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十三歳、淡い初恋、片想い
幼なじみの出迎え
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澄みわたる空の下、赤煉瓦の学び舎から出てくる揃いの制服に身を包んだ少女たちが笑いさざめきながら通りに流れ出る。
普段にも増してかしましく浮足立っている理由は、今日が春学期の最終日だからだ。
長い休暇をどう過ごすかと会話を弾ませる少女の群れの中、一人だけ様相が違う。
背中まである亜麻色の髪を白いカチューシャで押さえたエマ・ヘイウッドの足取りは重く、早く帰っても楽しいことなんてないと言わんばかりに憂鬱そうに唇を引き結んでいた。
泥濘を踏むかのような緩慢な足運びのせいで、彼女は少女の一団からどんどん遅れていく。
ようやく校門を出た時、級友たちの背中はすっかり小さくなっていた。
気が進まなくても家には帰らなくてはいけない。
肩に食い込む学用品を入れた鞄の紐を持ち直した時、名前を呼ばれたような気がして足を止める。
声のした方を振り返ると、街路樹の木陰に佇む二人組に気づいた。
一人はすらりとした体形の黒髪の少年で、長めの前髪を左右に分けて涼やかな目元を露わにしている。その隣には亜麻色の髪を短く刈り込んだ少年が木の幹に背を預けていた。
「ルーク、テオ!」
エマは目を丸くしながら二人の元へ駆け寄った。すると彼らも街路樹を離れ、エマの方へ歩み寄る。
「よお、元気か」
「エマ、遅い」
黒髪の少年が切れ長の目をすがめると、亜麻色の髪の少年が唇を尖らせる。
黒髪がルーク、亜麻色の髪がテオ。二人ともエマの幼なじみだ。
ルークはこの街の大地主であるアシュクロフト家の一人息子である。彼の父親は船会社の経営もしており、この街の流通の交易を取り仕切っている。
ルークとは彼が父親に連れられて店を訪れた五歳の頃からの仲だ。
そしてテオはエマのいとこということもあり、言葉に遠慮がない。亜麻色の髪に目尻が垂れたベビーフェイスという共通の特徴があるからか、一緒にいると兄妹と間違われることも多かった。
テオの父親は軍人で任務で国元を離れているため、彼は叔父であるエマの父親をお目付け役にしてこの街の寄宿学校に通っていた。
ルークとテオは共に鮮やかなブルーのサマーツイードの制服を身に纏っている。しかしその着こなしは両者で対照的だ。
ルークがジャケットを着こみ黄色と紺の縞のタイをきっちり喉元で締めているのに対し、テオはタイの結び目をすっかり解き袖を抜いたジャケットを無造作に肩から羽織っている。
何度言っても制服を着崩すことをやめないから、ルークもエマも注意することをやめてしまった。教師に見つかって怒られるのは本人だ。
エマは左右に立つ二人を順番に見上げる。
「遅いって約束してなかったでしょ」
「まあな。でもなかなか出てこないから帰ろうかと思った」
「今日は終業式だけだったから早かったんだよ。寄り道してくだろ」
「あちーからアイス食お」
魅力的な誘いに口の中に唾液がにじむ。ただ、一つ問題がある。エマの通う女学校は校則で金品の持ち込みを禁止されているのだ。寄り道防止のための策なのだろう。
エマが答える前にルークが肩にかかる鞄の紐を取り上げ、鞄に入り切らず腕に抱えていた教科書の束もテオにさらわれる。
そのままさっさと歩き出す二人の後を、エマは慌てて追いかける。
「待ってよ、私お財布持ってない」
持ち合わせがないということをアピールすると、テオが事もなげに言い放つ。
「ルークが奢る」
「お前な……」
勝手な言い分にルークが呆れたようにため息をつく。頭越しに交わされる会話にエマはあたふたしながら割って入った。
「いや、いいよ。荷物置くついでにお財布取ってくるから」
荷物を取り戻そうと二人に手を差し出すと、両脇から腕を取られてしまう。
「奢らないとは言ってない」
「帰ったら出てこれる保証ないしな。クリスとアナ押し付けられんじゃん」
「まあ、ね……」
クリスとアナというのは、エマの弟妹だ。クリスは生意気盛り、アナは甘えたい盛りで手を焼いている。忙しい両親に変わり、エマは彼らの世話や家事の手伝いに駆り出されるのが常だった。
長女として仕方のないことだとわかってはいるものの、ひと月以上にも及ぶ夏休みの間中彼らが中心の生活が続くと考えるだけで気が重い。
ため息をこぼしそうになったエマの前に、手が差し伸べられた。
「俺たちと来い」
ルークの銀灰色、テオの琥珀色、それぞれの双眸が優しい色を放ち、エマの背中を押す。目の奥に湧き起こる熱を逃すように慌ててまつ毛を上下させ、笑みを浮かべた。
