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16お願い
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買い物で動き回ったから休憩がてらコーヒーでも飲もうかという話になり、駅から少し離れたアメリカンダイナーで休憩することにした。
広々とした店内の奥まった席に通されると、戦利品を脇に置いてお冷で口を湿らせる。
実は、麻衣から預かってきた話があるのだ。
「あのね、結婚パーティーの話なんだけど、友紀くんにお願いしたいことがあって」
「うん、何?」
改まって切り出すと、彼はメニューから目を上げた。
「もしかして、カメラマンなどをしてもらえないかなって思っているんだけど、どうかな」
実は新郎新婦は授かり婚で、子供のためにお金を節約したいと言って、最初は結婚式さえもしないつもりだったらしい。
でも二人共人望があったから、周りがどうにかお祝いしたいという思いでパーティーを計画した。つまり、カメラマンを雇う余裕はなくて、誰かできそうな人を探していると相談されたのだった。
合コンの日に通りすがりのカップルから撮影をお願いされた時、スムーズに対応していた様子を思い出して、声をかけてみることにした。
「もちろんできたらで大丈夫なんだけど……」
ダメ元でいいと言われている。でもやってくれたら嬉しい。祈るような気持ちで見つめていると、友紀くんはすぐに頷いてくれた。
「うん、やるよ」
「わあ、すごく助かる!」
結婚式の写真なんて後々ずっと残る物を任されるなんて責任重大な役目、私なら躊躇する。それなのにまったく気負わずに了承してくれて、頼もしいことこの上ない。
「カメラは自前でいい? 一眼レフなら持ってるよ」
一眼レフといったら、かなり本格的なカメラではないだろうか。
「すごい。カメラ、本当に好きなんだ」
「好き、なのかな。他に趣味らしい趣味もないからそうかも」
「何かきっかけはあったの?」
「会社に入ってあまりにも仕事ばかりしてたから、趣味を見つけろって言われたのがきっかけかな。フットサルもそれで一時期通ってた」
「なるほど」
それで出会うことができたのだから、そのアドバイスをしてくれた人に感謝しなければならない。
「じゃあ、普段は何を撮ってるの?」
質問攻めになってしまうけれど、気になって聞いてみた。思いつく限りでは、電車とか飛行機みたいな乗り物系を撮る人は多い気がする。
「夜景とか、空とかかな」
「オシャレだ」
「家から見える範囲だから、そうでもないよ」
「でも都内なら、スカイツリーとか東京タワーとか範囲だよね」
「あー、方角に寄るかな」
ぼかしながらも見えないとは言わない所が何やらいい場所に住んでいそうな雰囲気を醸し出している。プライバシーだからこれ以上は聞かないけれども。
「でも、人は全然撮らないから練習しなきゃ」
「風景と人を撮るのではやっぱり違うんだ」
「そうだね。距離感とか、動きの大小とか色味とか。だから協力してもらえると助かる」
「協力って、私?」
「もしかして、撮られるの苦手だった?」
苦手は苦手だけど、カメラマンの話を持ち掛けておいて、そんなこと言ってられない。
「ううん、そんなことないよ。私でいいなら、協力させて」
残念な被写体であろうとも、人間を撮りたいという用途くらいは満たせる。
ただの練習なんだから確認だけ終わったら写真も消してくれるだろうし、その場限りだと思えばどうにかなるものだ。
「よかった。頼めると助かる」
友紀くんはコーヒーに口をつけて、もう一度私を見た。
「フルートの練習はどんな感じ?」
「少しずつやっているよ。ピアノとのアンサンブルになりそうなんだ」
もう曲も共有している。しばらくは一人で練習することになっているけれど、タイミングを見て集まって合わせる予定だ。
「でも、やっぱり自宅だと長時間は無理かな」
平日家にたどり着いてからだと遅くなってしまってほとんど練習時間は取れない。土日にしても、近所の人のことが気になって三十分程度が限界だ。
