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vol.5

好きがはじまる

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どう答えるのかが心配で、私は食い入るように先輩を見つめた。
背中に汗が伝う。胸がドクンドクンと脈打ち、息が苦しい。
その時こっちを見た雪野先輩と眼が合い、思わずビクッと身体が震えた。お互いの視線が絡む。
精悍な頬。通った鼻筋。綺麗な眼に男らしい口元。
……そんな、わけない。私みたいな地味子を先輩が好きになるはずない。だってカッコいい先輩と地味な私じゃ違いすぎるもの。
やだ、こんなの。惨めで恥ずかしくて。
苦しすぎて見ていられなくなって、私は先輩から顔を背けた。
その時フワリと風が動いて、先輩の大きな手が私の頬を優しく撫でた。

「俺が愛してるのは瀬里だけだ」

キャアッと控えめな女子の悲鳴とウオッという男子の嬉しそうな声が混ざり合ったとき、予鈴が鳴った。

「こらー、何してるんだ?さっさと行けー」

理科の高橋先生が足早に渡り廊下を進んできて皆が追い立てられるように各教室へと散らばっていく。
たった一つの予鈴でさっきまでの出来事がまるで無かったみたいだった。里緒菜先輩も身を翻して去っていき、後には私と雪野先輩だけが残った。

「瀬里、放課後迎えにいく。教室で待ってろ」
「はい……」

渡り廊下を吹き抜ける風が髪を乱して視線を遮ぎり、そう言った先輩の表情を見ることができなかったけど私の胸のドキドキは激しくなるばかりだった。だって先輩の声が、凄く凄く柔らかくて優しかったから。

●●●●●

ホームルームが終わりに近づくにつれて、私の心臓はバクバクと煩くなっていった。
そんな私を、斜め前の席の明日香ちゃんが時折振り返ってニタニタと笑った。絶対、渡り廊下での雪野先輩と私の件だ。
……けどまさか、『あれは雪野先輩の演技です』とは言えない。そう……あれは先輩の演技だ。私を、愛華先輩や里緒菜先輩から守る為の。
そう思った時、胸がチクンと痛んだ。
なに、今の……。
何だか苦しくて、私は大きく息を吸い込んだ。

●●●●●

放課後。

「瀬里、雪野先輩が来てるよ」

帰り支度を始めていた私は、志帆ちゃんの声に顔をあげた。
見上げた志帆ちゃんの顔は僅かに眉が寄っていて、まるで小さな女の子が拗ねたみたいだった。

「……志帆ちゃん?」

私が声をかけると彼女は、

「ごめんっ!私、ヤな奴だったよね」
「志帆ちゃん……」
「里緒菜先輩が瀬里の画を破ったの、知らなくてっ。そんな人の味方なんて無理だし。ホントは分かってた、瀬里は悪くないって。ホントにごめん!」

志帆ちゃんはガバッと頭を下げると私の返事も聞かずに去っていってしまい、明日香ちゃんが同情したように呟いた。

「志帆って、愛華先輩や里緒菜先輩に憧れてたんだよね。ほら、性格はどうであれ、二人とも凄くお洒落じゃん?」
「うん……」

私だって、愛華先輩や里緒菜先輩の女子力の高さは、正直羨ましい。

「ほら、雪野先輩が待ってるよ。行ってきな」
「うん」

●●●●●

「遅せぇ」

帰り支度を慌てて済ませ、教室を飛び出した私に、雪野先輩はムッとしたように一言呟いた。

「ご、めん」
「行くぞ」
「うん。……うわっ!」

小さく叫んだ私を、先輩は嫌そうに睨んだ。

「何だよ」
「だ、だ、だ、だって」

私は信じられない思いで、張り付いたように先輩を見つめた。
だって先輩が、私の荷物を奪い取って自分の肩にまとめて担いだんだもの。
しかも何故か、私の手をギュッと掴んだしっ。

「せ、先輩、それは私の荷物で」
「わかってる」
「そ、そ、それにっ!」

先輩が舌打ちして私を振り返った。

「なんだよ?!」

なんだよって、それはこっちの台詞だっつーの。
き、気でも狂ったんじゃないの?!なんで手ぇ握ってるの?!

「あの、あの、それは荷物じゃなくて私の手でしてっ」
「アホか」
「へっ!?」
「……分かって握ってるに決まってんだろーが」

な、な、な……!
まだ廊下だよ?!校内だよ!?皆が見てるじゃん!!
こんな、人前でっ……。
全身の血液が全て顔に集まってくるような感覚がして、死ぬほど熱い。

「何だよ、その顔」
「だ、だってっ」

咄嗟に振り払おうとした指先に先輩が指を絡めて、更に力強く握り締めた。

「ダメだ」

斜めに私を見た先輩の瞳が甘く光った気がして、私はクラリとよろけた。

「おい」

ヘロヘロと倒れそうになって、先輩はそんな私に焦って手を伸ばした。逞しい腕が腰に回って、そこから全身が痺れる感じがする。
ああ、もう確定だ。
分かってしまった。
胸が痛む訳も、こんなにもドキドキする理由も。

「大丈夫かよ」

大丈夫じゃないよ、先輩。
クスッと笑う先輩を見て、私は思わず眉を寄せた。
ああ、どうしよう。 胸が苦しい。
私、好きになっちゃったんだ、先輩のことを。

「さあ、帰るぞ」

言いながら私の手を引く先輩に私は頷くのが精一杯だった。
甘くて切なくて、怖くて幸せで、私はただただ先輩の背中を見つめていた。
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