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3章

21/別れ

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「シルヴィ……」

「……わかった」

 真剣な眼差しで見つめる二人。いかにも今から戦いが始まるような緊迫した空気が漂う。さらに二人は自身の杖を……フレアは相変わらず自身の背丈ほどの長い杖を、シルヴィはフレアの杖よりも一回り小さな杖をぐっと握りしめている。

 本当に今から魔法の打ち合いが始まる。そんな予感しかしないその場に誰も止める人はいない。

「それじゃ……始めるわよ」

 コクリと小さくうなづくシルヴィは目の前にいるフレアの動きに合わせて杖で天を衝く。しかし魔法の発動も、その予兆すらもなかった。否それは当たり前のこと。なにせ彼女たちはぶつかり合いをしようとしているわけではなく、フレアは研究所に、シルヴィは旅をする……つまりそれぞれが別の道を歩むのだからしばらくの別れと、再びの再会を祈って街の公園で、魔法使いならではの約束の契りを――互いの魔力を結晶にし、お守りとする儀式を交わそうとしているのだから。

「シルヴィに」とフレアが言う。続いてシルヴィが「フレアに」と言った後、二人は息を合わせて魔法石に魔力を込める。

「「我が魔力よ。二人いつか再び巡り合うその時まで、彼の者を見守りたまえ!」」 

 ――――――

 ――――

 と、儀式を交わすことになったのは、まだローラッドと話をしている数分前のこと。

「まぁいいでしょう。フレアさんをスカウトします。ただし、フレアさん。自分から申し出たのならしっかりと成果を残してくださいね」

 ローラッドがフレアの自信満々な自薦を受け、優しく言葉をかける。
 思惑通りとはいえ、うれしいものはうれしいらしく、小さく、ガッツポーズを取るフレア。口調さえどうにかなれば可愛いこと間違いなしなのだが、そんなことは天才巨人には微塵も興味なく、ましてやフレアの企んでいることを察していたため、小さく喜ぶフレアを横目に。

「シルヴィさんはこれを辞退して、何かやりたいことでもあるのかい?」

「え、とその……旅……そう! 旅をしたいでぅ!?」

 スカウトの話が終わり、ホッと一息をつく暇もなく辞退の理由を尋ねられる。だが、理由なんて正直に言えるものでもなく、何とかしてその場をやり過ごそうと旅をしたいと吐き捨てたのだが盛大に舌を噛んでしまっていた。
 
 緊張も未だ解れない彼女にとってこんな時に噛むのは羞恥プレイでしかすぎなく、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだろう。でなければ、顔が太陽になったのではと思うほど熱くもならなければ、紅葉のように赤くもならない。

 その様子に思わず空気を漏らして小さく笑ってしまった巨人は、ごまかすようにわざとらしい咳ばらいをして。

「……失敬。それで、旅というと?」

「私、縛られるのが嫌なので、自由気ままに旅をして、世界を知っていきたいんです。そうしたらもっと魔法についても詳しくなるかなって思いますし」

「なるほどね。なら無理強いはできない……理由まで教えてくれてありがとうシルヴィさん」

 舌を嚙んだことによって、かなり緊張が解れた様子で適当なことを言う彼女。多少は間違いでは無いものの、もしその嘘を見破れるようなものがあれば確実に問いただされていただろう。

「それじゃあ、僕は用が済んだし、フレアさん。荷物準備してね。明日出発だから」

「え!? 明日!?」

「時間が惜しいからね。まぁ忘れ物とかあってもまた戻ってこれるし、軽くでいいよ。それじゃ明日校門前で待ってるから早めにね」

 そう言い放って教室を後にするローラッドと、共にフレアの行動に呆れの息を吐いたルミナもまた教室を後にしたのを目で見送った後、口を開け呆然としていたフレアが「あはは……」と頬をかき困った顔をしながら驚いた様子で現実を認めきれていないようだった。

「ま、まさか本当に入れるなんて思ってなかったわ……」

「そ、そうだね」

 驚いていたのはあんなに強気な発言をしていたのに、心の中では不安でしかなかったのに研究所に入れたこと。それに加え研究所に向かうのが。明日なのも言葉が出なくなるほど驚く理由の一つだった。

「でも、本当にあの研究所に行くの? 一応私の経験から言うとろくでもない研究所なんだけど」

「ええ。私の中にいる……エイスだっけ? その子のこと知りたいし、それに……」

「それに?」

「ううん! なんでもないわ」

 研究所はろくでもない場所と知っているからこそ、シルヴィは改めてフレアの意思を確認した。
 確かにフレアの中にいる魔人を調べたりするにはいい場所ではある。魔族や魔人を日々研究所して魔族たちに対抗できるようにと精を尽くしているのだから。

「そうだ。さっきのローラッドって人には気をつけた方がいいよ」

「なんで?」

 ぐっと背伸びをして帰路に着いたところで質問を投げてきたシルヴィに質問で返す。

「昔似たような人がいたの。まぁその人と性格が同じとは言えないけど……もし同じなら、極度の魔族嫌いだと思う。それはもう……魔人を見つければ四肢を折り、助けを呼んでいても構わずに……」

「……え、もしかして私死ぬ?」

「いや、可能性の話だから。ごめん重い話で」

「いやまぁいいけれど……じゃあ私が魔人なのは隠した方が良さそうね」

 雰囲気も声も似ているからこそ、当時一緒にいたアロックと比べてしまう。もしアロックと性格までも同じならばフレアは危険にさらされる事になるのだ。

 さすがに親友としてそればかりは避けたいと、その事を伝えたのだろう。

「そうだ、明日から離れ離れになるんだし。結晶のお守り作りましょう!?」

「決勝のお守り?」

「言葉は一緒だけど結晶よ! 魔力を空の魔石に流して結晶にさせて、それをお守りとして友人や相棒に渡すの。昔はなかったの?」

「聞いたことは……ないね。そもそも魔力を結晶化するのは対魔物用にしか作らなかったし」

 魔力の結晶。過去のシルヴィから存在している、魔法を持ち運ぶ方法の一つだ。作り方も結構簡単で、唱える魔法を杖の先端に嵌める石に込めるだけ。けれど魔力だけを込めるなんてことは、昔の知識があるシルヴィにとって意味のないこと。それがお守りになるなんてにわかに信じがたい。

「その顔は信じてない顔ね!?」

「まぁ……無意味としか思えないし、お守りになるのかなって」

「効果とかより気持ちよ! き・も・ち! ほら、予備の杖と空の魔石あげるから!」

 そう言って空間魔法から取り出したのはフレアがいつも使っているものよりも一回り小さな杖と、その杖の先端に嵌めこめる小さな透明な石。
 彼女曰く義父から貰ったもので大切に保管していたというが、そんなものをいとも簡単に人にあげていいものなのか少々疑惑ものだ。けれどフレアにとってシルヴィはとても大切な親友。ならば大切な物を譲っても問題ないと判断したのだろう。

 故に半ば強引に押し付けるように杖と石を譲ったのち、儀式的なことの説明をして近くの公園に寄ると、魔力の結晶を作る儀式を始めるのだった。
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