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十三歳、淡い初恋、片想い
一方通行の想い
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リュシーの執り成しもあって、郵便船の船長は闖入者の存在を快く受け入れてくれた。
船着き場に着くまでの間、四人でデッキで待たせてもらう。
リュシーを囲み近況報告をする中、エマの進路の話にもなった。
「エマはもっと我儘になっていいと思う」
女学校を卒業したら進学はせずに母を手伝い街の婦人会に入って奉仕活動でもしようかと考えていると話すと、リュシーはそんな言葉をかけてくれた。
「でも私は勉強苦手だし、特にやりたいこともないから」
婦人会の活動は孤児院の運営から貧しい人々への炊き出し、資金集めのためのバザーなど多岐にわたる。仕事量は増えているのに人手が足りなくて困っていると聞く。
病院にかかれなくてやむを得ず薬を小分けで買いに来る人々も多い。近年の不況のせいで生活が苦しい層が増えているのだ。
幼い頃から両親から恵まれない人々について聞かされていたからこそ、エマは刷り込みのように自分もそうするべきなのだと思うようになっていた。
今通っている女学校でもほとんどの子は高等教育に進まず家業を手伝ったり、裁縫など実用的な技術を学ぶ学校へ行くか、経済的に余裕のある家の娘は将来の結婚を見据え短期間の花嫁学校に通う。さもなければ数年間を修道院や孤児院で奉仕活動をしながら婚期までを過ごす。
自分もきっと大多数の同級生と同じ道をたどるのだろうとばかり思っていたけれど、リュシーからカレッジの話を聞くと心が揺れる。
「私はやりたいことを見つけるために進学するのもいいと思うな。エマが将来やりたいことが見つかった時、教育はきっと助けになってくれるわ」
リュシーからの助言は現実味を持たないが、エマを思って言ってくれているのだと伝わった。
「うん……考えてみる。ありがとう、リュシー」
まだ一年あるのだ。その間に何か人生が変わるような出来事が起こるかもしれない。前向きにとらえようとエマは決意した。
「ルークとテオは秋になったらこっちへ来るのよね。そしたら街を案内してあげる」
リュシーの提案に、テオがそっぽを向く。
「は、いらねえけど」
テオは近頃、こうして姉を邪険にすることが多い。エマも弟がいるから何となくわかるが、気恥ずかしいのだと思う。
「俺はお願いしたい。大学図書館に行ってみたいと思ってるんだ」
「もちろんいいわよ」
「それとこの間リュシーが教えてくれた伝記、読み終えたんだ。またお勧めがあれば教えてほしい」
「まあ、もう読んだの? 全巻?」
テオとは逆に、血の繋がりのないルークはリュシーを慕っていた。今もエマにはわからない学者の伝記の話で盛り上がっている。
話に入っていけないエマとテオは船べりに腰掛けて、景色を楽しむことにした。
何の気なしに街明かりを眺めていると、遠くに炸裂音が聴こえた。音のした方に顔を向けると、少し遅れて夜空を色とりどりの光が舞う。
「あ、花火!」
いつの間にか、夏至祭の最後を飾る打ち上げ花火の時間になっていたようだ。ルークとリュシーも空を見上げた。
「綺麗……」
エマとテオがいるのと反対側の船べりに近寄り、淡い夜風に髪をなびかせながら呟くリュシーの背後にルークが立っている。
本当はこの花火をルークと二人で見られたらと思っていた。その計画が叶わなかったのは、自分の行動のせいだ。
船に乗らないという選択をして、その後でリュシーがいることに気づいたルークの反応を見たくなかった。見送ってからあの時船に乗ればよかったとでも言われたら、想像だけでもこんなに胸が痛いのに実際に起きてしまったら立ち直れる気がしない。
ルークとリュシーの身長は並んでいる。きっとリュシーがブーツを脱げば、ルークの方が背が高い。もう一年もしたら完全に逆転するだろう。
きっとお似合いだ、なんて考えていると、隣に座るテオが静かに口を開いた。
「俺、余計なことしたな」
「え?」
テオはまっすぐ空を見上げたままだ。
「でもさ、ルークはお前といたほうが幸せだよ」
「何、言ってるの……?」
普段はおちゃらけているくせに、今のテオはいつになく静謐な雰囲気をまとっていた。違和感を覚えじっと視線を送ると、テオはこちらを見て笑った。
「ん。なんでもない」
直後、テオの顔が花火の色に染まる。遅れて体の奥に響くような轟音がとどろいた。
花火もクライマックスが近いようで、絶え間なく打ちあがっては空に軌跡を描き、きらきらと広がっていく。職人が意匠を凝らして作る花火は今年も健在だった。
空を埋める光に見惚れながらため息を漏らすエマの目に、リュシーの長い髪が一筋、風に吹かれてルークの方へとなびいていくのが見えた。
ルークはその髪の一筋を手のひらに受け、流れるような動作でそっと唇を寄せた。
ほんの一瞬のことだったけれど、その光景はエマの目にはっきりと焼き付き残像を残した。
その時脳内に浮かんだのは、早まらなくてよかったという安堵だった。
ルークの心の内を占めるのはリュシーだということは明白で、もし告白していたとして、万に一つもいい結果は生まれなかっただろう。きっと困らせてしまっていたはずだ。
