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2章
09/レイシュトルム
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――――――
翌日。あれほど疲労しきっていたフレアは、昨日のことは嘘のように自分の席に座っていた。魔力切れの疲労はかなりひどく、かつてのシルヴィは一日起きれなかったほど。その経験があるからこそ自分の席――先日、教室に戻った際にフレアの横の席だと告げられていた――に座りつつ声をかける。
「もう大丈夫なの?」
「ええ、家系のこともあるとは思うけど、私は魔力の回復に優れてるらしくて、いつも半日で元通りよ。ていうかあなたお隣さんだったのね……」
戦闘の記憶がまだ新しい中、戦闘相手が横の席なのは驚くことだ。といっても手合わせをする前から席は決まっていたのだから、先に聞いていれば驚くことはなかっただろう。
だが、今はその話題よりもシルヴィにとって聞き捨てならない言葉を耳にし、唖然とした顔でその言葉を言い返す。
「家系?」
「あぁ、そういえばあなた、昨日来たばかりだからちゃんとは名乗ってなかったわね。改めて私はフレア・レイシュトルム。かの有名なレイシュトルム家の三女よ。といっても義理だけどね」
「レイシュトル!? ていうか義理って」
「そのまんまの意味よ。……救われたの。両親が死んだ世界から私を。元々私はリースタルト家でね。ってあなたに前の言ってもわからないわよね。四年くらい前のことだし」
レイシュトルムという名にはとても懐かしみを覚え、しかし今でも代が続いている事実を目の前にシルヴィはただ驚くしかなかった。
けれど、彼女がレイシュトルム家に拾われ、義理ながらもその家の一員として過ごしているのが驚きを隠せない。かといって大きく声を出すわけではなく、静かに言葉を失う本気の驚き。
それに彼女の家名は今ではどこを歩いていても耳にするほどに有名で、その魔法に長けた人たちから教育を受けているのならばフレアがあれほどまで強力な魔法が使えるのも納得がいくほどだ。
「まぁその頃からレイシュトルム家は魔王を追ってるみたいだけど……本当にいるのかしらそんなの」
その言葉で改めて魔王がいることを、相も変わらず人間は魔王を倒そうとしていることに気づかされて、驚きながらも呆れがこみ上げ始める。
だが顔には一切でてないのか、何も言わず黙り込んでしまった少女を小首を傾げて不思議そうに見つめる。
「有名なレイシュトルム家の一人とか魔王のこと言ってもそんなに驚かないのねシルヴィ」
「あー……うんまぁ……驚いてはいるけど」
「けど?」
「レイシュトルム家のことは、フレアからすると先祖のことだし知ってるから……でもここで詳しくは言えない……」
「あぁ……なるほど」
なるべく周りには聞かれたくない。その一心でフレアにだけ聴こえるように小さく関係者であることを伝える。
とはいえ千年前、魔王討伐に挑む勇者のパーティーにいた魔法使い、ダオラット・レイシュトルムのことは言えなかった。あまりにも不確定要素が多いからだ。
何せ当時はレイシュトルムという名は有名ではないうえ、ダオラットには親はいず、兄弟もいない。いわばレイシュトルム家、最後の生き残り。
けれど運命は残酷であり、パーティーはあの時全滅している。ならばこそ、目の前にいるフレアの苗字はおかしいと、シルヴィの頭が訴えかけているのだ。
――否、シルヴィがわからないのも無理はない。死んだとばかり思っていたダオラットは、首の皮一枚繋がっているような、息も絶え絶えで地に伏せていたのだから。
戦いで僅かに残った魔力は、魔力なしでも動けるシルヴィか、瀕死状態である自分のたった一人を安全圏に強制送還させるだけしかない。
ならば誰を生かすのかは明確だった。ゆっくり手を伸ばし、残された希望を託すように体力が残っているシルヴィに向かって魔法を唱える。
