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7月
第12帖。親子丼。
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慧太は時計を見る。17時を過ぎている。
「けーこ、今日の夕飯は?」
「ん、もうそんな時間か」
学校から帰ってくるなり、慧太の家でマンガを読んでいるけーこである。ちょっと不機嫌そう。
そういえば帰宅するなり「甘いものが食べたい」と、冷蔵庫をさばくっていた。おおかた学校で出来ない問題を板書しろと言われたのか、あるいは今日の日付で当てられ続けたのか、とにかく機嫌がよろしくなかった。
アイスをくわえ、バッグを放り投げ、慧太のベッドに寝転がり、そのまま今までずっとマンガを読んでいるのだった。買い物にも行かずに。けーこにしては珍しかったのを覚えている。
けーこはマンガを閉じ、うーんと伸びをする。
「夕飯かー。作るのが面倒になってきたのー」
さもありなん。ここのところ毎日々々けーこが作ってくれている。しかも引きこもりの慧太と違い、学校から帰ってから作るのである。疲れないはずがない。
――もしかして僕のせいでもあるのかな。
今日、けーこが不機嫌だったのも。
ならば言うべきことは1つだ、と慧太は思い付く。
「それならけーこ、今日の夕飯は僕が作ろうか?」
「それは結構じゃ」
「ん?」
どっちの意味だろう。結構いらないのか。結構いいのか。どちらとも取れるので慧太は返事できかねている。
「む? 何を悩んでおる。ワシが作るからけいたは心配いたすな」
「あ、そっちの結構ね」
「何じゃと思ったんじゃ。やれやれ」
なんだかいつもよりキレがない。覇気がない。
けーこはのろのろとベッドから下り、ハタと気付いたように言う。
「そういや買い物に行っておらなんだな」
「うん。今日ずっとウチにいたからね」
「えーと」
けーこは冷蔵庫をのぞき込んでいる。
「卵がある。これさえあればワシは何とかなる」
「あと米があるから、卵かけご飯にでもしようか」
「それでは芸がないのう。冷凍庫に何かないか。……お、そう言えばトリ肉が冷凍保存されておったわ。ピコーン!」
けーこの頭の上に豆電球が灯る。何か思い付いたらしい。
「決まったぞ。今日は親子丼じゃ」
「親子丼? 久し振りのドンブリものだ」
「うむ。さーて、またマンガでも読んで待っておれ」
「はーい」
けーこはエプロンをしめる。
タマネギの皮をむき、半分に切る。それをさらに切って、半月切りにする。
フライパンで炒める。解凍したトリ肉を入れ、さらに炒める。フライパンの中でトリ肉はコロコロ転がっている。タマネギにしてもトリ肉にしても、焦げ付く前に火を弱める。
ダシ汁を5勺、器に入れておく。砂糖大さじ1を溶かす。醤油大さじ2、みりん大さじ2を混ぜる。この汁を仮にBと置く。
「よし」
けーこは息を吸う。気を落ち着かせる。
フライパンの中にBをぐるり、と流し入れる。タマネギとトリ肉は海に沈む。ことこと煮込む。ある程度、味がなじめばもう完成は間近。
けーこは火をさらに弱める。この間に手近の小さな器に卵を2個、割り入れ、殻が入っていないことを確認してからかき混ぜる。カチャカチャと箸がドンブリにぶつかる。
けーこはフライパンの煮汁を見つめる。適度に煮られている。けーこは卵をぐるり、と入れる。
茶色の煮汁に黄色のかき卵が2色の層を為す。煮汁に接する卵はすでに固まり始めている。
「出来たぞー。ドンブリにご飯をよそうのだ」
「はーい。お、いいにおい」
コタツ机に並ぶ。
親子丼。サトイモの味噌汁。それに昨日の残り物のサトイモがある。
「ちょっと少ないかのう」
「いいや、全然。今日も結構だ」
「うむ。イタダキマス」
けーこは丼を持ち、かっこんだ。
