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自宅訪問・その1
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JRとりんかい線を乗り継いで到着したのは、湾岸エリアだ。駅から出てすぐ、目の前に広がったビル群に圧倒される。
(このへんって、人が住むエリアだったんだ……オフィスと商業施設しかないと思ってた)
道沿いにずっと続くタワーマンションを見上げ、優樹は圧倒されていた。海から吹き付ける風が強い。吹きすさぶ風に髪の毛を乱されながら歩き続けること十五分。
「ここ」
指し示された先におよそ三十階はあろうかというマンションを確認し、思わず二度見する。
「……ほんとに?」
聞き返すと、彼は鍵を取り出して見せてくれた。エントランスの磨き抜かれたガラス扉、エレベーターホールに飾られた謎のオブジェ。すれ違う住人もどこか上質な印象を受ける。
タイミングよく降りてきていたエレベーターに乗り込んで、ものの数十秒で目的の階に着いた。カーペットの敷かれた床を踏みしめエレベーターホールから出ると、二つ目のドアが彼の住まいらしい。ドアを開けると玄関の電気が自動で点灯した。
「どうぞ」
彼がドアを押さえてくれたので、優樹はそうっと彼の脇をすり抜けて玄関に入らせてもらった。
「お邪魔します」
真っすぐ伸びた廊下の先に、白いドアが見える。廊下の左に二つ、右に一つ部屋があるようだ。正面のドアがリビングだろうか。
靴を脱いだはいいものの、どこまで入っていのかわからなくて立ち止まっていると、彼が先に立って中へと案内してくれた。
「そこのソファに座って」
「うん、ありがとう」
「すぐ床暖つけるから」
そう言うと彼は壁にあるスイッチに触れた。部屋の真ん中に黒のレザー素材がシックな一人がけソファが見える。
そちらの方に近づいて、バッグを足元に置いてから端に腰掛ける。続いて思い出したようにコートを脱ぎ、バッグの横に並べておく。
彼はカウンターキッチンの向こうにいるらしい。背を向けて何かを用意しているようだ。その間に優樹は室内をぐるりと見回した。
(なんか、男の人の部屋って感じ……)
広々としたリビングダイニングに置かれているのはテーブルとチェア、ソファくらいだ。極端に物が少ない部屋の中、大きめのテレビとダイニングテーブルに縦置きされたノートパソコンが存在感を放っている。
モノトーンのインテリアの中、キッチンカウンターの上に唯一置かれたコーヒーマシーンだけが鈍い赤色をしていた。
(キレイすぎて生活感がないんだよなあ)
普通男の一人暮らしときたら、もっと散らかっていたりするものではないだろうか。自分の部屋の惨状を思い出し、優樹は複雑な気分になった。
「飲み物、ブレンドとカフェオレとココアだったらどれ?」
「ええと……ココアお願いしてもいい?」
キッチンから声をかけられて答えると、彼がカウンターに置いてあったコーヒーマシーンを操作し始める。その様子を眺めながら、優樹はほっと息をついた。
(これでちょっと、猶予ができた……かな)
飲み物でも飲めば、少しは落ち着くかもしれない。ここへ来るまでもそうだったけれど、家に入れてもらってからは特にソワソワしてしまっている。
その理由は、思いのほかリッチな自宅のせいもあるし、二人きりで何が起こってもおかしくない、なんて考えてしまうからだった。
膝の上で手を組んだり手のひらを合わせたりしているうちに、彼が二つのマグを持って戻ってきた。サイドテーブルにマグを置いた後、視線を合わせた状態で問われる。
「隣、座ってもいい?」
「もちろん」
にこやかに答えたつもりだったけれど、たぶん顔は引きつっていたはずだ。彼が隣に座ると、ソファがわずかに沈み込んだ。
「なにか見る? 配信サービス加入してるから、映画とか見たいのあったら。音楽でもいいけど」
「あ、ありがとう。どうしようかな」
見たいものをと言われても、とっさに思いつかない。それにせっかく一緒にいるのに、数時間テレビに釘付けになるのはもったいない気がする。
