上 下
25 / 26
3章

24/クリムアル大陸

しおりを挟む
「大丈夫?」

「え、あ、はい……」

 暫くして落ち着いたルーシャに声をかける。落ち着いたとは言っても、顔は青ざめておりどことなくやつれている気がする。

 もう暫くはそっとしておいた方が良さそうで、視線をドワーフの方へと戻すシルヴィ。
 ふと、千年の時を経た今のドワーフの国がどうなっているのか尋ねる。

「そういえば……ドワーフの国って凄腕の鍛治職人がいることは知ってるけど、実は行ったことなくてどんなところか教えてくれるかな」

「そうだね……オイルスライムの油の匂いが凄いし、いい所ではないかな」

「オイルスライム……油の匂い……」

 千年前のドワーフの国にオイルスライムなんて存在せず油の匂いはほぼ無く、そこまで危害があるものでもなかった。恐らく千年の時を経て道具などが増えて油を使うことが多くなり、特有の魔物や油の匂いが充満しているのだろうと推測するシルヴィは、記憶との相互が違うことにしかめっ面を浮かべる。

 もちろんドワーフの少女がその本意など分かるはずもなく。

「わぉ、急に怖い顔浮かべたね。まぁ女性なら油の匂いなんてかなり嫌なものだから仕方ないけど、オイルスライムにさえ触れなければ体に匂いがこびりつくことは無いから安心して?」

「あ、はい」

「ただまあ最近近場で瘴気溜まりが発生してスライムが大量発生してるんだ。ほら、スライムってなんでも食べる上に食べたもので形態が変わるから、機械油とか、潤滑油とかを食べてオイルスライムになって今に至るんだよね」
 
 瘴気溜まり。それは魔界への道とも呼ばれている瘴気の森とは違い、周囲の魔力が瘴気となって溜まり発生する現象だ。
 
 突発的に場所を問わずさらに時間すら問わず発生するため、時には人への驚異になったり、時には自然が崩壊したりする。とはいえそれらが起こりうるのは数百年に一度と言われており、基本はスライムや、コボルトなど下級の魔物が大量発生し事なきを得るのだ。

 そしてオイルスライムはここ最近新たに生まれた新種の黒いスライムの魔物で、シルヴィが知らない魔物である。
 
 ただその魔物は瘴気溜まりから発生したにも関わらずとても友好的で、ドワーフにとって損はなかった。大きな機械の油汚れをを食べてくれるのだから。

 とはいえ、本当に害がないといえばそうではない。友好的とはいえ魔物は魔物。嫌うドワーフも出ており、このまま大繁殖してしまえば鍛冶業務ができなくなってしまう恐れがでている。加えて油のツンと鼻を刺す独特な臭いが充満しているのだから旅人や冒険者などがドワーフの国に足を運ばなくなっていく懸念点も見えている。

 もちろんドワーフの少女はそのこともしっかりと説明していた。けれどシルヴィは未知の魔物に対して驚いていたが恐怖ではなく目を輝かせるほど魔物に興味を示していた。

「あー早く着かないかなぁ、オイルスライム……早く見てみたい……」

「まあ他のところには居ない変異種だから珍しいもんね。でも触るのは駄目だからね? オイルスライムが溜め込んだ油は一日は落ちないし魔力も帯びてるから毒なんだ」

「毒!?」
 
 毒と聞いてますます興味を示す少女。流石にここまで興味を示されると思っていなかったのか、ドワーフの少女は引きつった顔でドン引きしていた。なにせ少女はシルヴィに話していないが、過去にオイルスライムを実際に手に取った経験があり、臭いが取れないだの手がかぶれただのと嫌な思い出トラウマしかないのだ。つまりはそんな魔物に興味をもつなど変態だと少女は感じたのである。

 そう思われているとも知らないシルヴィは水平線を眺めては、興奮で火照った息を吐き本来の目的を忘れ今にも飛び出してしまいそうにワクワクとした表情を浮かべていた。

 
 それから暫くして大陸にたどり着く。そこは熱により割れた赤い地面で覆われた大地だがひび割れるほど熱くもなく、しかし寒くもなく、ただ水分が少ない大陸――クリムアル大陸の港。
 大地がひどく乾燥しているためか植物といえるものは生えていなく、辛うじてあるとするならば、枯れ果てた木がぽつりぽつりとあるくらいだ。

 しかし、かつてここが自然でいっぱいだった。世界的にも観光名所とも呼ばれるほど赤い大地には花で覆われた畑が存在し、果樹園もあった。だが今となってはすっかり枯れ禿げて大地が丸見えである。

 再び過去と今の違いに疑問を抱きながら、他の客よりも少し遅れて船を降り、ドワーフの少女に案内され遠目に見えるに向かって歩き始める。

「こんなに枯れてるんだ今……」
 
「というと……?」

 船から降りて少し。シルヴィがポツリと呟いた言葉を、船を降りて直ぐに顔色がよくなったルーシャに聞き取られ何のことだと言わんばかりに問われる。

「昔は緑がいっぱいだったんだよ。木もあって綺麗だったんだよね」

「へ、へぇ……今のクリムアル大陸からは想像もできませんね……」

「でもなんで枯れたんだろう……まあ時代の流れが流れだから変わってるのは仕方ないとは思うけど、結構綺麗だったんだけどなあ」

 溜息をこぼすと、今度はその話を聞いていた少女がくすっと笑って痛いところを突いてくる。

「その話し方。まるで昔のここを見たことがあるような言い方だね」

「あ、いや……そ、そう! 本で見たことがあるんです!」

「ああ、いいっていいって。下手な嘘つかなくても。本当に本で知ったのならここが枯れた理由を普通は知っているはずだから気づいただけだからね。まあ詮索はしないから安心して?」

 
 
 あちらこちらに枯れ木があるあたり、緑があった名残が確実に残っていると言える。実際枯れた大地では木は成長することはないため、緑があった証拠としても成り立つ。
 
 ただそれがあったとしてもいつ枯れたのかまでは検討もつかない。

 そこでドワーフの少女は無知のシルヴィに原因を語る。
 
 枯れたのは、もうかれこれ百年前。この先にあるドワーフの里から一度、有毒なガスが上空に溜まり、周囲の地面を滅ぼす雨となって降り注いだのが始まりだ。今となっては対策もされており有害の雨は起きないようになっているが、対策と言っても工場国であるドワーフの国は、今でも有害物質を作っておりそれらを地中に流し込んでいるだけ。その結果、永遠にこの大地から緑が消えうせたのだ。

 とはいえ、ドワーフの民は緑を取り戻そうと、改善点が年々提案されて実施されている。今のところ全て効果がなかったが、いずれ緑が復活する可能性はゼロではない。

 ――いや、案外その時間はもうすぐそこなのかもしれない。
 
しおりを挟む

処理中です...