花火の終盤を飾る一番派手で盛り上がる連射によって、激しい炸裂音が辺りを包む。空一面を埋め尽くす光が少しずつ消えていき、最後の火の粉が空に溶けるまでの間、エマはまばたき一つせずに宙を見つめていた。
船着き場に着くまでの間、四人でデッキで待たせてもらう。
リュシーを囲み近況報告をする中、エマの進路の話にもなった。
「エマはもっと我儘になっていいと思う」
女学校を卒業したら進学はせずに母を手伝い街の婦人会に入って奉仕活動でもしようかと考えていると話すと、リュシーはそんな言葉をかけてくれた。
「でも私は勉強苦手だし、特にやりたいこともないから」
婦人会の活動は孤児院の運営から貧しい人々への炊き出し、資金集めのためのバザーなど多岐にわたる。仕事量は増えているのに人手が足りなくて困っていると聞く。
病院にかかれなくてやむを得ず薬を小分けで買いに来る人々も多い。近年の不況のせいで生活が苦しい層が増えているのだ。
幼い頃から両親から恵まれない人々について聞かされていたからこそ、エマは刷り込みのように自分もそうするべきなのだと思うようになっていた。
今通っている女学校でもほとんどの子は高等教育に進まず家業を手伝ったり、裁縫など実用的な技術を学ぶ学校へ行くか、経済的に余裕のある家の娘は将来の結婚を見据え短期間の花嫁学校に通う。さもなければ数年間を修道院や孤児院で奉仕活動をしながら婚期までを過ごす。
自分もきっと大多数の同級生と同じ道をたどるのだろうとばかり思っていたけれど、リュシーからカレッジの話を聞くと心が揺れる。
「私はやりたいことを見つけるために進学するのもいいと思うな。エマが将来やりたいことが見つかった時、教育はきっと助けになってくれるわ」
リュシーからの助言は現実味を持たないが、エマを思って言ってくれているのだと伝わった。
「うん……考えてみる。ありがとう、リュシー」
まだ一年あるのだ。その間に何か人生が変わるような出来事が起こるかもしれない。前向きにとらえようとエマは決意した。
「ルークとテオは秋になったらこっちへ来るのよね。そしたら街を案内してあげる」
リュシーの提案に、テオがそっぽを向く。
「は、いらねえけど」
テオは近頃、こうして姉を邪険にすることが多い。エマも弟がいるから何となくわかるが、気恥ずかしいのだと思う。
「俺はお願いしたい。大学図書館に行ってみたいと思ってるんだ」
「もちろんいいわよ」
「それとこの間リュシーが教えてくれた伝記、読み終えたんだ。またお勧めがあれば教えてほしい」
「まあ、もう読んだの? 全巻?」
テオとは逆に、血の繋がりのないルークはリュシーを慕っていた。今もエマにはわからない学者の伝記の話で盛り上がっている。
話に入っていけないエマとテオは船べりに腰掛けて、景色を楽しむことにした。
何の気なしに街明かりを眺めていると、遠くに炸裂音が聴こえた。音のした方に顔を向けると、少し遅れて夜空を色とりどりの光が舞う。
「あ、花火!」
いつの間にか、夏至祭の最後を飾る打ち上げ花火の時間になっていたようだ。ルークとリュシーも空を見上げた。
「綺麗……」
エマとテオがいるのと反対側の船べりに近寄り、淡い夜風に髪をなびかせながら呟くリュシーの背後にルークが立っている。
本当はこの花火をルークと二人で見られたらと思っていた。その計画が叶わなかったのは、自分の行動のせいだ。
船に乗らないという選択をして、その後でリュシーがいることに気づいたルークの反応を見たくなかった。見送ってからあの時船に乗ればよかったとでも言われたら、想像だけでもこんなに胸が痛いのに実際に起きてしまったら立ち直れる気がしない。
ルークとリュシーの身長は並んでいる。きっとリュシーがブーツを脱げば、ルークの方が背が高い。もう一年もしたら完全に逆転するだろう。
きっとお似合いだ、なんて考えていると、隣に座るテオが静かに口を開いた。
「俺、余計なことしたな」
「え?」
テオはまっすぐ空を見上げたままだ。
「でもさ、ルークはお前といたほうが幸せだよ」
「何、言ってるの……?」
普段はおちゃらけているくせに、今のテオはいつになく静謐な雰囲気をまとっていた。違和感を覚えじっと視線を送ると、テオはこちらを見て笑った。
「ん。なんでもない」
直後、テオの顔が花火の色に染まる。遅れて体の奥に響くような轟音がとどろいた。
花火もクライマックスが近いようで、絶え間なく打ちあがっては空に軌跡を描き、きらきらと広がっていく。職人が意匠を凝らして作る花火は今年も健在だった。
空を埋める光に見惚れながらため息を漏らすエマの目に、リュシーの長い髪が一筋、風に吹かれてルークの方へとなびいていくのが見えた。
ルークはその髪の一筋を手のひらに受け、流れるような動作でそっと唇を寄せた。
ほんの一瞬のことだったけれど、その光景はエマの目にはっきりと焼き付き残像を残した。
その時脳内に浮かんだのは、早まらなくてよかったという安堵だった。
ルークの心の内を占めるのはリュシーだということは明白で、もし告白していたとして、万に一つもいい結果は生まれなかっただろう。きっと困らせてしまっていたはずだ。
花火の終盤を飾る一番派手で盛り上がる連射によって、激しい炸裂音が辺りを包む。空一面を埋め尽くす光が少しずつ消えていき、最後の火の粉が空に溶けるまでの間、エマはまばたき一つせずに宙を見つめていた。
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