「うちのマンション、防音室あるから良かったら使う?」
「それはすごく助かる。でも、予約とかあるんじゃない?」
「予約はウェブ上でできるから今見てみるよ」
調べてくれた結果、全然予約が入っていないことがわかって、ひとまず来週の土曜日に申請してもらった。
あれ、そういえばここの所毎週会ってるみたい。今までは月一とか多くても二回くらいだったのに。そうは言っても、理由があるわけだから別に不自然じゃない。
ダイナーの人気メニューだというアップルパイに舌鼓を打ちながら、フルートやカメラのことをお互い聞き合う。
カメラについては全然知らなくて、機能のことや撮り方についてあれこれ質問すると、友紀くんは一つ一つ丁寧に答えてくれた。時々マシンガントークが炸裂することがあって、理解は追いつかなくても彼が楽しそうなので良しとする。
小一時間くらい店内で過ごしてお店を出る段になって、実はひと悶着あった。
買い物に付き合ってくれたお礼と言ってご馳走してくれようとする友紀くんに飛びかかる勢いで伝票を取り戻す。
「むしろ付き合ってもらったのは私だし」
ご馳走するならこっちの方だと伝えると、彼は困り顔を見せる。
「いや、でも女子に払わせるわけには」
「せめて自分の分は払いたいよ」
奢られて当然みたいな顔をするのは、苦手だ。
「ゆきさんって、そういう所きっちりしてるよね」
「うーん。普通だと思うんだけど。奢ってもらって当然の女子って引くでしょ?」
言葉にして、苦い記憶がチクチクと疼く。
「引くかどうかは、相手に寄るんじゃないかな。少なくとも俺は、自分が会いたいと思った時点で全部持ってもいいと思う」
「わー、太っ腹」
今どきは付き合っていても割り勘なんて当たり前なのに、ただの友達にそこまでしてくれるなんて、人間ができすぎている。
「でも今日は割り勘で」
「……ゆきさん、実は強情だよね。ポリシーでもある?」
「ポリシーというか、これからも気軽に会って欲しいだけだよ」
どっちかの負担が大きくなったら、関係のパワーバランスが崩れてしまうかもしれない。変に気を遣ったり遣われたりするよりも楽しく過ごしたいから、負担になってしまう可能性はなるべくなくしたい。
こういうの、可愛げがないって言うのかな。でもこれが性分だ。
広々とした店内の奥まった席に通されると、戦利品を脇に置いてお冷で口を湿らせる。
実は、麻衣から預かってきた話があるのだ。
「あのね、結婚パーティーの話なんだけど、友紀くんにお願いしたいことがあって」
「うん、何?」
改まって切り出すと、彼はメニューから目を上げた。
「もしかして、カメラマンなどをしてもらえないかなって思っているんだけど、どうかな」
実は新郎新婦は授かり婚で、子供のためにお金を節約したいと言って、最初は結婚式さえもしないつもりだったらしい。
でも二人共人望があったから、周りがどうにかお祝いしたいという思いでパーティーを計画した。つまり、カメラマンを雇う余裕はなくて、誰かできそうな人を探していると相談されたのだった。
合コンの日に通りすがりのカップルから撮影をお願いされた時、スムーズに対応していた様子を思い出して、声をかけてみることにした。
「もちろんできたらで大丈夫なんだけど……」
ダメ元でいいと言われている。でもやってくれたら嬉しい。祈るような気持ちで見つめていると、友紀くんはすぐに頷いてくれた。
「うん、やるよ」
「わあ、すごく助かる!」
結婚式の写真なんて後々ずっと残る物を任されるなんて責任重大な役目、私なら躊躇する。それなのにまったく気負わずに了承してくれて、頼もしいことこの上ない。
「カメラは自前でいい? 一眼レフなら持ってるよ」
一眼レフといったら、かなり本格的なカメラではないだろうか。
「すごい。カメラ、本当に好きなんだ」
「好き、なのかな。他に趣味らしい趣味もないからそうかも」
「何かきっかけはあったの?」
「会社に入ってあまりにも仕事ばかりしてたから、趣味を見つけろって言われたのがきっかけかな。フットサルもそれで一時期通ってた」
「なるほど」
それで出会うことができたのだから、そのアドバイスをしてくれた人に感謝しなければならない。
