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20嬉しくない

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そうこうしているうちに、日が傾いてきた。すでにかなり長居をしてしまっている。
「ずっとつき合わせちゃってゴメンね。そろそろ帰ろうかな」
「こっちこそ、楽しくてつい引き止めちゃった。駅まで送るよ」
「えっ、道はわかるよ?」
「でも念のため。まだ話し足りないんだ」
押し切られるようにして、二人でマンションを出る。夕暮れ間際の茜色の空の下、並んで歩く。
「来週も練習に来る?」
「ありがとう。でも来週は、ピアノの人と一緒に練習することになってるんだ」
「そうなんだ。ピアノは誰が弾くの?」
「中村さんっていう人だよ。ピアノ歴二十一年だって」
名前を告げると、友紀くんは斜め上に視線を向けた。
「中村さん……」
「フットサルで会ったことないかな? おっとりしてて、いい人だよ」
「もしかして男?」
「そうそう、確か何かの営業マンじゃなかったっけ」
一回二回フットサルの場で顔を合わせたことがある相手で、麻衣づてに連絡先を教えてもらい進捗を報告し合っている。
そう伝えると、友紀くんは軽く唇を横に引いた。
「来週の集まりって俺も行ってもいい?」
「うん、いいんじゃないかな。私から麻衣に伝えとこうか」
カメラマンとして、みんなと顔を合わせておきたいのかもしれないと思って、気軽にOKする。
「そういえばね、間宮ちゃんも来てくれるんだって。ウエディングソングを歌ってくれるらしいよ」
間宮ちゃんと言うのは、フットサルチームで美人と評判の子だ。彼女が来ると、男性陣の参加率も上がるとか。
けれど友紀くんはその名前を聞いても首をひねるばかりだった。
「ごめん、わからない」
会ったことはあると思うんだけど、そういえば彼は人の名前と顔を覚えるのが苦手な所があった。
「そっか。じゃあ、来週紹介するね」
「何で?」
その返しは予想外だ。
「可愛い子だから、嬉しいかなって」
「嬉しくない」
若干食い気味に言われて、目を瞬かせる。友紀くんは眉間に軽く皺を寄せていた。余計なお世話だっただろうか。
「あの、ゴメンね?」
不機嫌にさせてしまった理由に思い当たらなくて、うろたえながら謝る。すると彼ははっとしたように表情を緩めた。
「怒ってるわけじゃないんだ。ゆきさんは悪くない」
「いや、私が何かしたんだよね?」
だったらちゃんと理由が知りたいし、謝りたい。
「本当に違うんだ。ただ、俺は顔も覚えてないような子じゃなくて、──」
そこまで言って、友紀くんは視線を泳がせた。
「とにかく、紹介はしなくていいよ」
「わかった。ちょっとお節介だったよね」
つい先走ってしまったと反省して、もう一度最初から始めることにした。
「友紀くんはどんな子がいい? そもそも今恋愛したい?」
「いや……」
尋ねると、彼はどう答えていいかわからないとでも言いたげに眉を下げた。
「そういえばあんまり恋愛の話とかしたことなかったよね」
「そうだね」
私を家にあげてくれた所をみると、今付き合っている相手はいないはずだ。
「恋愛は、したいと思ってる。でも、相手次第だから」
一般的にはそうだ。こちらが好きでも、相手は全然そういう気持ちはなかったなんてこともある。
「友紀くんなら相手なんていくらでも選べそうだけど」
いつも優しいし、話を聞く限り仕事もできて、ついでに高身長とくれば引く手あまたなはずだ。そう伝えると、友紀くんが苦笑いをこぼす。
「ゆきさんさ、この間から俺のこと美化しすぎ」
「そうかなあ」
「誰にでも優しいわけじゃないし、仕事を優先して失敗したこともある。そんな風に言ってもらえるような人間じゃないよ」
どこか切なげな声音に、何か思うところがありそうだと察する。人知れず悩みを抱えているのかもしれない。
「仕事のことはともかく、十分優しいと思うけど。本当、友紀くんみたいな人がフリーって不思議だよ」
「じゃあ、ゆきさんが俺の彼女になってくれる?」
「え、無理」
条件反射で口から出た言葉を振り返って、しまったと思う。無理って、何様のつもりだ。
けして生理的に無理とかそういう意味じゃない。ずっと友達だったから付き合うというイメージがわかないのだ。
「私ごときが友紀くんの彼女って、恐れ多くて想像もできないよ」
「……そっか」
「麻衣が結婚式関係のイベントは恋人が見つかりやすいって言ってたし、いい人に出会えるかも」
「うん」
反応が薄い。失礼なことを言ってしまった。
「あのさ、私にできることがあったら何でも言ってね。協力するから」
「……ありがとう」
少しでも力になれたらという思いで申し出ると、困ったような笑みを返される。
駅までの道のりはあっという間だった。友紀くんは私がホームに降りるまで、改札の前から見送ってくれた。
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