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34お泊まりデートその2
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「貸して、ついでにかけておくから」
友紀くんもコートを脱いでいるのに気がついて、クローゼットに半分入った状態で片手を伸ばす。
「ありがとう」
こういうちょっとした時もちゃんと必ずお礼を言ってくれるのが、育ちが良さそうな印象だ。こちらとしてもやることがあると、緊張が解れる。
温泉旅館なら、手持ち無沙汰にお茶でも淹れるところなのだが、生憎シティホテルだ。ミネラルウォーターのペットボトルが用意されていた。
さて、どうしよう。
「お風呂、どっちからにする?」
「ああ、私時間かかりそうだから、先にどうぞ?」
自然に答えることができただろうか。必要以上に緊張している。ただ、のんびり過ごすだけかもしれないというのに。
バスルームの方から水音がし始めると、荷物を解いてスキンケアセットを入れたポーチや着替えを出しておく。下着は念のため二種類。派手過ぎても地味過ぎてもいけないだろうと、無難なパステルカラーのものだ。
寝化粧はどこまですべきかとか、考え出したらきりがない。落ち着かなくて部屋の中をうろうろしてしまう。これではいけないとソファに座って深呼吸をしているうちに、友紀くんが出てきた。ホテルのロゴの入った紺色のナイトウェアをまとって、髪の毛はまだわずかに湿り気を帯びている。
ここまでリラックスした姿を見るのは初めてで、新鮮、というよりも見てはいけないような気になってくる。
「お先。一応、お湯張りなおしておいたから」
「あ、ありがとう。私も入ってくるね」
声をかけて、入れ替わりにバスルームに入った。
湯船で身体を温めた後、さっと全身を洗い清める。仕上げに使い切りのヘアオイルを髪になじませると、柑橘とバニラが混じった香りがバスルームの中に充満した。美容院でもらった試供品、こんなに強く香るとは思わなかった。
心を落ち着けるためにもう少しゆっくりしたかったけれど、甘い香りにむせそうになって、早々に引き上げる。
用意を整えてバスルームを出ると、友紀くんはベッドサイドに腰かけて、枕元のコンセントにスマートフォンの充電器を指しているところだった。
「あがったよ」
着替えを片付けた後、所在なく立ち尽くしていると、大きな手がベッドの上を叩く。座れということだと理解して、ゆるゆると近づいていく。
友紀くんのすぐ隣に腰を下ろすと、音もなくベッドが揺れた。お互い無言だ。
どうしよう、さっきのディナーの感想でも? そういえば、飲み物は実費なはず。今その話題を出すタイミングじゃないということだけはわかって、心のメモ帳に書きとめる。
「まだ寝る時間には早いね。テレビでもつけようか?」
鳴り響く鼓動を一度落ちつけたくてそんな提案をすると、シーツの上に乗せた手に広い手のひらが重ねられた。
伝わった体温に、心臓が口から出そうになる。
「だめ。そばにいて」
身体を寄せられて、シャンプーの残り香だろうか、ハーブっぽい香りが鼻先をかすめた。「は、い……」
軽く乗せられただけの手の重みを必要以上に意識してしまう。
「なんか、いい匂い」
耳のすぐ近くで匂いを嗅がれる気配を察し、身を硬くする。
「トリートメントが……匂いきつくないかな」
「全然。美味しそう」
確かに、お菓子みたいだと言えないこともない。しかし距離が近い。背中に友紀くんの肩が当たっている。
深呼吸するみたいに深く吐いた息にうなじをくすぐられた。
「ん、……」
背筋を震わせた拍子に小さく声が零れ、湯上がりの肌の火照りが一気に顔まで上がってきた。
「緊張してる?」
「どうかな……」
答える声も少しかすれているし、肩も強張っている。
「俺は緊張してる」
意外だ。声の調子からも態度も、緊張なんて微塵も感じない。
「なんで」
とっさに投げかけた疑問に、友紀くんが吐息で笑ったのが伝わった。
「難しいな。色々理由はあるんだけど」
言葉が途切れ、後ろから包み込むように腕が伸びてきた。私の背中が彼の胸元にもたれかかる。
「たとえば、こういうことして嫌がられないかとか」
そっと舌先から押し出されるような囁きに、はっとする。
