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十三歳、淡い初恋、片想い

ふたりきりで

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通りは一様に祭の装いをした人々に埋め尽くされ、賑わっていた。エマとルークも人の流れに任せて広場の方へと向かう。
広場では大掛かりなかがり火が用意されて、点火が予定されている日暮れを待っていた。
音楽隊の奏でる少し物悲しい旋律に合わせ、子ども達がステップの練習をしている。
飲み物をもらおうというルークの誘いに応じて、ハーブ入り炭酸水の列に並ぶ。隣のテントに用意されたワインや麦酒は二人にはまだ許されていない。
グラスを傾け氷ごとハーブシロップを飲み干すと、ほの甘い青臭さが鼻に抜けていった。
薄くたなびく雲の端が夜の色に染まり始めた頃、街の名士からの挨拶で夏至祭が始まる。昔から伝わる曲が静かに奏でられる中、集まった人々は家族や恋人とのひと時を楽しんでいた。
エマも作るのを手伝ったごちそうが振舞われており、ルークにお勧めを伝えながら皿に盛りつける。
広場のそこかしこで立ったまま、あるいは芝生の上に座り、思い思いに食事を楽しむ人々の姿が見られた。エマとルークもその中に入り、簡単に食事を済ませる。
かがり火に火が入ると円舞が始まった。まずは年配の男女が手本を見せる。その後は幼い子供たちの出番だ。場が和んだ頃、今度は若者が輪に入る。その後は老若男女入り乱れ、好きなだけ踊るのが例年の流れだ。
かがり火を囲む輪の外で、ルークとエマはステップを踏む子供たちを見守る。
曲が一巡して輪から離れる者、入る者の入れ替わりの最中、肩に触れられた。
「行かないのか」
耳元で囁かれ、どきりとする。周囲の喧騒で声が聞きづらいから近づいただけだとわかってはいても、落ち着かない気分になってしまう。
「えっと……今はいい、かな」
何とか答えると、肩に乗せられた手が離れていく。
輪の中に次々と飛び込んでいく中には学校の友人たちの姿がいくつもあった。例年なら彼女たちにまじって一緒に踊るのだけれど、今日は一分一秒でも長くルークのそばにいたい。夏が過ぎれば彼とは離ればなれになってしまうのだから。
小さく吐息をこぼした時、ルークが再び顔を寄せてきた。
「疲れた?」
「えっと、……そう」
「なら場所変えた方がいいな。ここだと人多くて休めないだろ」
人混みではぐれないよう腕を引かれ、その場から離れる。広場の中心から外れると人もまばらになっていく。ルークに導かれ、広場の裏手から路地に抜けた。木々に囲まれた小道は鬱蒼としていて、月明かりさえ届かない。
広場の喧騒も遠くなり、二人きりであることを意識せずにはいられなかった。
「どこへ行くの?」
胸を高鳴らせながら尋ねると、ルークの目がこちらへ向けられる。
「もう少し行くと運河に出る。そっちなら空いてるはず」
彼の言う通り、道が開けたかと思うと目の前に運河が見えてきた。街の至る所に張り巡らされた運河は、日中は様々な積み荷を乗せた船が行き来しているが、今は静かなものだ。
「誰もいないね」
「だろ? 穴場なんだ」
得意そうに口元をつり上げ、ルークは言う。彼の父親は船会社を持っており、穀物や鉄鉱石、塩を始めとする調味料などの流通に一役買っている。息子であるルークも家業を手伝いながら学んでいるところだ。以前、大小それぞれの運河が街のどのエリアに繋がっているかを正確に把握していると言っていた。
彼は煉瓦でできたアーチ形の橋の中ほどまでエマをいざなった。そうして欄干に後ろ向きに腕をかけ、足先を浮かせて腰掛けた。
「ほら、エマも。勢いつけるなよ」
「うん。よ、っと」
背中を手で支えてもらいながら、エマも同じようにして欄干に上がる。
広場の騒ぎはもうほとんど聴こえない。流れる水の音だけが響いていた。
踊りの時間が終われば、花火が始まる。肩が触れ合う距離に座るルークを横目でちらりとうかがうと、空を仰いでいた。
彼の目線を追うと、白い三日月が暗い空に浮かんでいることに気づく。
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