上 下
4 / 5

3

しおりを挟む
 心配ごとがあるのかもしれない。親を通じて高校で面倒事に巻き込まれていることを聞いていたのかもしれない。いくら幼馴染とはいえ、高校は別々に言ったのをあいつは不満を口にする。
「協力頼むなら出来るだけ早い方が良いと思ったら、こんな無茶する羽目になったんだ」
 と言ってみてどこか彼女に非難めいたニュアンスが有る事に気づく。今度こそ怒られるだろうと顔を見ると悲しげに顔を下げた彼女がいた。
「何でそんなに距離が有るの言い方をするのかな」
 ただそれだけだった。
 でもこの言葉の衝撃は大きかった。
 夏目漱石が言う様に幼少期から近い所にいる人物とは恋愛感情が芽生えないと僕は思う。確かに幼馴染が今の伴侶だという人もいる事は分かっている。

 でもね、僕にとって絶対に恋愛には発展しないだろうと確信めいたものが在ったんだ。

 別に彼女の事が嫌いだとか、見てくれがひどいというわけじゃないんだ。
 幼馴染はとても気持ちのいいさっぱりとした性格をしていると思うし、幼馴染としてのひいき目を抜いたところで彼女の事を可愛いという人は五万といるはずだ。
 なにせその事が学校でのトラブルをもたらしたぐらいだったわけだから。
 ただ、僕と彼女は分かれるべきだと思春期を過ぎたあたりから薄々感づいた。多分このまま、なあなあと二人一緒にくっついて、そして当たり前の様に結婚する未来がみえた時、そんなことはしてダメだと思ったわけだ。
 子供のころから距離が変わらないなんてことはありえないんだ。僕たちは体は成長しているわけで、心も解きやすい問題と壊れない壁にぶつかりながら育まれてきたはずなんだ。
 そしてその距離が永遠に続くなんて誰も知らない事で、今まで同じ距離を取り続けた事は一種の奇妙な事なんだ。
「ごめん、かなえ」
 今はこれが精いっぱいと心で呟きながら、僕はそう言った。
 それでも叶は話を続ける。
「だってさ中学の最後にさ、いきなりみんなと違う高校に行くって言って。
 そのまま理由も言わないで高校行ったと思ったら、いじめにあって学校休んでいるってきいたんだよ。私、昔から知っているから心配なんだよ」
「理由は幾つか言ったけど納得してないんだね」
 それもしょうがない事かもしれない。一緒の高校に行くと思っていた人が自分の隣から離れて、そしていじめという厄介ごとにあっていると聞いたなら、元々不満に思っていた叶の限界をついに超えたのかもしれない。
「私ね、話を聞くつもりで来たの。だから聞かせて、話さないなら手伝えない」
 話して、と言われても困る。話す事なんて何もないからだ。
 何も彼女が触ることなく彼女がもとで起きた事件、正確には彼女をダシにして行われた裏工作に僕は満々と引っ掛かった。首謀者も同時にその時それなりのしっぺ返しを負ったのだが。
「話す事は無いよ。君が言ういじめは簡単に収まって、もう絶対に起こらないことになっている。
 話すにしても僕だけの口からは言えない所がある。結局教師だって止めればそれでいいんだ。起きた後に物事を考えて、それで手打ちにしたい訳なんだよ」
 いくらか暴論だけどそれでもこれは幾つかの事実だ。
 これに関するいじめは必ずこの先に起こりえないし、そして僕だけの情報は余りにも不確かな事しか耳に入っていない。
 だってさ、たかだか結構やばい物を持った連中に囲まれて、しょうがないから火災報知機を作動させてリーダー格の人物を掴みながら三階の窓からプールに落ちただけなんだ。
 SNSの投稿からで僕を少し懲らしめる旨が書かれていただけ。
 訳が解らないよ、まったく。
「終わってからなら話せる」僕はそう言った。
「今では無理なの?」叶は強く問い詰めてくる。
 正直に話すことは出来ても必ず納得してもらえる訳では無い。そして、今回は大体の人がその一部を見て「だからなんだ」と首を傾げるしかないのだ。
「姉さんが帰ってきたら話すよ。姉さんも学校から話を聞いているし、僕とはまた別の話を聞いているかもしれない。僕だけの話を聞くだけだとたぶん何も信じて貰えないだろうから」
「そんなことはないよ。よっぽどおかしくなければね」
「今回はよっぽどおかしい件なんだ」
 それ以降叶は喋るのを止めた。彼女の性格から考えるとこのままもういいと言って、家に帰ってしまうのかと思った。
 叶はとても綺麗だと僕も思う。よく手入れされた長い黒髪に輝く瞳と優美な端正な顔立ち。そして美人特有の白い肌にほんのり朱に染まった頬。
 常住坐臥確かに人目に置かれるそういうう美しさと気品がある。でも、よく見るとどこかそういう型に嵌っていないように見えるんだ。どこか子供っぽくね、たぶん恥じらいのある女子ならば座るときにスカートが見えないように押さえて座るよね。でも彼女の場合は決まった一連の動作の中でそういう風になる勢いのある座り方をする。
 こういうところを見ていると自然とそう思ったんだよ。
 そんな僕の予想に反して彼女は足早に階段を上り始めた。驚いた僕は慌てて僕の部屋に入る彼女の事を追って階段を上った。
 部屋に入ると彼女はVRヘッドを膝の上に持ち、物憂げの眼差しで溝を指でなぞっていた。
「さあ、早く始めましょう。時間が惜しいわ」
 僕にVRヘッドを渡し、パソコンに向かった。
「これを見てればいいのね。何かあったときどうすればいいの?」
「このVRヘッドの側面にinterruptのボタンを押して。そしてら意識は戻る」
「戻らなかったら?」
 戻らなかったら、たぶんそんなことは起きるはずがないのだ。決められた範囲で決められてことしか出来ないこれでは。
「十中八九起きると思うよ。でも万が一駄目だったらそのプログラムをこのギアに送信し直してもう一度ボタンを押して」
 ディスプレイに表示されている文字列は簡単に言えば離脱だけのプログラム。
「後は好きに僕の部屋の本でも読んでて」
 無造作に本は床に置かれたり、開放的なアルミのラックにスプロールに収められている。兄が好んで残した純文学の本から姉の趣味による二十世紀の海外小説と有名な論文が適当に存在する。
 ぽつり、本棚を見ながら叶は呟いた。何で信じられるのかな?
「僕は叶の事を信じているよ」
 僕の答えが正しいか分からない。でも彼女が間接的に聞きたい答えは言ったはずだ。
 僕は叶の事が好きで、信頼していると。
 そして、僕の意識は電脳とデジタルにダイブした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