しかし願いも魔法も、祈りでさえも彼女に届くことはなく、魔法がそっくりそのまま術者の方へと弾き返された。結果瀕死のダオラットが町に強制送還し、命からがら生き延びて今の名家誕生の礎になったのだ。
けれど今のシルヴィにはそれを知るすべはなく、いくら考えてもたどり着かない正解にしびれを切らして、細やかな焦げた茶の髪を叫びと共にかき乱した。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うわっ! ど、どうしたのよ急に!」
「あ、ごめん。考え事してたらムカついて」
考えても意味を持たない疑問を投げ捨てながら、一瞬我を失ったことに苦笑いを浮かべる。それでいて、あまり見せたくない一面を見せてしまったことで顔も赤く染まりシルヴィはそっぽを向く。
「いや、だからって、びっくりしたわ……でも、あなたの意外な一面がみられて、ちょっと嬉しいかも」
「き、気持ち悪いこと言わないでよ」
「ふふっとりあえずまだ授業まで時間あるし、髪直してあげるわ。光栄に思いなさい」
「何今の笑い!? というかいいよ、自分でやるから!」
「いいから黙って直されなさい!! この私が直してあげると言ってるのよ! 大丈夫、可愛くしてあげるわ!」
「可愛くしなくていいよ!? でもまぁ……そこまで言うならお願い」
教室の机に小さく埋め込まれた一日の時間を刻む魔道具を見れば、確かに授業が始まるまで多少時間が残っている。逃げようにも教室での授業のため逃げることはできず、嫌々ながらフレアに背を向ける。
「改めて見るけどシルヴィの髪ってかなり綺麗よね。それに肌もつやつやですべすべだし……どうやったらこんなにも綺麗になるのか教えてほしいわ」
「べ、別に特別なことはやってないよ」
シルヴィの髪に、フレアの小さな手が触れる。その手にはきめ細やかなブラシ――いつでも人を問わず髪の手直しができるようにいつも持ち歩いているらしい――があった。
「素直じゃないわね。この私が褒めてるんだから喜びなさい?」
「フレアに素直じゃないって言われてもなぁ」
一度かき乱した髪を、まるできつく縛った紐を丁寧に、それでいて流れるように梳いていく。
他愛もない話が数分続き、気づけば乱れた髪がさらりと、されどふわりとした髪質に生まれ変わっていた。しかし変化はそれだけではなく、先ほどまではなかった小さな三つ編みが左側に横目に見える。
鏡を見ずともわかる完成度の高さ。髪の手入れしかしないシルヴィにとって、到底真似ができないからこそ。その完成度を目にして、つい触って確かめる。
いざ触ってみれば、とても手触りが良く、きめ細やかでなめらか。だからこそこれ以上触るとこの仕上がりが駄目になる気がするものの、そうと知っても触りたくなる。
「おぉ、フレアって器用なんだね、思ってた以上に凄い。これどうやったの?」
「シルヴィ、あなた意外と失礼よね。三つ編み知らないの?」
「知ってはいるけど、髪は手入れくらいしかしないからね。長いと手入れ大変だからこの長さにしてるんだし」
「え、そんな適当な理由で!? それじゃあ駄目よ!? シルヴィはれっきとした女なんだから、こういう三つ編みみたいに遊び心がないともったいないわ! 第一、服装とか、化粧の仕方でもそうだけど、髪型も人の第一印象を決める大切なものなのよ!? もったいなさ過ぎるわ! ……よし、これから毎日! 朝は私が結ってあげる!」
「ま、毎日!?」
いったいフレアは何を目指しているのか。化粧や、服装、髪型の一つだけで一人の印象が変わってくると年齢にそぐわないことを熱く語り、一体何を目指しているのかと怖いものを見たように引きつつも、不安になるシルヴィ。
弄るのが相当楽しかったのか、鮮やかな宝石のように輝いた目を向けており、このままでは本当に毎朝髪を弄られる気がしてならない。
