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十三歳、淡い初恋、片想い
夏至祭の朝
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待ち遠しくてたまらなかった夏至祭の朝、エマは早朝に目を覚ました。二度寝をしてもいいくらいの時間だとわかってはいたけれどすっかり覚醒してしまっていて、カーテンの向こうが少しずつ明るくなるのをぼうっと眺めながら、ルークとの約束に胸を躍らせていた。
小一時間ほどそうしているうちに家族が起きだす時間がやってくる。
同じ部屋に寝ている妹のアナを起こして一緒に水場を使い、身だしなみを整える。
「お姉ちゃん、髪やって~」
「ちょっと待って」
エプロン衣装を身につけたエマがリボンを片手に寄ってくるのを制しながら、まずは自分の衣服を整える。
「はい、いいよ。ここ座って」
ベッドの端に座らせ肩下まで伸びる髪に櫛を通す。
「三つ編みでいい?」
「うん。きつくしないでね、頭痛くなっちゃうから」
妹のお願いにエマは首をひねる。気持ちもわかるけれど、細くて柔らかい髪は緩く編むと簡単に解けてしまう。ブラッシングを終えると、頭頂部から毛束を指先で取って少しずつ慎重に編みこんでいく。
毛束を増やしながら重ね、最後に伸縮性のある深紅のリボンをしっかりと結んでから、編み目の間に指先を入れて少しずつ緩ませ調整する。
「……できた」
ほっと息を吐くと、アナは跳ねるようにベッドから下りて箪笥の上に置いた手鏡で完成したばかりの髪型を確認しようとした。
「あんまり動かすとリボン取れちゃうから気をつけてね」
鏡を覗き込みながら右へ左へと頭を動かす妹に、エマは注意を促した。はーいと元気な返事をしながらも、アナの毛先はせわしなく揺れている。
ためつすがめつしながら気が済むまで鏡を見つめた後、アナが振り返ってにっと歯を見せ、はっとしたように口を閉じ口角を上げた。前歯の片方が生えかけなのを気にしているのだ。
まだたった七歳とはいえ、まごうことなく女の片りんをの覗かせるアナにエマはくすりと笑みを漏らす。
「いいと思う! ありがとうお姉ちゃん」
「どういたしまして。さ、朝ご飯食べに行くよ」
姉妹で共有の部屋を出てダイニングに足を運ぶと、すでに父のトーマスはテーブルについていた。
祭の当日とはいえ、薬局は今日も通常営業だ。父が店を休むのは年末年始くらいで、しかも緊急の用向きがあれば簡単に覆される。
様々な理由で医者にかかることがない人々のために、せめて薬を処方するのが務めだと父は常々言っている。
「おはよう、お父さん」
「うん、おはよう。二人ともめかしこんでるな」
「かわいいでしょ?」
得意げにその場でくるりと回ってみせる末娘を見て、トーマスは眼鏡の奥の目を細めた。
「いつもかわいいけれど、今日はもっとかわいい」
父親からの褒め言葉にきゃっきゃと笑い声をたてるアナの背中をそっと押し、エマはキッチンに顔を出した。
「母さん、おはよう。パン籠とお茶、持っていくね」
「アナもお手伝いする」
「おはよう。アナはチーズをお願い。手元だけじゃなくて足元にも気をつけてね」
エッグスタンドにゆで卵を乗せながら振り返った母のレイチェルはすでに出かける準備を整え終えているようだ。在りし日よりも少しだけ色あせた亜麻色の髪をきっちりと巻き上げ、エマやアナと揃いの編み上げベストとくすんだ緋色のスカートを着込んでいた。
「昨日も言ったけれど、婦人会の集まりがあって先に出ないといけないの」
母はこの街の婦人会の運営に携わっており、今日の夏至祭で振舞う酒や料理の準備のために父よりも早く家を出ると聞いていた。
元々下がりぎみの眉をさらに垂らす母にエマは気にしないでと笑みを浮かべて見せる。
「後はやっておくから大丈夫。クリスももうちょっとしたら起こしてくるから」
「いつも悪いわね」