ぷりぷりしたトリ肉。しんなり煮込まれたタマネギに味がしみこんでいる。Bの味もウマい。ご飯に合う。
「ウマい。丼はウマい」
「親子丼てウマいなあ。サトイモの味噌汁もウマい」
「じゃろう」
「ところで今日、学校で何かあったのか」
「ん?」
「何となく元気なかった気がする」
「うーむ。ホラ、以前ワシが言うたこと覚えておるかの。引っ越しを手伝ってもらった話じゃが」
「ああ、友達に手伝ってもらったとかいうやつ? 聞いたよ。その友達とケンカでもしたの?」
「むしろ逆じゃ」
「逆」
「転生した話をしたらずいぶんしつこく話をしてくるようになっての、それで困っておる。ワシの生まれ故郷の様子、風土、食事から家族構成まで何でも聞きたがる」
「何だそれ。なんか気持ち悪いな。女の子なんだよね」
「うむ。まー、悪いコではないのじゃが。困っておる。あそこまでしつこいとは」
「ばかにされてない?」
「そんなことはない。むしろワシに同情をくれておる」
「けーこはもうそのコと話したくないの?」
「そういうことではない。うーむ。悩んどる。困っとる」
見た目はそうとは思えない。けーこはいつもと変わらない様子である。しつこくて困っているようでもない。
「また何かあったら僕に言えば話し相手くらいにはなるよ」
「うむ、頼むぞ。時局が好転したらけいた、お主にも会わせてやろう」
「確かカワイイって言ってたよね」
「ほう」
けーこの声がやや低くなる。慧太の目をじっと見る。
「やはり気になるか。そういうことが。うーむ、そうか」
「なぜ感慨深げなんだ」
「やっとけいたも人並みの興味を持ち始めたか。引きこもっておっては彼女も出来んからのう。よし、では今度連れて来てやろうて」
「別にいいって」
「そんなこと言うでない! いいコじゃぞ。会うだけ会うだけ」
「うーん、まあ気が向いたら」
「うむ。そういえばけいた、休学届は出したのか?」
慧太は何も言わない。ただ黙ってコタツ机の模様を見ている。やがてけーこは慧太の態度に怒り出し、怒号は30分近く続くのだった。
「けーこ、今日の夕飯は?」
「ん、もうそんな時間か」
学校から帰ってくるなり、慧太の家でマンガを読んでいるけーこである。ちょっと不機嫌そう。
そういえば帰宅するなり「甘いものが食べたい」と、冷蔵庫をさばくっていた。おおかた学校で出来ない問題を板書しろと言われたのか、あるいは今日の日付で当てられ続けたのか、とにかく機嫌がよろしくなかった。
アイスをくわえ、バッグを放り投げ、慧太のベッドに寝転がり、そのまま今までずっとマンガを読んでいるのだった。買い物にも行かずに。けーこにしては珍しかったのを覚えている。
けーこはマンガを閉じ、うーんと伸びをする。
「夕飯かー。作るのが面倒になってきたのー」
さもありなん。ここのところ毎日々々けーこが作ってくれている。しかも引きこもりの慧太と違い、学校から帰ってから作るのである。疲れないはずがない。
――もしかして僕のせいでもあるのかな。
今日、けーこが不機嫌だったのも。
ならば言うべきことは1つだ、と慧太は思い付く。
「それならけーこ、今日の夕飯は僕が作ろうか?」
「それは結構じゃ」
「ん?」
どっちの意味だろう。結構いらないのか。結構いいのか。どちらとも取れるので慧太は返事できかねている。
「む? 何を悩んでおる。ワシが作るからけいたは心配いたすな」
「あ、そっちの結構ね」
「何じゃと思ったんじゃ。やれやれ」
なんだかいつもよりキレがない。覇気がない。
けーこはのろのろとベッドから下り、ハタと気付いたように言う。
「そういや買い物に行っておらなんだな」
「うん。今日ずっとウチにいたからね」
「えーと」
けーこは冷蔵庫をのぞき込んでいる。
「卵がある。これさえあればワシは何とかなる」
「あと米があるから、卵かけご飯にでもしようか」