「……わかった。ごちそうになります」
ぺこりと頭を下げると、ルークもテオもにっと口角を上げた。
「決まりだな」
「行くぞ」
誘いに頷き、二人の間に体を滑り込ませた。
普段にも増してかしましく浮足立っている理由は、今日が春学期の最終日だからだ。
長い休暇をどう過ごすかと会話を弾ませる少女の群れの中、一人だけ様相が違う。
背中まである亜麻色の髪を白いカチューシャで押さえたエマ・ヘイウッドの足取りは重く、早く帰っても楽しいことなんてないと言わんばかりに憂鬱そうに唇を引き結んでいた。
泥濘を踏むかのような緩慢な足運びのせいで、彼女は少女の一団からどんどん遅れていく。
ようやく校門を出た時、級友たちの背中はすっかり小さくなっていた。
気が進まなくても家には帰らなくてはいけない。
肩に食い込む学用品を入れた鞄の紐を持ち直した時、名前を呼ばれたような気がして足を止める。
声のした方を振り返ると、街路樹の木陰に佇む二人組に気づいた。
一人はすらりとした体形の黒髪の少年で、長めの前髪を左右に分けて涼やかな目元を露わにしている。その隣には亜麻色の髪を短く刈り込んだ少年が木の幹に背を預けていた。
「ルーク、テオ!」
エマは目を丸くしながら二人の元へ駆け寄った。すると彼らも街路樹を離れ、エマの方へ歩み寄る。
「よお、元気か」
「エマ、遅い」
黒髪の少年が切れ長の目をすがめると、亜麻色の髪の少年が唇を尖らせる。
黒髪がルーク、亜麻色の髪がテオ。二人ともエマの幼なじみだ。
ルークはこの街の大地主であるアシュクロフト家の一人息子である。彼の父親は船会社の経営もしており、この街の流通の交易を取り仕切っている。
ルークとは彼が父親に連れられて店を訪れた五歳の頃からの仲だ。
そしてテオはエマのいとこということもあり、言葉に遠慮がない。亜麻色の髪に目尻が垂れたベビーフェイスという共通の特徴があるからか、一緒にいると兄妹と間違われることも多かった。
テオの父親は軍人で任務で国元を離れているため、彼は叔父であるエマの父親をお目付け役にしてこの街の寄宿学校に通っていた。
ルークとテオは共に鮮やかなブルーのサマーツイードの制服を身に纏っている。しかしその着こなしは両者で対照的だ。
ルークがジャケットを着こみ黄色と紺の縞のタイをきっちり喉元で締めているのに対し、テオはタイの結び目をすっかり解き袖を抜いたジャケットを無造作に肩から羽織っている。
何度言っても制服を着崩すことをやめないから、ルークもエマも注意することをやめてしまった。教師に見つかって怒られるのは本人だ。
エマは左右に立つ二人を順番に見上げる。
「遅いって約束してなかったでしょ」
「まあな。でもなかなか出てこないから帰ろうかと思った」
「今日は終業式だけだったから早かったんだよ。寄り道してくだろ」
「あちーからアイス食お」
魅力的な誘いに口の中に唾液がにじむ。ただ、一つ問題がある。エマの通う女学校は校則で金品の持ち込みを禁止されているのだ。寄り道防止のための策なのだろう。
エマが答える前にルークが肩にかかる鞄の紐を取り上げ、鞄に入り切らず腕に抱えていた教科書の束もテオにさらわれる。
そのままさっさと歩き出す二人の後を、エマは慌てて追いかける。
「待ってよ、私お財布持ってない」
持ち合わせがないということをアピールすると、テオが事もなげに言い放つ。
「ルークが奢る」
「お前な……」
勝手な言い分にルークが呆れたようにため息をつく。頭越しに交わされる会話にエマはあたふたしながら割って入った。
「いや、いいよ。荷物置くついでにお財布取ってくるから」
荷物を取り戻そうと二人に手を差し出すと、両脇から腕を取られてしまう。
「奢らないとは言ってない」
「帰ったら出てこれる保証ないしな。クリスとアナ押し付けられんじゃん」
「まあ、ね……」
クリスとアナというのは、エマの弟妹だ。クリスは生意気盛り、アナは甘えたい盛りで手を焼いている。忙しい両親に変わり、エマは彼らの世話や家事の手伝いに駆り出されるのが常だった。
長女として仕方のないことだとわかってはいるものの、ひと月以上にも及ぶ夏休みの間中彼らが中心の生活が続くと考えるだけで気が重い。
ため息をこぼしそうになったエマの前に、手が差し伸べられた。
「俺たちと来い」
ルークの銀灰色、テオの琥珀色、それぞれの双眸が優しい色を放ち、エマの背中を押す。目の奥に湧き起こる熱を逃すように慌ててまつ毛を上下させ、笑みを浮かべた。
「……わかった。ごちそうになります」
ぺこりと頭を下げると、ルークもテオもにっと口角を上げた。
「決まりだな」
「行くぞ」
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