先頭にアナ、次にエマ、レイチェルの順でダイニングに赴きそれぞれの皿を食卓に並べる。
「あなた、行って来るわね」
妻に声をかけられ、トーマスは新聞を置く。
「今日はきっと大忙しだな。私も店を閉めたら駆けつけるよ」
「ええ。花火は一緒に見られるでしょうね」
「ああ、もちろん」
夏至祭のフィナーレを飾る花火にはジンクスがある。
最初に打ちあがる花火を共に見た相手と恋人同士になれる。
四つ目の花火が打ちあがり五つ目の花火が消えるまでの間、まばたきをせずにいられたら意中の相手と結ばれる。
最後の花火が消える瞬間に触れた相手と結婚できる。
おまじないが好きな女子ならみんな知っているくらい有名な言い伝えだ。
エマは母のレイチェルから教わったが、彼女が子どもの時からすでにこのジンクスは存在していたらしい。まだ学校にも行っていなかった頃、父に対してやったのだと言って母は笑っていた。
そのせいか、両親は結婚して十五年経ってなお仲睦まじい。
今だって娘二人が同じ部屋にいる中、外出時のキスを欠かさない。
言葉や態度の端々からも、彼らがお互いを慈しみ尊重し合っていることが伝わってくる。
そんな二人に育てられたこともあって、エマは両親のような結婚がしたいと願うようになった。
その相手がルークであればと想像したことも一度や二度ではない。独りよがりだとわかってはいても、夜ベッドに入った時にそんな幸せな妄想をしては胸を焦がしてきた。
その想いをこれまでずっと胸の内に秘めていたが、今日こそは一歩踏み出そうと考えている。
「お姉ちゃん、食べないの?」
不思議そうにこちらを覗き込むアナに気づき、はっとする。考え事をしているような場合ではなかった。夏至祭の飾りつけの手伝いに出ないといけないし、その前に弟を起こすという大仕事がある。クリスの寝起きの悪さは折り紙付きで、起こすのに苦労するに決まっているのだ。
まずは自分がコントロールできる食事から済ませようと、慌てて籠からパンを取りかぶりつく。
時間をかけずに食事を摂って、歯を磨きながらクリスを叩き起こし、父を送り出してから使った皿を水桶に浸す。
半分眠りながらパンをかじるクリスに戸締りの念押しをすると、アナの手を引いて家を後にした。
小一時間ほどそうしているうちに家族が起きだす時間がやってくる。
同じ部屋に寝ている妹のアナを起こして一緒に水場を使い、身だしなみを整える。
「お姉ちゃん、髪やって~」
「ちょっと待って」
エプロン衣装を身につけたエマがリボンを片手に寄ってくるのを制しながら、まずは自分の衣服を整える。
「はい、いいよ。ここ座って」
ベッドの端に座らせ肩下まで伸びる髪に櫛を通す。
「三つ編みでいい?」
「うん。きつくしないでね、頭痛くなっちゃうから」
妹のお願いにエマは首をひねる。気持ちもわかるけれど、細くて柔らかい髪は緩く編むと簡単に解けてしまう。ブラッシングを終えると、頭頂部から毛束を指先で取って少しずつ慎重に編みこんでいく。
毛束を増やしながら重ね、最後に伸縮性のある深紅のリボンをしっかりと結んでから、編み目の間に指先を入れて少しずつ緩ませ調整する。
「……できた」
ほっと息を吐くと、アナは跳ねるようにベッドから下りて箪笥の上に置いた手鏡で完成したばかりの髪型を確認しようとした。
「あんまり動かすとリボン取れちゃうから気をつけてね」
鏡を覗き込みながら右へ左へと頭を動かす妹に、エマは注意を促した。はーいと元気な返事をしながらも、アナの毛先はせわしなく揺れている。
ためつすがめつしながら気が済むまで鏡を見つめた後、アナが振り返ってにっと歯を見せ、はっとしたように口を閉じ口角を上げた。前歯の片方が生えかけなのを気にしているのだ。
まだたった七歳とはいえ、まごうことなく女の片りんをの覗かせるアナにエマはくすりと笑みを漏らす。
「いいと思う! ありがとうお姉ちゃん」
「どういたしまして。さ、朝ご飯食べに行くよ」
姉妹で共有の部屋を出てダイニングに足を運ぶと、すでに父のトーマスはテーブルについていた。
