文学や芸術、時に仏教の教義にまで及びおよそ血生臭い戦に明け暮れる播磨で語られるそれとは思えない。

この日、二人は広秀の亡き父 赤松政秀が寄進した三重搭のそびえる斑鳩寺(兵庫県太子町)に座を借りていた。陽光のなか惺窩は胡座あぐらの上で欠伸あくびする三毛の仔猫をあやしている。そして話題は同寺の祖と伝わる聖徳太子に導かれたのか自ず理想の国作りに及ぶ。

「広秀、龍野城を開城させたんはお前の仕業やな?」
「……」
広秀は応じない。
「この播磨で鎌倉幕府倒幕の狼煙のろしを上げた赤松円心は稀に見る傑物や。その血を引くお前の父君もまた相当の武闘派やった。その子飼いの家臣共がどこぞの馬の骨とも分からん羽柴某なんぞに降伏する考えなんか持つ訳あらへん。ちゃうか?」
「秀吉さんはただの馬の骨ではありませんよ」
「そしたら何や、お前は羽柴秀吉に勝たれへんから逃げ出したわけや?」
「惺窩さん友達いないでしょ? 」
「やかましわ!」
仔猫が瞳をぱちくりとさせている。

「羽柴秀吉の後ろには織田信長がいます」
「比叡山を焼き払うた仏敵、尾張の第六天魔王やな」
「……はい、しかし不思議と信長さんの元には優れた武将が集まるそうですよ」
惺窩の脳裏を広秀と同様、姫路城を無条件で秀吉に明け渡した播磨の知将 黒田官兵衛の名がかすめた。
「お前、信長に何を見とる?」
「信長さんは天下布武を掲げています。もしそれが叶えば戦のない世が来るのでしょうか」
「それはあらへん。武力か人徳か知らんけど、そんなもんで国を治めても所詮それは一時のもんや。人いうもんの業は底があらへんからな」
「では争いのない世を創る為には私達ひとりひとりの心が変わらないといけませんね」
「 お前、何を考えとる?」
「民草と共に歌を詠める国作り…そうだ惺窩さん今度お花見しませんか?」

血の気の多い逸話に事欠かない赤松歴代の武将の中にあって広秀は稀有な存在であった。黒田官兵衛の如き先見の明を見せるかと思えばわらべの如き夢ばかりを見ているようにも映る。いつしか惺窩はこの不思議な感覚を面白く感じていた。

「それやったらお前は決して戦をするんやない。それを違えたらお前はお前の矛盾に殺されてまうからの」
広秀は女子おなごのような微笑みで返した。

「ところで最近あいつ見いひんな」
「あいつってぬえですか? いますよ惺窩さんの後ろ」
「…っ!」
「嘘です」
「しばくぞ!」
仔猫が惺窩の膝からぴょんと飛び降りた。
「最近出て来ないんですよね。先日は惺窩さんを値踏みに出て来たのだと思いますよ」
仔猫を抱えあげた広秀が無邪気に笑っている。

 かつて平安時代、都に災厄を撒き散らした鵺は猿の顔、虎の四足、蛇の尾を持つ妖として平家物語に描かれている。この鵺を弓で退けた摂津源氏の源頼政に時の近衛帝より下賜かしされたのが獅子王と呼ばれる直刃すぐはの太刀だった。そのさやには雅な獅子の螺鈿らでん細工が施されていたという。
この時、帝は齢十五、六。ちょうど今の広秀や惺窩と同じ年頃であろうか。既に目を患い暗殺の気配を感じていた若き帝は護国と国家安寧の祈りを封じ頼政に獅子王を託したと伝えられている。
程なく近衛帝はわずか十八にして謎の崩御を遂げる。

源頼政は晩年「平家に非ずんば人に非ず」と都におごる平家の討伐を掲げ無謀な挙兵を試みるが、志半ばに宇治の平等院ではらを切りその首は切り落とされている。しかし頼政が己の命を火種に昇らせた狼煙のろしは東国に散る源氏へ蜂起を促し、平家を滅亡の運命さだめへと沈めてゆく。

余談に播磨の長明寺(兵庫県西脇市)では古くから源頼政の墓が供養されてきたが、江戸末期 古文書に従い近くの池をさらうと首のない武将の亡骸を納めた石棺が引き上げられている。

頼政の死後、獅子王の行方は歴史の闇に消えていたが、いつしか播磨の村上源氏 赤松家に伝わり幼少の広秀が継承したのだという。長い歴史の中で獅子のさやは朽ち、仕立て直された武骨な黒漆の鞘には赤松のが施されていた。

そして鵺は幼き広秀に取り憑いた。

退治されたはずの鵺が仇の形見とも言える獅子王を継ぐ広秀に何故なにゆえ大人しく従っているのか不明な点は多い。

ただ惺窩には呻き声一つ上げない鵺が何かを耐え忍んでいるように見えていた。
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