流石に毎日はご遠慮いただきたいと思いつつも、その眼では断るにも断りにくく、反応に困っていたシルヴィを助けるように始業のチャイムが耳を貫いた。
翌日。あれほど疲労しきっていたフレアは、昨日のことは嘘のように自分の席に座っていた。魔力切れの疲労はかなりひどく、かつてのシルヴィは一日起きれなかったほど。その経験があるからこそ自分の席――先日、教室に戻った際にフレアの横の席だと告げられていた――に座りつつ声をかける。
「もう大丈夫なの?」
「ええ、家系のこともあるとは思うけど、私は魔力の回復に優れてるらしくて、いつも半日で元通りよ。ていうかあなたお隣さんだったのね……」
戦闘の記憶がまだ新しい中、戦闘相手が横の席なのは驚くことだ。といっても手合わせをする前から席は決まっていたのだから、先に聞いていれば驚くことはなかっただろう。
だが、今はその話題よりもシルヴィにとって聞き捨てならない言葉を耳にし、唖然とした顔でその言葉を言い返す。
「家系?」
「あぁ、そういえばあなた、昨日来たばかりだからちゃんとは名乗ってなかったわね。改めて私はフレア・レイシュトルム。かの有名なレイシュトルム家の三女よ。といっても義理だけどね」
「レイシュトル!? ていうか義理って」
「そのまんまの意味よ。……救われたの。両親が死んだ世界から私を。元々私はリースタルト家でね。ってあなたに前の言ってもわからないわよね。四年くらい前のことだし」
レイシュトルムという名にはとても懐かしみを覚え、しかし今でも代が続いている事実を目の前にシルヴィはただ驚くしかなかった。
けれど、彼女がレイシュトルム家に拾われ、義理ながらもその家の一員として過ごしているのが驚きを隠せない。かといって大きく声を出すわけではなく、静かに言葉を失う本気の驚き。
それに彼女の家名は今ではどこを歩いていても耳にするほどに有名で、その魔法に長けた人たちから教育を受けているのならばフレアがあれほどまで強力な魔法が使えるのも納得がいくほどだ。
「まぁその頃からレイシュトルム家は魔王を追ってるみたいだけど……本当にいるのかしらそんなの」
その言葉で改めて魔王がいることを、相も変わらず人間は魔王を倒そうとしていることに気づかされて、驚きながらも呆れがこみ上げ始める。
だが顔には一切でてないのか、何も言わず黙り込んでしまった少女を小首を傾げて不思議そうに見つめる。
「有名なレイシュトルム家の一人とか魔王のこと言ってもそんなに驚かないのねシルヴィ」
「あー……うんまぁ……驚いてはいるけど」
「けど?」
「レイシュトルム家のことは、フレアからすると先祖のことだし知ってるから……でもここで詳しくは言えない……」
「あぁ……なるほど」
なるべく周りには聞かれたくない。その一心でフレアにだけ聴こえるように小さく関係者であることを伝える。
とはいえ千年前、魔王討伐に挑む勇者のパーティーにいた魔法使い、ダオラット・レイシュトルムのことは言えなかった。あまりにも不確定要素が多いからだ。
何せ当時はレイシュトルムという名は有名ではないうえ、ダオラットには親はいず、兄弟もいない。いわばレイシュトルム家、最後の生き残り。
けれど運命は残酷であり、パーティーはあの時全滅している。ならばこそ、目の前にいるフレアの苗字はおかしいと、シルヴィの頭が訴えかけているのだ。
――否、シルヴィがわからないのも無理はない。死んだとばかり思っていたダオラットは、首の皮一枚繋がっているような、息も絶え絶えで地に伏せていたのだから。
戦いで僅かに残った魔力は、魔力なしでも動けるシルヴィか、瀕死状態である自分のたった一人を安全圏に強制送還させるだけしかない。
ならば誰を生かすのかは明確だった。ゆっくり手を伸ばし、残された希望を託すように体力が残っているシルヴィに向かって魔法を唱える。
