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2章

11/運命

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「やあシルヴィ君。今朝ぶりだね」
 
「……」
 
「そう、警戒しないでくれよ。でも仕方ないか、君の秘密をオレは知っているわけだし」

 戦場に立つと真っ先にハベルが挨拶をし、無言のシルヴィに呆れの表情を見せた。

 彼が言った通り少女は警戒しているのだ。フレア以外に話していない情報を知っているために。だがそれ以外にも知られているとしたら。そう考えるほど相手に対しての警戒が深くなるばかり。

「どうして、知っているんですか」

「うん、まぁそう聞いてくるよね。そのために人払いもしたわけだし。でもなんで知ってるのかは秘密だよ」

「……つまり勝ったら教えてくれると」

「お、勘が冴えてるねぇ。その通り! シルヴィ君がオレに勝てたらなんで知ってるのか教えよう! ただしオレが勝ったら言うこと1つ聞いてもらおうかな」

 戦闘に持ち込まれ、なぜ秘密を知っているのかを秘匿するのなら大体そう考えるだろう。なのにまるで勘が良いとばかりにそれに気づいたことへ喜びの声を上げる彼。

 彼の頭が愉快すぎて気味が悪くすら感じていたシルヴィは、まるでゴミを見るかのように今まで以上に睨みつけている。もしも既に戦闘が始まっているなら魔法ではなく鞘で頭を強打させてやろうと思っているほどに。

 しかし余裕を見せている彼に隙はなくどうやってもその一撃をくらわせることは難しそうだ。

 緊張の空気がどよめく中、フレアが咳払いして。

「これより模擬試合を開始します! 勝敗の条件は相手を再起不能にすること。また審判である私、フレア・レイシュトルムが危険と判断した場合は中断し、その時点で勝敗を決定します! それでは両者構え!」

 最後の一言で2人は武器を構える。シルヴィはもちろんつるぎ。対してハベルもである。どちらも待機室に置いているのに殆ど使いもしないなまくらの物だ。

 まさか相手も剣を構えるなど想定していなかったシルヴィは驚愕してしまい、フレアの「始め!」の声が遅れて聞こえ、出だしにつまづいていた。

 そしてその遅れはかなり致命的なものとなる。

「くっ……!」

「あれ、思ってたよりも弱くなったねシルヴィ君」

「そもそも、なんで当時の私のこと知ってるの……!」

「それはまだ秘密だよ♪」

 ギリギリついて行ける速度で何度も剣同士がぶつかり鍔迫り合いが起きるが、出だしの遅れのせいでシルヴィがどんどんと押されていく。

 やがて背中に壁があたり逃げ場が殆ど無くなるシルヴィ。だが少女の漆黒の瞳にはまだ諦めの色は見えていない。
 
「強いですね……」

「そりゃあね、それに比べてシルヴィ君は弱い」

「それは、どうでしょうね!」

 ハベルが剣を振り上げ構え直したのを見計らい、シルヴィは彼に付与していた魔法を解いた。刹那彼の後ろに現れ相手を拘束すべく無詠唱で魔法を行使する。

 だがハベルの方が一枚上手だった。シルヴィが消える直前振り上げていた剣から手を離し左手でそれを掴むと、姿勢を低くして足元をくるりと周りながら凪いだ。

 結果ハベルが体を拘束されるよりも先に、シルヴィの細い足を浅く切り裂き魔法は失敗に終わったのだ。

「ぐっぁ……」

「今のは幻影投射ミラーディレクトだね。でもいつの間にという驚きはしないよ。君の魔力をたどれば何処にいるかすぐにわかるわけだし」

 身軽に立ち上がったハベルはやれやれと呆れた様子でシルヴィが消えた原因の答えを述べた。

 確かにシルヴィが消えたように見えたそれは、幻影投射ミラーディレクトだ。その魔法を行使すると、自分以外に実態に近い幻影を見せるというもの。しかしデメリットとして幻影は守りしかできず、視認されない術者はいかなる攻撃を繰り出しても当たることは無いのである。

 故に攻撃をする時はこうして魔法を解除する必要があったのだ。

 そんな使い勝手の悪そうな魔法を使ったのは激しい鍔迫り合いの途中。その魔法を行使したことでハベルの後ろを取っておりハベルに隙が生まれるまで待っていたのだ。

「ほらその程度なら自分で治せるよね。回復するまで待ってあげるから。放っておいて傷跡になったらいやだろう?」

「……っ」

 あまりにも屈辱的で歯を強くかみしめて睨むシルヴィ。だが本当に待ってくれるようで、しかし警戒しながらも切られて血まみれになっている足に回復魔法を行使した。戦場ならば相手に隙を見せる行為になるため、絶対にできない行為だ。逆にそんな隙があるのに襲ってこない相手も相手だが。

「あなたは一体何が目的なんですか……」

「そうだね、運命。とでも言っておこうか」

 運命。その言葉は数年前に聞いたっきりだった単語だった。だからかすっかりと忘れていたことを思い出してはっとする少女。だが思い出したのは彼のことではなく、前世において生徒会と名乗る人から生徒会へと勧誘されたことだ。それも今回同様に戦闘形式での賭け。当時は負けてしまい生徒会へと入ることになっていたのだ。

 もしかしてと少女は頬に伝う汗を手で拭い尋ねた。

「……先輩生徒会なんですよね」

「うん、そうだけど」

「私が負けたら生徒会に強制的に入れようとか考えていたりします……?」

「おお、よくわかったねぇ。でもそれはシルヴィ君の過去を知る理由ではないけど」

「いえ、もうなんとなくわかってきたので……」
 
 やはり運命。転生する直前に神と名乗った人物が定められた運命と言っていたことは間違いではないようだった。たしかに学校もクラスも一緒であるのは偶然の域を超えていたものだがそれでも決定づけることはできずにいた少女にとって、この瞬間改めて覚悟が決まった。

 それに少女は今の激しい争いの中でも彼の正体のことはもちろん、太刀筋や力加減、付与している魔法など彼に関する情報をなるべく多く見ていた。だからこそ、それに似た人物を頭の中で思い浮かべることができていた。しかし確たる証拠がない以上過去のことをむやみに掘り出すのはできない。なぜかバレているがこれ以上詮索されて知られるとそれこそ身の危険が迫る可能性があるからだ。

 現状彼と立会人のフレア意外に人はいないため話しても広まることはないのだが、シルヴィは彼が裏切り広めるのではと最悪を考え用心しているのである。しかし言わないのは情報なだけ、戦闘に関してはすでにバレている手前、前世の時と同様に力を出しても構わない。

 その思考にたどり着いたのち、ゆっくりと息を吐いた少女は。

「ハベル先輩……でしたっけ」

「その通りだけど、まさか覚えられていないなんてね……ショックだよ」

「……確認のためですからそんないちいち反応しないでください。面倒ですし」

 確認のためにと彼の名を呼ぶと大げさにがっかりしており、少女は呆れた声色で棘のある言葉を吐く。続けて持っていた剣を一度腰につけている鞘に戻した。

 まるで戦闘を棄権するような動き。だからか彼も降参なのかと思い込んでしまった。

「それはさておき、ここからは私のターンだから覚悟してくださいね」

 その一言を皮切りにシルヴィは姿を消した。
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