「じゃあ、普段は何を撮ってるの?」
質問攻めになってしまうけれど、気になって聞いてみた。思いつく限りでは、電車とか飛行機みたいな乗り物系を撮る人は多い気がする。
「夜景とか、空とかかな」
「オシャレだ」
「家から見える範囲だから、そうでもないよ」
「でも都内なら、スカイツリーとか東京タワーとか範囲だよね」
「あー、方角に寄るかな」
ぼかしながらも見えないとは言わない所が何やらいい場所に住んでいそうな雰囲気を醸し出している。プライバシーだからこれ以上は聞かないけれども。
「でも、人は全然撮らないから練習しなきゃ」
「風景と人を撮るのではやっぱり違うんだ」
「そうだね。距離感とか、動きの大小とか色味とか。だから協力してもらえると助かる」
「協力って、私?」
「もしかして、撮られるの苦手だった?」
苦手は苦手だけど、カメラマンの話を持ち掛けておいて、そんなこと言ってられない。
「ううん、そんなことないよ。私でいいなら、協力させて」
残念な被写体であろうとも、人間を撮りたいという用途くらいは満たせる。
ただの練習なんだから確認だけ終わったら写真も消してくれるだろうし、その場限りだと思えばどうにかなるものだ。
「よかった。頼めると助かる」
友紀くんはコーヒーに口をつけて、もう一度私を見た。
「フルートの練習はどんな感じ?」
「少しずつやっているよ。ピアノとのアンサンブルになりそうなんだ」
もう曲も共有している。しばらくは一人で練習することになっているけれど、タイミングを見て集まって合わせる予定だ。
「でも、やっぱり自宅だと長時間は無理かな」
平日家にたどり着いてからだと遅くなってしまってほとんど練習時間は取れない。土日にしても、近所の人のことが気になって三十分程度が限界だ。
「うちのマンション、防音室あるから良かったら使う?」
「それはすごく助かる。でも、予約とかあるんじゃない?」
「予約はウェブ上でできるから今見てみるよ」
調べてくれた結果、全然予約が入っていないことがわかって、ひとまず来週の土曜日に申請してもらった。
あれ、そういえばここの所毎週会ってるみたい。今までは月一とか多くても二回くらいだったのに。そうは言っても、理由があるわけだから別に不自然じゃない。
ダイナーの人気メニューだというアップルパイに舌鼓を打ちながら、フルートやカメラのことをお互い聞き合う。
カメラについては全然知らなくて、機能のことや撮り方についてあれこれ質問すると、友紀くんは一つ一つ丁寧に答えてくれた。時々マシンガントークが炸裂することがあって、理解は追いつかなくても彼が楽しそうなので良しとする。
小一時間くらい店内で過ごしてお店を出る段になって、実はひと悶着あった。
買い物に付き合ってくれたお礼と言ってご馳走してくれようとする友紀くんに飛びかかる勢いで伝票を取り戻す。
「むしろ付き合ってもらったのは私だし」
ご馳走するならこっちの方だと伝えると、彼は困り顔を見せる。
「いや、でも女子に払わせるわけには」
「せめて自分の分は払いたいよ」
奢られて当然みたいな顔をするのは、苦手だ。
「ゆきさんって、そういう所きっちりしてるよね」
「うーん。普通だと思うんだけど。奢ってもらって当然の女子って引くでしょ?」
言葉にして、苦い記憶がチクチクと疼く。
「引くかどうかは、相手に寄るんじゃないかな。少なくとも俺は、自分が会いたいと思った時点で全部持ってもいいと思う」
「わー、太っ腹」
今どきは付き合っていても割り勘なんて当たり前なのに、ただの友達にそこまでしてくれるなんて、人間ができすぎている。
「でも今日は割り勘で」
「……ゆきさん、実は強情だよね。ポリシーでもある?」
「ポリシーというか、これからも気軽に会って欲しいだけだよ」
どっちかの負担が大きくなったら、関係のパワーバランスが崩れてしまうかもしれない。変に気を遣ったり遣われたりするよりも楽しく過ごしたいから、負担になってしまう可能性はなるべくなくしたい。
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