28 / 30
第3章 その心から鬼が湧く
雪解け〈デタント〉
しおりを挟む
*
ラムネは既に帰宅していた。あれだけ言ったのに授業をサボって稟に関する“確かめたい事”とやらを済ませ、僕への報告を待ちきれず一目散に帰ってきたようだ。僕が稟と一緒に帰宅したのを見て、しばらく手がつけられないほど取り乱していたけど、なんとか宥めすかして話し合いの席につかせた。
まず、稟の素性や柊家にやってきた目的を彼女自身から聞いたこと、隠していたことの謝罪を容れて、なお稟を雇用し続けるつもりであることをラムネに告げた。案の定、ラムネは渋った……というか駄々をこねた。
「兄さんは黒髪で巨乳の子がタイプだから判断が甘くなるんです!」
「希の置き土産がこんなところにも! そんなことより、ラムネも僕に話すことがあるんだろう?」
やけ酒のようにミルクティーをあおってから、ラムネはボソボソと呟く。
「……古戸森さんが群咲に転入した時に登録した住所には世帯が二つありました。一つは勿論、古戸森さんの単身世帯。そしてもう一つは茉莉花真紘さん、古戸森さんのお父様です」
稟はバツが悪そうに目を伏せる。
「こちらでの家事手伝いの募集は実は父から聞いたんです。本当は私、この町に気軽に話したり、頼ったりできる友人はいなくて……寝泊まりはホテルを利用していましたが、住民票や家財道具を一時的に父の住所に置かせてもらっていたんです」
相手を射すくめるような威圧的な眼差しでラムネは稟を見据えた。
「実のお父様を頼られるのは別に不自然なことではありません。ただ、失礼ながらお父様は、慰謝料などの件もあって余裕のある生活をしてはおられないとお見受けします。消費者金融でお金をお借りになって返済が滞っていることも調べさせていただきました。そこに仕事を辞めた貴方が帰ってきて、素性を隠し柊家の住み込みの家事手伝いに応募された。しかも美人で兄さんに対して積極的! 外戚目当ての平安貴族ではありませんが、柊家の権力や財力目当てに父娘で画策して兄さんを籠絡しようとしていると考えるのは当然です」
「重ね重ね、徒にご不安を煽り、申し訳ございませんでした」
しおらしく頭を下げ続ける稟に対して、根がお人好しのラムネはたまらず素を曝け出してしまう。
「は、白状しちゃいますけど、私、先ほど茉莉花真紘さんに真偽を確かめに行ってしまいました! 古戸森さんと一緒になって何を企んでいるのか、返答によっては実力行使も辞さないと!」
「そんなことしてたのか、大胆というか怖いもの知らずというか」
「ラムネは昂兄のこととなると歯止め効かんからね」
「ちゃ、ちゃんと事前にアポも取りましたし、礼節はきちんと守りました!」
「そこは心配してないんだけどな。それで、茉莉花さんはなんて?」
「……柊家に取り入るつもりなんて一切無い。娘達には苦労かけたから、二人のためにできることをしたかった。何か疑念があるのなら、それは全て自分に原因があり、古戸森さんは無関係だと」
「それを聞いて、ラムネはどう思った?」
「本心かどうかは正直、分かりません。私、騙されやすい方ですし。でも、茉莉花さんに直に会って、言葉を交わして、信じたいとは思いました。素晴も同意してくれたし、これまでの調査結果も考え合わせると……私も、古戸森さんのことを信じようと思います」
まだ納得はできていませんけど、なんて不貞腐れた態度を最後まで隠し切れないのがラムネらしい。僕達はラムネの正直さに思わず吹き出してしまうし、稟は安堵の笑みを零した。
「茉莉花さんは茉莉花さんなりに稟のためを思って行動しただけだし、稟も僕達の反応が読めないから、あえて素性を隠していただけ。お互い、正直に話し合ってそれが明瞭分かったんだから、これ以上、疑い合うのはやめにしよう。じゃないと鬼が湧いて出てくる」
「お、鬼?」
事情を知らない女性陣はきょとんとした表情で硬直する。九波はといえば「まだ言ってるよこの人」みたいな感じで大袈裟に溜息を見せつけてくるけど、九波ごときに呆れられて躊躇するような僕ではない。
僕達の敵である“鬼”は、この心から湧いて出てくる。心をかき乱す不安から逃れたくて、人は、憶測や偏見、思い込みと決めつけで練り上げた独り善がりの物語を受容しがちだ。相手と言葉を交わすことなく、また聞くこともせず、自閉的になることで“鬼”が内側から這い出し、“鬼”から逃れようとして人は“鬼”そのものと化してしまう。僕達は自身の敵をもっとよく見定めなければならない。そのために、自分以外の誰かとの対話は必要不可欠なのだ。
「九波、月華楼に玄翁衆を集めてよ。今後の方針を伝達する。ラムネと稟も同席して欲しい」