「い、……嫌がらないよ」
「これ以上したいって言って、怖がられないかとか」
これ以上というのが何を示しているのか、わからないほどうぶじゃない。耳が燃えるように熱い。
「怖くないよ、大丈夫」
もっと気の利いた返事があったかもしれない。いつも後から反省する。でもそんな風に思わせているんだとしたら、早く違うって知らせたいからつたない言葉で言い切った。
すると、身体の向きがちょっとだけ変えられて、振り向きざまにキスを受ける。触れるだけの軽いもの。だけど途端に動悸が激しくなる。
「嫌だったら、言って」
首をかしげながらこちらを覗き込む友紀くんは、いつもと変わらず穏やかな表情に見える。と思ったけれど、やっぱり違う。
どこがっていうのは難しい。いつもは話している時はじっと目を見つめる癖があるのに、今は微妙に視線が合わないとか、しっかり繋いでくれるはずの手が遠慮がちに開いているとか。私の手汗のせいだったらどうしよう。
「言わない。嫌じゃない、から」
ぎゅっと大きな手をつかまえて、はっきりと告げる。それと前後して、もう一度唇が塞がれた。さっきは突然だったからされた、としか思わなかったけれど、今度はしっとりした唇の柔らかさが伝わってきた。
ついばむような口づけがいつの間にか深いものに変わっていく。舌先が唇の間を割って入って、口が閉じられない。
「ん、……ぅ」
ぬめる舌に口内を探られて、鼻からくぐもった息が漏れる。息を止めていたみたいで、頭がくらくらする。力の抜けた身体を支えられながら、ベッドに背中を着地させる。
唇はまだ重なったまま。ちゅ、と濡れた音が響く。舌先を甘く噛まれて、足先がシーツの上を掻いた。
唇が離されて、身体の両側が沈み込む。一瞬だけ目を開くと、友紀くんが私の身体を押しつぶさないように、両腕を着いているのが確認できた。同じデザインのナイトウェアの生地が重なる。
見ていられない。目をそらすと、抗議するように頬を包まれて顔の向きを真上に戻される。
深く入り込んだ舌先に口蓋の溝をなぞられれば、耐えきれずに背中がしなった。
その動きでナイトウェアの裾が乱れて上がってしまう。直そうとして伸ばした手をかいくぐるように、太ももに熱い手のひらが触れる。
友紀くんもコートを脱いでいるのに気がついて、クローゼットに半分入った状態で片手を伸ばす。
「ありがとう」
こういうちょっとした時もちゃんと必ずお礼を言ってくれるのが、育ちが良さそうな印象だ。こちらとしてもやることがあると、緊張が解れる。
温泉旅館なら、手持ち無沙汰にお茶でも淹れるところなのだが、生憎シティホテルだ。ミネラルウォーターのペットボトルが用意されていた。
さて、どうしよう。
「お風呂、どっちからにする?」
「ああ、私時間かかりそうだから、先にどうぞ?」
自然に答えることができただろうか。必要以上に緊張している。ただ、のんびり過ごすだけかもしれないというのに。
バスルームの方から水音がし始めると、荷物を解いてスキンケアセットを入れたポーチや着替えを出しておく。下着は念のため二種類。派手過ぎても地味過ぎてもいけないだろうと、無難なパステルカラーのものだ。
寝化粧はどこまですべきかとか、考え出したらきりがない。落ち着かなくて部屋の中をうろうろしてしまう。これではいけないとソファに座って深呼吸をしているうちに、友紀くんが出てきた。ホテルのロゴの入った紺色のナイトウェアをまとって、髪の毛はまだわずかに湿り気を帯びている。
ここまでリラックスした姿を見るのは初めてで、新鮮、というよりも見てはいけないような気になってくる。
「お先。一応、お湯張りなおしておいたから」
「あ、ありがとう。私も入ってくるね」
声をかけて、入れ替わりにバスルームに入った。
湯船で身体を温めた後、さっと全身を洗い清める。仕上げに使い切りのヘアオイルを髪になじませると、柑橘とバニラが混じった香りがバスルームの中に充満した。美容院でもらった試供品、こんなに強く香るとは思わなかった。
心を落ち着けるためにもう少しゆっくりしたかったけれど、甘い香りにむせそうになって、早々に引き上げる。
用意を整えてバスルームを出ると、友紀くんはベッドサイドに腰かけて、枕元のコンセントにスマートフォンの充電器を指しているところだった。