祭の当日とはいえ、薬局は今日も通常営業だ。父が店を休むのは年末年始くらいで、しかも緊急の用向きがあれば簡単に覆される。
様々な理由で医者にかかることがない人々のために、せめて薬を処方するのが務めだと父は常々言っている。
「おはよう、お父さん」
「うん、おはよう。二人ともめかしこんでるな」
「かわいいでしょ?」
得意げにその場でくるりと回ってみせる末娘を見て、トーマスは眼鏡の奥の目を細めた。
「いつもかわいいけれど、今日はもっとかわいい」
父親からの褒め言葉にきゃっきゃと笑い声をたてるアナの背中をそっと押し、エマはキッチンに顔を出した。
「母さん、おはよう。パン籠とお茶、持っていくね」
「アナもお手伝いする」
「おはよう。アナはチーズをお願い。手元だけじゃなくて足元にも気をつけてね」
エッグスタンドにゆで卵を乗せながら振り返った母のレイチェルはすでに出かける準備を整え終えているようだ。在りし日よりも少しだけ色あせた亜麻色の髪をきっちりと巻き上げ、エマやアナと揃いの編み上げベストとくすんだ緋色のスカートを着込んでいた。
「昨日も言ったけれど、婦人会の集まりがあって先に出ないといけないの」
母はこの街の婦人会の運営に携わっており、今日の夏至祭で振舞う酒や料理の準備のために父よりも早く家を出ると聞いていた。
元々下がりぎみの眉をさらに垂らす母にエマは気にしないでと笑みを浮かべて見せる。
「後はやっておくから大丈夫。クリスももうちょっとしたら起こしてくるから」
「いつも悪いわね」
先頭にアナ、次にエマ、レイチェルの順でダイニングに赴きそれぞれの皿を食卓に並べる。
「あなた、行って来るわね」
妻に声をかけられ、トーマスは新聞を置く。
「今日はきっと大忙しだな。私も店を閉めたら駆けつけるよ」
「ええ。花火は一緒に見られるでしょうね」
「ああ、もちろん」
夏至祭のフィナーレを飾る花火にはジンクスがある。
最初に打ちあがる花火を共に見た相手と恋人同士になれる。
四つ目の花火が打ちあがり五つ目の花火が消えるまでの間、まばたきをせずにいられたら意中の相手と結ばれる。
最後の花火が消える瞬間に触れた相手と結婚できる。
おまじないが好きな女子ならみんな知っているくらい有名な言い伝えだ。
エマは母のレイチェルから教わったが、彼女が子どもの時からすでにこのジンクスは存在していたらしい。まだ学校にも行っていなかった頃、父に対してやったのだと言って母は笑っていた。
そのせいか、両親は結婚して十五年経ってなお仲睦まじい。
今だって娘二人が同じ部屋にいる中、外出時のキスを欠かさない。
言葉や態度の端々からも、彼らがお互いを慈しみ尊重し合っていることが伝わってくる。
そんな二人に育てられたこともあって、エマは両親のような結婚がしたいと願うようになった。
その相手がルークであればと想像したことも一度や二度ではない。独りよがりだとわかってはいても、夜ベッドに入った時にそんな幸せな妄想をしては胸を焦がしてきた。
その想いをこれまでずっと胸の内に秘めていたが、今日こそは一歩踏み出そうと考えている。
「お姉ちゃん、食べないの?」
不思議そうにこちらを覗き込むアナに気づき、はっとする。考え事をしているような場合ではなかった。夏至祭の飾りつけの手伝いに出ないといけないし、その前に弟を起こすという大仕事がある。クリスの寝起きの悪さは折り紙付きで、起こすのに苦労するに決まっているのだ。
まずは自分がコントロールできる食事から済ませようと、慌てて籠からパンを取りかぶりつく。
時間をかけずに食事を摂って、歯を磨きながらクリスを叩き起こし、父を送り出してから使った皿を水桶に浸す。
半分眠りながらパンをかじるクリスに戸締りの念押しをすると、アナの手を引いて家を後にした。
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