ラムネは既に帰宅していた。あれだけ言ったのに授業をサボって稟に関する“確かめたい事”とやらを済ませ、僕への報告を待ちきれず一目散に帰ってきたようだ。僕が稟と一緒に帰宅したのを見て、しばらく手がつけられないほど取り乱していたけど、なんとか宥めすかして話し合いの席につかせた。
まず、稟の素性や柊家にやってきた目的を彼女自身から聞いたこと、隠していたことの謝罪を容れて、なお稟を雇用し続けるつもりであることをラムネに告げた。案の定、ラムネは渋った……というか駄々をこねた。
「兄さんは黒髪で巨乳の子がタイプだから判断が甘くなるんです!」
「希の置き土産がこんなところにも! そんなことより、ラムネも僕に話すことがあるんだろう?」
やけ酒のようにミルクティーをあおってから、ラムネはボソボソと呟く。
「……古戸森さんが群咲に転入した時に登録した住所には世帯が二つありました。一つは勿論、古戸森さんの単身世帯。そしてもう一つは茉莉花真紘さん、古戸森さんのお父様です」
稟はバツが悪そうに目を伏せる。
「こちらでの家事手伝いの募集は実は父から聞いたんです。本当は私、この町に気軽に話したり、頼ったりできる友人はいなくて……寝泊まりはホテルを利用していましたが、住民票や家財道具を一時的に父の住所に置かせてもらっていたんです」
相手を射すくめるような威圧的な眼差しでラムネは稟を見据えた。
「実のお父様を頼られるのは別に不自然なことではありません。ただ、失礼ながらお父様は、慰謝料などの件もあって余裕のある生活をしてはおられないとお見受けします。消費者金融でお金をお借りになって返済が滞っていることも調べさせていただきました。そこに仕事を辞めた貴方が帰ってきて、素性を隠し柊家の住み込みの家事手伝いに応募された。しかも美人で兄さんに対して積極的! 外戚目当ての平安貴族ではありませんが、柊家の権力や財力目当てに父娘で画策して兄さんを籠絡しようとしていると考えるのは当然です」
「重ね重ね、徒にご不安を煽り、申し訳ございませんでした」
しおらしく頭を下げ続ける稟に対して、根がお人好しのラムネはたまらず素を曝け出してしまう。
「は、白状しちゃいますけど、私、先ほど茉莉花真紘さんに真偽を確かめに行ってしまいました! 古戸森さんと一緒になって何を企んでいるのか、返答によっては実力行使も辞さないと!」
「そんなことしてたのか、大胆というか怖いもの知らずというか」
「ラムネは昂兄のこととなると歯止め効かんからね」
「ちゃ、ちゃんと事前にアポも取りましたし、礼節はきちんと守りました!」
「そこは心配してないんだけどな。それで、茉莉花さんはなんて?」
「……柊家に取り入るつもりなんて一切無い。娘達には苦労かけたから、二人のためにできることをしたかった。何か疑念があるのなら、それは全て自分に原因があり、古戸森さんは無関係だと」
「それを聞いて、ラムネはどう思った?」
「本心かどうかは正直、分かりません。私、騙されやすい方ですし。でも、茉莉花さんに直に会って、言葉を交わして、信じたいとは思いました。素晴も同意してくれたし、これまでの調査結果も考え合わせると……私も、古戸森さんのことを信じようと思います」
まだ納得はできていませんけど、なんて不貞腐れた態度を最後まで隠し切れないのがラムネらしい。僕達はラムネの正直さに思わず吹き出してしまうし、稟は安堵の笑みを零した。
「茉莉花さんは茉莉花さんなりに稟のためを思って行動しただけだし、稟も僕達の反応が読めないから、あえて素性を隠していただけ。お互い、正直に話し合ってそれが明瞭分かったんだから、これ以上、疑い合うのはやめにしよう。じゃないと鬼が湧いて出てくる」
「お、鬼?」
事情を知らない女性陣はきょとんとした表情で硬直する。九波はといえば「まだ言ってるよこの人」みたいな感じで大袈裟に溜息を見せつけてくるけど、九波ごときに呆れられて躊躇するような僕ではない。
僕達の敵である“鬼”は、この心から湧いて出てくる。心をかき乱す不安から逃れたくて、人は、憶測や偏見、思い込みと決めつけで練り上げた独り善がりの物語を受容しがちだ。相手と言葉を交わすことなく、また聞くこともせず、自閉的になることで“鬼”が内側から這い出し、“鬼”から逃れようとして人は“鬼”そのものと化してしまう。僕達は自身の敵をもっとよく見定めなければならない。そのために、自分以外の誰かとの対話は必要不可欠なのだ。
「九波、月華楼に玄翁衆を集めてよ。今後の方針を伝達する。ラムネと稟も同席して欲しい」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる