上 下
8 / 12

濡れた身体を寄せ合って~夕立に妄想を添えて2

しおりを挟む
鉄の意志で視線を剥がし取り、正面へ向き直るが一瞬見えてしまった淡いピンクが頭から離れない。
煩悩に支配されそうになった時、再び可愛らしいくしゃみが立て続けに二回。
このままだと風邪を引かせてしまうかもしれない。
「提案なんだけど、どこか入って服乾かそうか」
「そうだね。そうできたら助かるかも」
迷った末に申し出ると、思いのほかあっさりと同意され拍子抜けする。
「じゃあ、場所探すね」
スマートフォンを取り出して調べ始める万結を横目に少しほっとする。警戒されるかもしれないという懸念は杞憂に終わったらしい。
現在地の区名と最寄り駅を伝えると、しばし後、万結が口を開く。
「カラオケ……はダメだよね。ネカフェも寒そうだし。あ、温泉施設とかどうかな」
「よさそうだね。ついでに身体も温められる」
「そしたら……ここなんてどうかな? 天然温泉付きのビジネスホテルみたいなんだけど」
信号待ちの間に画面を確認すると、現在地からもそう遠くない。
「すぐ向かうよ」
ナビに施設の最寄り駅を入力し、案内に従って運転する。
間もなくたどり着いたのは新幹線の停車駅から徒歩圏内のビジネスホテルだった。
フロントで事情を話すと、自動洗濯乾燥機を備えた長期滞在用のツインルームを貸してもらえることになった。
落ち着いた色のシンプルな部屋に足を踏み入れ、ほっと一息つく。
「温泉は残念だったね」
備え付けの寝巻があるものの、それで室外に出るのはNGと聞いていた。「一応、規則なので」と申し訳なさそうにしていたホテルの従業員の顔を思い出す。
「とりあえず部屋のシャワー使って、時間があったら服が乾いてかから行こうか」
「そうだね」
「じゃあ、先にシャワーどうぞ」
「それじゃお言葉に甘えて」
ポーチだけを持ってバスルームの向こうに消える万結の後ろ姿を見送って、ようやく肩の力を抜くことができた。
密室に二人きり、落ち着かない。
断じてやましい気持ちがあるわけでは――いや、正直少しは期待している。それは正常な成人男子としては仕方ないことなのだ。
誰に咎められているわけでもないのに言い訳を繰り返す。
そもそもまだ告白すらしていないのに、あやまちなんて起こるわけがない。
それともいい機会だから今思いを伝えるべきだろうか。
いや、もっとロケーションやシチュエーションにもこだわって成功率を高めてからにするべきだ。
「……宗吾くん?」
「えっ」
脳内で会議を繰り広げているうちに、万結が戻ってきていたらしい。
「大丈夫? 何だかぼうっとしていたみたいだけど」
心配顔で近づいてきて、正面に周った。上目遣いで見つめられ、思わず唇の裏側を噛む。
濡れ髪から立ちのぼる甘酸っぱいベリー系の香りがやけに鮮明で、頭がぼうっとしてくる。
ホテルの備え付けのバスローブは純白で、色白な肌をより引き立てている。
頬が上気しているのも唇が色づいているのも湯上がりだからというだけで、それ以上の意味はない。
わかっているのについ魔がさしてしまう。男の悲しい性だ。
「濡れた服もそのままだし……シャワー浴びる前にちょっと休む?」
「え、……」
具合が悪いのだと勘違いされているようだが、訂正する前にベッドに連れていかれる。言われるままにベッドの縁に腰掛けると、万結は「あったかいお茶でも煎れるね」と言い置いてキッチンへ向かった。
「お待たせ」
程なくして戻った彼女は湯気を立てるカップが二つ。それらをサイドテーブルに置くと、肘にかけていたバスタオルをふわりと広げ、宗吾の頭の上から被せた。
「寒くないように。今、お風呂沸かしてるからね」
ぽんぽん、と頭を包み込むように拭われて、胸がぎゅんと甘く軋んだ。
長身の宗吾は他人から頭を触られることがほぼない。子どもの頃を覗けば、これが初めてだ。タオル越しに優しい手つきで触れられて、その心地良さについ吐息を漏らす。鼓動が速い。
実家で飼っている犬は視界に入らなくて一度軽く踏んでしまったことを恨んでいるのか宗吾には懐いていないが、よく姉や母親にまとわりついている。撫でろといわんばかりに頭を擦りつけ、望みが叶うとだらしなく口から舌をはみ出させるのだ。
そのまま寝落ちすることも多く、ブサカワだと家族から笑われていた。宗吾も常々まぬけな寝顔だと思っていたが、今ならそうなるのも仕方ないと理解できる。撫でられるというのは存外気持ちいい。
狭まった視界にはバスローブの紐の先が揺れている。蝶々結びがほどけそうだ。
教えてあげなければと思うのに、うっかりほどけてほしいとラッキースケベを期待している。
これが少年誌で連載しているラブコメなら絶対ほどけるのに。ほどけた瞬間にバスローブも完全に開くし、ワンチャン下着をつけていない可能性だってある。
脳内に浮かんだ不埒な妄想をかき消そうと瞬きを繰り返す。ついでに投げ出していた足を引き寄せたその時、足の甲に温かな感触が触れ、直後に上から力がかかる。
「きゃっ」
万結の悲鳴が耳に入りはっと覚醒した刹那、肩を押され背後へ倒れ込む。
スプリングのきいたベッドに弾かれ持ち上がった頭部が柔らかなものに埋まり、押し戻された。再びベッドに背中を着地され天井を見上げる。いや、視界を覆っていたのは天井だけではない。
眼鏡がずれてしまったせいでぼやけていたピントが合うと、ほんの目と鼻の先に万結の顔が見えた。あまりの近さに息が止まる。
混乱しながら視線をさ迷わせるうちに、どういう状況か把握することができた。
信じられないことに、宗吾は彼女に押し倒されているのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...