「それでは芸がないのう。冷凍庫に何かないか。……お、そう言えばトリ肉が冷凍保存されておったわ。ピコーン!」
けーこの頭の上に豆電球が灯る。何か思い付いたらしい。
「決まったぞ。今日は親子丼じゃ」
「親子丼? 久し振りのドンブリものだ」
「うむ。さーて、またマンガでも読んで待っておれ」
「はーい」
けーこはエプロンをしめる。
タマネギの皮をむき、半分に切る。それをさらに切って、半月切りにする。
フライパンで炒める。解凍したトリ肉を入れ、さらに炒める。フライパンの中でトリ肉はコロコロ転がっている。タマネギにしてもトリ肉にしても、焦げ付く前に火を弱める。
ダシ汁を5勺、器に入れておく。砂糖大さじ1を溶かす。醤油大さじ2、みりん大さじ2を混ぜる。この汁を仮にBと置く。
「よし」
けーこは息を吸う。気を落ち着かせる。
フライパンの中にBをぐるり、と流し入れる。タマネギとトリ肉は海に沈む。ことこと煮込む。ある程度、味がなじめばもう完成は間近。
けーこは火をさらに弱める。この間に手近の小さな器に卵を2個、割り入れ、殻が入っていないことを確認してからかき混ぜる。カチャカチャと箸がドンブリにぶつかる。
けーこはフライパンの煮汁を見つめる。適度に煮られている。けーこは卵をぐるり、と入れる。
茶色の煮汁に黄色のかき卵が2色の層を為す。煮汁に接する卵はすでに固まり始めている。
「出来たぞー。ドンブリにご飯をよそうのだ」
「はーい。お、いいにおい」
コタツ机に並ぶ。
親子丼。サトイモの味噌汁。それに昨日の残り物のサトイモがある。
「ちょっと少ないかのう」
「いいや、全然。今日も結構だ」
「うむ。イタダキマス」
けーこは丼を持ち、かっこんだ。
ぷりぷりしたトリ肉。しんなり煮込まれたタマネギに味がしみこんでいる。Bの味もウマい。ご飯に合う。
「ウマい。丼はウマい」
「親子丼てウマいなあ。サトイモの味噌汁もウマい」
「じゃろう」
「ところで今日、学校で何かあったのか」
「ん?」
「何となく元気なかった気がする」
「うーむ。ホラ、以前ワシが言うたこと覚えておるかの。引っ越しを手伝ってもらった話じゃが」
「ああ、友達に手伝ってもらったとかいうやつ? 聞いたよ。その友達とケンカでもしたの?」
「むしろ逆じゃ」
「逆」
「転生した話をしたらずいぶんしつこく話をしてくるようになっての、それで困っておる。ワシの生まれ故郷の様子、風土、食事から家族構成まで何でも聞きたがる」
「何だそれ。なんか気持ち悪いな。女の子なんだよね」
「うむ。まー、悪いコではないのじゃが。困っておる。あそこまでしつこいとは」
「ばかにされてない?」
「そんなことはない。むしろワシに同情をくれておる」
「けーこはもうそのコと話したくないの?」
「そういうことではない。うーむ。悩んどる。困っとる」
見た目はそうとは思えない。けーこはいつもと変わらない様子である。しつこくて困っているようでもない。
「また何かあったら僕に言えば話し相手くらいにはなるよ」
「うむ、頼むぞ。時局が好転したらけいた、お主にも会わせてやろう」
「確かカワイイって言ってたよね」
「ほう」
けーこの声がやや低くなる。慧太の目をじっと見る。
「やはり気になるか。そういうことが。うーむ、そうか」
「なぜ感慨深げなんだ」
「やっとけいたも人並みの興味を持ち始めたか。引きこもっておっては彼女も出来んからのう。よし、では今度連れて来てやろうて」
「別にいいって」
「そんなこと言うでない! いいコじゃぞ。会うだけ会うだけ」
「うーん、まあ気が向いたら」
「うむ。そういえばけいた、休学届は出したのか?」
慧太は何も言わない。ただ黙ってコタツ机の模様を見ている。やがてけーこは慧太の態度に怒り出し、怒号は30分近く続くのだった。
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