NPCが俺の嫁~リアルに連れ帰る為に攻略す~

ゆる弥
SF
親友に誘われたVRMMOゲーム現天獄《げんてんごく》というゲームの中で俺は運命の人を見つける。 それは現地人(NPC)だった。 その子にいい所を見せるべく活躍し、そして最終目標はゲームクリアの報酬による願い事をなんでも一つ叶えてくれるというもの。 「人が作ったVR空間のNPCと結婚なんて出来るわけねーだろ!?」 「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」 こんなヤバいやつの話。

DEBUG!

タケノコご飯
SF
  ー  世界はプログラムによって管理されていた!?  ー 20××年、世界のバーチャルネットワークを牛耳る会社、『アナライズ社』が生み出した最新のネットワーク『パンドラ』しかし表では単なるバーチャルネットワークとして機能するそれは裏では全人類をデータ化し管理する『世界ネットワーク』だった。 そのネットワーク上のバグを直すことが仕事の『リアルアカウントデバッガー』通称『RAD』達は暴走した世界プログラムをとめるために武器を手に立ち上がる。 不運な事からバグに襲われ裏の世界を知ってしまった主人公、異世界 創。 果たして彼はどんな道を歩んでしまうのか...!? 小説を初めて書く&語彙がよく足りないと言われる私が贈る、シリアスとお道化の起伏が激しいバトルアクション&コメディ(?)。 始まります。

暑苦しい方程式

空川億里
SF
 すでにアルファポリスに掲載中の『クールな方程式』に引き続き、再び『方程式物』を書かせていただきました。  アメリカのSF作家トム・ゴドウィンの短編小説に『冷たい方程式』という作品があります。  これに着想を得て『方程式物』と呼ばれるSF作品のバリエーションが数多く書かれてきました。  以前私も微力ながら挑戦し『クールな方程式』を書きました。今回は2度目の挑戦です。  舞台は22世紀の宇宙。ぎりぎりの燃料しか積んでいない緊急艇に密航者がいました。  この密航者を宇宙空間に遺棄しないと緊急艇は目的地の惑星で墜落しかねないのですが……。

【完結】永遠の旅人

邦幸恵紀
SF
高校生・椎名達也は、未来人が創設した〈時間旅行者協会〉の職員ライアンに腕時計型タイム・マシンを使われ、強引に〈協会〉本部へと連れてこられる。実は達也はマシンなしで時空間移動ができる〝時間跳躍者〟で、ライアンはかつて別時空の達也と偶然会っていた。以来、執念深く達也を捜しつづけたライアンの目的とは。

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

ニートじゃなくてただの無職がVRMMOで釣りをするお話はどうですか?

華翔誠
SF
大学卒業し会社へ就職。 20年間身を粉にして働いた会社があっさり倒産。 ニートではなく41歳無職のおっさんの転落(?)人生を綴ります。 求人35歳の壁にぶち当たり、途方に暮れていた時野正は、 後輩に奨められVRMMORPGを始める。 RPGが好きでは無い時野が選んだのは、釣り。 冒険もレベル上げもせず、ひたすら釣りの日々を過ごす。 おりしも、世界は新たなマップが3ヶ月前に実装はされたものの、 未だ、「閉ざされた門」が開かず閉塞感に包まれていた。 【注】本作品は、他サイトでも投稿されている重複投稿作品です。

ある事実を隠した能力者

Nori
SF
ある特殊能力を得た主人公はほぼ全ての事ができる。 主人公はヒロインと出会って能力を成長させていく物語です。 主人公は過去に最強を求めて…

処理中です...