「音楽がいいな」
「わかった。Alexa、なんかいい感じの……リラックスできそうな音楽かけて」
一瞬自分に言われたのかと思ったが、すぐに部屋の中にギターらしきメロディーが流れ始める。
「今のって……!」
「ああ、音声でいろいろやってくれるやつ」
そういうものがあると聞いたことはある。でも実際に見るのは初めてだった。目を輝かせたのがわかったのだろう、彼はくすりと笑って説明してくれた。
電気をつけたり消したり、ロボット掃除機とか空気清浄機みたいな家電も動かせるし、ネットで買物したりゲームもできると聞いてしまえば試したくもなる。
ひとしきり遊ばせてもらった後、彼に見つめられていることに気がついた。
「緊張解けた?」
「うん」
穏やかな声音で問われ、わずかに頬が熱くなる。
(緊張してたこと、バレてたんだ)
空回りしていたことが恥ずかしくなるが、解決してから言ってくれるのが彼の優しさなのだろう。
「なんか、あんまりにもすごい家だったからびっくりしちゃって」
「ああ、不相応だよね」
「そういうつもりじゃなくって」
「ここは会社の先輩の持ち物で、俺は借りてるだけ」
転勤をきっかけに月々の管理費のみの格安で借りているという。
「まあ、その先輩も帰ってこれるめどが立たなくて、買うかどうか聞かれたりもしてる」
「買う……!?」
いったいいくらになるんだろうか。高層階だし広いし、何より新しそうだ。頭の中で推定金額をはじき出そうとするけれど、知識不足で具体的な数字が出てこない。
でも彼の口ぶりから、買うというのが冗談で言われているわけではなさそうだ。
(つまりそのくらいの甲斐性がある……?)
考えれば考えるだけドツボにはまってしまいそうだった。
「どう思う?」
「……いいんじゃないかな、会社も近いんだよね」
「ゆきさんは住みたい?」
「私?」
なんで、というのが正直なところだ。優樹のお給料ではとても手が出ない。いいなとは思うけれど、それだけだ。
「私には無理だよ」
「あー……じゃなくて、一緒に住むとしたらどう?」
さりげなくとんでもないことを言われた気がする。
(このへんって、人が住むエリアだったんだ……オフィスと商業施設しかないと思ってた)
道沿いにずっと続くタワーマンションを見上げ、優樹は圧倒されていた。海から吹き付ける風が強い。吹きすさぶ風に髪の毛を乱されながら歩き続けること十五分。
「ここ」
指し示された先におよそ三十階はあろうかというマンションを確認し、思わず二度見する。
「……ほんとに?」
聞き返すと、彼は鍵を取り出して見せてくれた。エントランスの磨き抜かれたガラス扉、エレベーターホールに飾られた謎のオブジェ。すれ違う住人もどこか上質な印象を受ける。
タイミングよく降りてきていたエレベーターに乗り込んで、ものの数十秒で目的の階に着いた。カーペットの敷かれた床を踏みしめエレベーターホールから出ると、二つ目のドアが彼の住まいらしい。ドアを開けると玄関の電気が自動で点灯した。
「どうぞ」
彼がドアを押さえてくれたので、優樹はそうっと彼の脇をすり抜けて玄関に入らせてもらった。
「お邪魔します」
真っすぐ伸びた廊下の先に、白いドアが見える。廊下の左に二つ、右に一つ部屋があるようだ。正面のドアがリビングだろうか。
靴を脱いだはいいものの、どこまで入っていのかわからなくて立ち止まっていると、彼が先に立って中へと案内してくれた。
「そこのソファに座って」
「うん、ありがとう」
「すぐ床暖つけるから」
そう言うと彼は壁にあるスイッチに触れた。部屋の真ん中に黒のレザー素材がシックな一人がけソファが見える。
そちらの方に近づいて、バッグを足元に置いてから端に腰掛ける。続いて思い出したようにコートを脱ぎ、バッグの横に並べておく。
彼はカウンターキッチンの向こうにいるらしい。背を向けて何かを用意しているようだ。その間に優樹は室内をぐるりと見回した。
(なんか、男の人の部屋って感じ……)
