理系男子の純愛が私を癒すまで~トラウマこじらせ女子の心のほぐし方

乃木ハルノ

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17お宅訪問その1

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一週間後、電車を乗り継いでベイエリアまで出て来ていた。フルートケースとお持たせのお菓子を手に、友紀くんの自宅の最寄り駅で降りる。
出口が複数あるからと迷わないように改札まで迎えに行くと言ってくれた通り、改札を出てすぐの所に長身を見つけた。
十二月に入って急に冷え込んだことと、まだ日が差し切らない午前中の割と早い時間だからお互いしっかりコートを着込んでいる。
整然と舗装された道を案内されるままに足を進めて十分、眼前にマンションの一帯が見えてきた。高層から低層までヴァリエーション豊かなビル群に、圧倒されてしまう。
歩道から少し反れ、木で囲まれた広場を通り抜けると、三十階建てくらいの小ぎれいなマンションが正面にそびえ立つ。
いよいよお宅訪問だ。高級を絵に描いたような様相に、ため息が漏れる。
大理石とガラスのラグジュアリー感あふれるロビーを突っ切る時は、少し緊張した。コンシェルジュ的なお姉さんから防音室の鍵を受け取って、エレベーターで地下へ下りる。
低層と高層で分かれているらしいエレベーターは全部で四基。
「すごいマンションだね」
「でも俺は間借りしてるだけだから。海外転勤になった先輩から管理人代わりに住まわせてもらってる」
聞けば、新任の時に世話してもらった先輩から管理費やその他諸々の格安で借りているとか。高級マンションの管理費っていくらだろう。
「いい先輩だね……」
「うん。全然帰ってこれる見込みがないから、この間買わないかって聞かれた」
買わないかって、二十代でマンションを所有することの非現実さにぽかんとしてしまう。
「友紀くんってもしかして御曹司?」
「ただの会社員だよ」
ただの会社員は湾岸エリアの高層マンションに住まないと思う。深く突っ込むと何か住んでいる世界の違いを直視することになりそうだ。
防音室は大きなプロジェクターまであって、普段は映画鑑賞などに使われているような感じだった。
三人掛けの革張りのソファがあって、ローテーブルの上には電気やエアコンなどのリモコンが置いてある。
使用上のルールを教えてもらってから、友紀くんはちょっと出てくると言って部屋を後にした。その間にフルートの準備をする。
組み立て終わった頃に彼が戻ってきた。手にはミネラルウォーターのペットボトル。
「人がいると集中できないと思うから、俺は家に戻ってるね」
何かあったら連絡して、と言い置くと、もう一度部屋を出ようとする。
「そういえば昼飯、適当な物だったら作るけど」
「えっ、そこまでお世話になっていいの?」
「うん。いつも昼は何か作るし、一人分も二人分も変わらないから」
フラットに答える友紀くんを前に少し迷う気持ちもありつつも結局お願いすることにした。ここまで至れり尽くせりだと、お持たせがあれでは不足かもしれない。
重い音を響かせて扉が閉まった後、気持ちを切り替えてフルートを構える。
せっかくの時間、一秒でも無駄にしたくない。色々考えるのは後でにしよう。
やる気とは裏腹に、一時間も経たないうちに腕も肺も疲れてきてしまった。
どうにか曲にはなっているものの、高音は割れて綺麗に響かないし、ブレスをたくさん取ることでようやく吹けている状態だ。もっと練習したいのに、身体がついていかなくてもどかしい。
フルートはそれほど体力を使う楽器ではないけれど、ブランクもあるしなかなか身体がついていかない。アラサーの体力の衰えもある気がする。
部活時代は練習に筋トレも含まれていたけれど、あれも意味のあることだったのかもしれない。今からでも筋トレ、始めるべき? それともその時間を演奏に当てた方がいい?
考えながら、フルートを下ろす。
そういえば、友紀くんのことをほったらかしにしている。
何かあったら呼んでとは言われていたけれど、集中していてあれから一度も連絡を取っていない。
スマートフォンに目を向けると、特に通知が来ている様子はない。と思ったら、圏外だった。一度電波の入る場所で確認した方がいいと思って防音室から出ようとすると、扉の向こうに人影があった。
「練習、もういいの?」
友紀くんが降りて来てくれたようだ。
「一回休憩しようかなって思って。もしかして連絡くれてた?」
圏外だということを伝えると、そうだと思った、と返される。
「パスタとかチャーハンくらいなら作れるよって送ったよ」
「あっゴメン! 私はどっちも食べられるから、大変じゃない方で!」
すると彼はチャーハンかな、と呟く。男の手料理と言えばの定番メニューだ。
遠慮する気持ちもあるけれど、せっかくだからありがたくご馳走になろう。
防音室は四時間まで借りられると言うことで、施錠だけして部屋に向かう。
案内された部屋もモデルルームかと思うように整っていて、改めて感心してしまった。
広いリビングルームの片隅にはロボット掃除機が充電されていたり、コーヒーマシンの脇に無造作に積まれたカプセルの箱がかろうじて生活感が見え隠れするものの、男の一人暮らしというイメージからは程遠い。
私の部屋なんて、もっと雑然としている。
「すぐに用意するから、コーヒーでも飲んで待ってて」
コーヒーのカプセルを出してくれようとするところを、引き止める。
「私も何か手伝おうか?」
「今日はお客さんだから、気楽にして」
食い下がって邪魔になってもいけないから、甘えさせてもらうことにした。
座っているのも悪いかと思って、立ったまま窓辺に近寄る。
十九階ということで、眺望も良好だ。
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