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第3章 その心から鬼が湧く

雪解け〈デタント〉

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 ラムネは既に帰宅していた。あれだけ言ったのに授業をサボって稟に関する“確かめたい事”とやらを済ませ、僕への報告を待ちきれず一目散に帰ってきたようだ。僕が稟と一緒に帰宅したのを見て、しばらく手がつけられないほど取り乱していたけど、なんとかなだめすかして話し合いの席につかせた。

 まず、稟の素性や柊家にやってきた目的を彼女自身から聞いたこと、隠していたことの謝罪を容れて、なお稟を雇用し続けるつもりであることをラムネに告げた。案の定、ラムネは渋った……というか駄々をこねた。

「兄さんは黒髪で巨乳の子がタイプだから判断が甘くなるんです!」

「希の置き土産がこんなところにも! そんなことより、ラムネも僕に話すことがあるんだろう?」

 やけ酒のようにミルクティーをあおってから、ラムネはボソボソと呟く。

「……古戸森さんが群咲に転入した時に登録した住所には世帯が二つありました。一つは勿論、古戸森さんの単身世帯。そしてもう一つは茉莉花まつりか真紘まひろさん、古戸森さんのお父様です」

 稟はバツが悪そうに目を伏せる。

「こちらでの家事手伝いの募集は実は父から聞いたんです。本当は私、この町に気軽に話したり、頼ったりできる友人はいなくて……寝泊まりはホテルを利用していましたが、住民票や家財道具を一時的に父の住所に置かせてもらっていたんです」

 相手を射すくめるような威圧的な眼差しでラムネは稟を見据えた。

「実のお父様を頼られるのは別に不自然なことではありません。ただ、失礼ながらお父様は、慰謝料などの件もあって余裕のある生活をしてはおられないとお見受けします。消費者金融でお金をお借りになって返済が滞っていることも調べさせていただきました。そこに仕事を辞めた貴方が帰ってきて、素性を隠し柊家の住み込みの家事手伝いに応募された。しかも美人で兄さんに対して積極的! 外戚目当ての平安貴族ではありませんが、柊家の権力や財力目当てに父娘で画策して兄さんを籠絡しようとしていると考えるのは当然です」

「重ね重ね、いたずらにご不安を煽り、申し訳ございませんでした」

 しおらしく頭を下げ続ける稟に対して、根がお人好しのラムネはたまらず素を曝け出してしまう。

「は、白状しちゃいますけど、私、先ほど茉莉花真紘さんに真偽を確かめに行ってしまいました! 古戸森さんと一緒になって何を企んでいるのか、返答によっては実力行使も辞さないと!」

「そんなことしてたのか、大胆というか怖いもの知らずというか」

「ラムネは昂兄のこととなると歯止め効かんからね」

「ちゃ、ちゃんと事前にアポも取りましたし、礼節はきちんと守りました!」

「そこは心配してないんだけどな。それで、茉莉花さんはなんて?」

「……柊家に取り入るつもりなんて一切無い。娘達には苦労かけたから、二人のためにできることをしたかった。何か疑念があるのなら、それは全て自分に原因があり、古戸森さんは無関係だと」

「それを聞いて、ラムネはどう思った?」

「本心かどうかは正直、分かりません。私、騙されやすい方ですし。でも、茉莉花さんに直に会って、言葉を交わして、信じたいとは思いました。素晴も同意してくれたし、これまでの調査結果も考え合わせると……私も、古戸森さんのことを信じようと思います」

 まだ納得はできていませんけど、なんて不貞腐れた態度を最後まで隠し切れないのがラムネらしい。僕達はラムネの正直さに思わず吹き出してしまうし、稟は安堵の笑みを零した。

「茉莉花さんは茉莉花さんなりに稟のためを思って行動しただけだし、稟も僕達の反応が読めないから、あえて素性を隠していただけ。お互い、正直に話し合ってそれが明瞭はっきり分かったんだから、これ以上、疑い合うのはやめにしよう。じゃないと鬼が湧いて出てくる」

「お、鬼?」

 事情を知らない女性陣はきょとんとした表情で硬直する。九波はといえば「まだ言ってるよこの人」みたいな感じで大袈裟に溜息を見せつけてくるけど、九波ごときに呆れられて躊躇するような僕ではない。

 僕達の敵である“鬼”は、この心から湧いて出てくる。心をかき乱す不安から逃れたくて、人は、憶測や偏見、思い込みと決めつけで練り上げた独り善がりの物語を受容しがちだ。相手と言葉を交わすことなく、また聞くこともせず、自閉的になることで“鬼”が内側から這い出し、“鬼”から逃れようとして人は“鬼”そのものと化してしまう。僕達は自身の敵をもっとよく見定めなければならない。そのために、自分以外の誰かとの対話は必要不可欠なのだ。

「九波、月華楼に玄翁衆を集めてよ。今後の方針を伝達する。ラムネと稟も同席して欲しい」
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