しかし願いも魔法も、祈りでさえも彼女に届くことはなく、魔法がそっくりそのまま術者の方へと弾き返された。結果瀕死のダオラットが町に強制送還し、命からがら生き延びて今の名家誕生の礎になったのだ。
けれど今のシルヴィにはそれを知るすべはなく、いくら考えてもたどり着かない正解にしびれを切らして、細やかな焦げた茶の髪を叫びと共にかき乱した。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うわっ! ど、どうしたのよ急に!」
「あ、ごめん。考え事してたらムカついて」
考えても意味を持たない疑問を投げ捨てながら、一瞬我を失ったことに苦笑いを浮かべる。それでいて、あまり見せたくない一面を見せてしまったことで顔も赤く染まりシルヴィはそっぽを向く。
「いや、だからって、びっくりしたわ……でも、あなたの意外な一面がみられて、ちょっと嬉しいかも」
「き、気持ち悪いこと言わないでよ」
「ふふっとりあえずまだ授業まで時間あるし、髪直してあげるわ。光栄に思いなさい」
「何今の笑い!? というかいいよ、自分でやるから!」
「いいから黙って直されなさい!! この私が直してあげると言ってるのよ! 大丈夫、可愛くしてあげるわ!」
「可愛くしなくていいよ!? でもまぁ……そこまで言うならお願い」
教室の机に小さく埋め込まれた一日の時間を刻む魔道具を見れば、確かに授業が始まるまで多少時間が残っている。逃げようにも教室での授業のため逃げることはできず、嫌々ながらフレアに背を向ける。
「改めて見るけどシルヴィの髪ってかなり綺麗よね。それに肌もつやつやですべすべだし……どうやったらこんなにも綺麗になるのか教えてほしいわ」
「べ、別に特別なことはやってないよ」
シルヴィの髪に、フレアの小さな手が触れる。その手にはきめ細やかなブラシ――いつでも人を問わず髪の手直しができるようにいつも持ち歩いているらしい――があった。
「素直じゃないわね。この私が褒めてるんだから喜びなさい?」
「フレアに素直じゃないって言われてもなぁ」
一度かき乱した髪を、まるできつく縛った紐を丁寧に、それでいて流れるように梳いていく。
他愛もない話が数分続き、気づけば乱れた髪がさらりと、されどふわりとした髪質に生まれ変わっていた。しかし変化はそれだけではなく、先ほどまではなかった小さな三つ編みが左側に横目に見える。
鏡を見ずともわかる完成度の高さ。髪の手入れしかしないシルヴィにとって、到底真似ができないからこそ。その完成度を目にして、つい触って確かめる。
いざ触ってみれば、とても手触りが良く、きめ細やかでなめらか。だからこそこれ以上触るとこの仕上がりが駄目になる気がするものの、そうと知っても触りたくなる。
「おぉ、フレアって器用なんだね、思ってた以上に凄い。これどうやったの?」
「シルヴィ、あなた意外と失礼よね。三つ編み知らないの?」
「知ってはいるけど、髪は手入れくらいしかしないからね。長いと手入れ大変だからこの長さにしてるんだし」
「え、そんな適当な理由で!? それじゃあ駄目よ!? シルヴィはれっきとした女なんだから、こういう三つ編みみたいに遊び心がないともったいないわ! 第一、服装とか、化粧の仕方でもそうだけど、髪型も人の第一印象を決める大切なものなのよ!? もったいなさ過ぎるわ! ……よし、これから毎日! 朝は私が結ってあげる!」
「ま、毎日!?」
いったいフレアは何を目指しているのか。化粧や、服装、髪型の一つだけで一人の印象が変わってくると年齢にそぐわないことを熱く語り、一体何を目指しているのかと怖いものを見たように引きつつも、不安になるシルヴィ。
弄るのが相当楽しかったのか、鮮やかな宝石のように輝いた目を向けており、このままでは本当に毎朝髪を弄られる気がしてならない。
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