広々としたリビングダイニングに置かれているのはテーブルとチェア、ソファくらいだ。極端に物が少ない部屋の中、大きめのテレビとダイニングテーブルに縦置きされたノートパソコンが存在感を放っている。
モノトーンのインテリアの中、キッチンカウンターの上に唯一置かれたコーヒーマシーンだけが鈍い赤色をしていた。
(キレイすぎて生活感がないんだよなあ)
普通男の一人暮らしときたら、もっと散らかっていたりするものではないだろうか。自分の部屋の惨状を思い出し、優樹は複雑な気分になった。
「飲み物、ブレンドとカフェオレとココアだったらどれ?」
「ええと……ココアお願いしてもいい?」
キッチンから声をかけられて答えると、彼がカウンターに置いてあったコーヒーマシーンを操作し始める。その様子を眺めながら、優樹はほっと息をついた。
(これでちょっと、猶予ができた……かな)
飲み物でも飲めば、少しは落ち着くかもしれない。ここへ来るまでもそうだったけれど、家に入れてもらってからは特にソワソワしてしまっている。
その理由は、思いのほかリッチな自宅のせいもあるし、二人きりで何が起こってもおかしくない、なんて考えてしまうからだった。
膝の上で手を組んだり手のひらを合わせたりしているうちに、彼が二つのマグを持って戻ってきた。サイドテーブルにマグを置いた後、視線を合わせた状態で問われる。
「隣、座ってもいい?」
「もちろん」
にこやかに答えたつもりだったけれど、たぶん顔は引きつっていたはずだ。彼が隣に座ると、ソファがわずかに沈み込んだ。
「なにか見る? 配信サービス加入してるから、映画とか見たいのあったら。音楽でもいいけど」
「あ、ありがとう。どうしようかな」
見たいものをと言われても、とっさに思いつかない。それにせっかく一緒にいるのに、数時間テレビに釘付けになるのはもったいない気がする。
「音楽がいいな」
「わかった。Alexa、なんかいい感じの……リラックスできそうな音楽かけて」
一瞬自分に言われたのかと思ったが、すぐに部屋の中にギターらしきメロディーが流れ始める。
「今のって……!」
「ああ、音声でいろいろやってくれるやつ」
そういうものがあると聞いたことはある。でも実際に見るのは初めてだった。目を輝かせたのがわかったのだろう、彼はくすりと笑って説明してくれた。
電気をつけたり消したり、ロボット掃除機とか空気清浄機みたいな家電も動かせるし、ネットで買物したりゲームもできると聞いてしまえば試したくもなる。
ひとしきり遊ばせてもらった後、彼に見つめられていることに気がついた。
「緊張解けた?」
「うん」
穏やかな声音で問われ、わずかに頬が熱くなる。
(緊張してたこと、バレてたんだ)
空回りしていたことが恥ずかしくなるが、解決してから言ってくれるのが彼の優しさなのだろう。
「なんか、あんまりにもすごい家だったからびっくりしちゃって」
「ああ、不相応だよね」
「そういうつもりじゃなくって」
「ここは会社の先輩の持ち物で、俺は借りてるだけ」
転勤をきっかけに月々の管理費のみの格安で借りているという。
「まあ、その先輩も帰ってこれるめどが立たなくて、買うかどうか聞かれたりもしてる」
「買う……!?」
いったいいくらになるんだろうか。高層階だし広いし、何より新しそうだ。頭の中で推定金額をはじき出そうとするけれど、知識不足で具体的な数字が出てこない。
でも彼の口ぶりから、買うというのが冗談で言われているわけではなさそうだ。
(つまりそのくらいの甲斐性がある……?)
考えれば考えるだけドツボにはまってしまいそうだった。
「どう思う?」
「……いいんじゃないかな、会社も近いんだよね」
「ゆきさんは住みたい?」
「私?」
なんで、というのが正直なところだ。優樹のお給料ではとても手が出ない。いいなとは思うけれど、それだけだ。
「私には無理だよ」
「あー……じゃなくて、一緒に住むとしたらどう?」
さりげなくとんでもないことを言われた気がする。
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