「あがったよ」
着替えを片付けた後、所在なく立ち尽くしていると、大きな手がベッドの上を叩く。座れということだと理解して、ゆるゆると近づいていく。
友紀くんのすぐ隣に腰を下ろすと、音もなくベッドが揺れた。お互い無言だ。
どうしよう、さっきのディナーの感想でも? そういえば、飲み物は実費なはず。今その話題を出すタイミングじゃないということだけはわかって、心のメモ帳に書きとめる。
「まだ寝る時間には早いね。テレビでもつけようか?」
鳴り響く鼓動を一度落ちつけたくてそんな提案をすると、シーツの上に乗せた手に広い手のひらが重ねられた。
伝わった体温に、心臓が口から出そうになる。
「だめ。そばにいて」
身体を寄せられて、シャンプーの残り香だろうか、ハーブっぽい香りが鼻先をかすめた。「は、い……」
軽く乗せられただけの手の重みを必要以上に意識してしまう。
「なんか、いい匂い」
耳のすぐ近くで匂いを嗅がれる気配を察し、身を硬くする。
「トリートメントが……匂いきつくないかな」
「全然。美味しそう」
確かに、お菓子みたいだと言えないこともない。しかし距離が近い。背中に友紀くんの肩が当たっている。
深呼吸するみたいに深く吐いた息にうなじをくすぐられた。
「ん、……」
背筋を震わせた拍子に小さく声が零れ、湯上がりの肌の火照りが一気に顔まで上がってきた。
「緊張してる?」
「どうかな……」
答える声も少しかすれているし、肩も強張っている。
「俺は緊張してる」
意外だ。声の調子からも態度も、緊張なんて微塵も感じない。
「なんで」
とっさに投げかけた疑問に、友紀くんが吐息で笑ったのが伝わった。
「難しいな。色々理由はあるんだけど」
言葉が途切れ、後ろから包み込むように腕が伸びてきた。私の背中が彼の胸元にもたれかかる。
「たとえば、こういうことして嫌がられないかとか」
そっと舌先から押し出されるような囁きに、はっとする。
「い、……嫌がらないよ」
「これ以上したいって言って、怖がられないかとか」
これ以上というのが何を示しているのか、わからないほどうぶじゃない。耳が燃えるように熱い。
「怖くないよ、大丈夫」
もっと気の利いた返事があったかもしれない。いつも後から反省する。でもそんな風に思わせているんだとしたら、早く違うって知らせたいからつたない言葉で言い切った。
すると、身体の向きがちょっとだけ変えられて、振り向きざまにキスを受ける。触れるだけの軽いもの。だけど途端に動悸が激しくなる。
「嫌だったら、言って」
首をかしげながらこちらを覗き込む友紀くんは、いつもと変わらず穏やかな表情に見える。と思ったけれど、やっぱり違う。
どこがっていうのは難しい。いつもは話している時はじっと目を見つめる癖があるのに、今は微妙に視線が合わないとか、しっかり繋いでくれるはずの手が遠慮がちに開いているとか。私の手汗のせいだったらどうしよう。
「言わない。嫌じゃない、から」
ぎゅっと大きな手をつかまえて、はっきりと告げる。それと前後して、もう一度唇が塞がれた。さっきは突然だったからされた、としか思わなかったけれど、今度はしっとりした唇の柔らかさが伝わってきた。
ついばむような口づけがいつの間にか深いものに変わっていく。舌先が唇の間を割って入って、口が閉じられない。
「ん、……ぅ」
ぬめる舌に口内を探られて、鼻からくぐもった息が漏れる。息を止めていたみたいで、頭がくらくらする。力の抜けた身体を支えられながら、ベッドに背中を着地させる。
唇はまだ重なったまま。ちゅ、と濡れた音が響く。舌先を甘く噛まれて、足先がシーツの上を掻いた。
唇が離されて、身体の両側が沈み込む。一瞬だけ目を開くと、友紀くんが私の身体を押しつぶさないように、両腕を着いているのが確認できた。同じデザインのナイトウェアの生地が重なる。
見ていられない。目をそらすと、抗議するように頬を包まれて顔の向きを真上に戻される。
深く入り込んだ舌先に口蓋の溝をなぞられれば、耐えきれずに背中がしなった。
その動きでナイトウェアの裾が乱れて上がってしまう。直そうとして伸ばした手をかいくぐるように、太ももに熱い手のひらが触れる。
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