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ゲーセン事変~好きな子が見た目は女神、心は天使だと確信した話1
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小田桐宗吾は曽祖父の代から続くユニフォームメーカーを営む社長一家の長男として生まれた。といっても上に二人の姉がいる末っ子長男だ。
同じ境遇の多分に漏れず、彼もまた姉たちの横暴に耐えて生きてきた。レディファーストだといって美味しいもの、楽しいことは姉の後、ちょっと口答えをすれば十倍になって返ってくる理不尽。
美人姉妹として有名な姉二人はファッションと恋に夢中のパリピだったが、宗吾はゲーム、PCなどオタク趣味にのめり込む陰キャである。黒縁眼鏡にぼさぼさの髪、中学に入ってから急激に伸びた背の割に痩せぎすな体型で、縦に合わせると横が余るサイズの合わない服も相まってそこはかとなくダサさを醸し出していた。
「うわキモ、こいつ女児向けアニメ見て泣いてる……」
「何その服。外で会っても絶対声かけないでよね」
女児向けアニメと侮るなかれ。逆境を跳ね返す少女たちのひたむきさは大人から見ても感動を呼ぶとネットでも話題になっている。
服に関してはセンスというよりもサイズが体型に合わないのだ。縦にばかり伸びてまったく肉がつかないため、身長に合わせても横幅に合わせてもどうしても不格好になってしまう。
姉たちにとっては目の前にある結果がすべてだ。プロセスや事情は関係ない。
というわけで宗吾少年は順調に現実世界の女に失望し二次元に傾倒していった。
各作品ごとに推しはいたものの、中でも全世界で人気の格闘ゲームのとある女性キャラクターは別格だった。
昼間は事務員、アフターファイブは新人女子プロレスラーとして活動するそのキャラクターに惹かれたのは必然だ。
まず、純粋に見た目が好みだった。自分にないものへの憧れだろうか、宗吾は昔から豊満な肉体に憧れを抱いていた。
見た目もさることながらひとたび事務員の制服を脱ぎ捨てリングコスチュームに身を包んめばコミュ障気味のおどおどとした言動が消え、ヒールレスラーとして堂々とパフォーマンスを見せてくれるというギャップも意外性があっていい。
だから新キャラとして登場した瞬間から迷うことなく持ちキャラにしたし、技や動きの癖が強くけして使いやすいわけではない彼女を使い、オンライン対戦でランキングの上位に食い込むほどやり込んだ。
シリーズ更新時にリストラされたり復活したかと思ったら身体のボリュームが減らされていたという改悪を受けながらも最新作では元の太ましさに戻してくれた公式の計らいに感謝し、家庭用だけでは足りないとアーケードで課金をすることを決め、ゲームセンターに通いつめるようになった。
衣替えが終わって制服が冬服になった十月のある日。いつものように放課後、ゲームセンターを訪れる。
小銭の持ち合わせがなかったため向かった両替機に千円札を入れてる。
出てきた硬貨を一まとめに取ろうとしてうっかり一枚取りこぼしてしまった。床を転がっていく硬貨を追って足を踏み出した時、不意に名前を呼ばれた。
「小田桐くん?」
鈴の音を転がすような優しい響きは聞き間違えるはずもない。
「や、山下さん」
目線を上げると予想通り、密かに憧れていた同じクラスの女子がいた。山下万結。
胸の前で上げた手を小さく振る可憐な姿に思わず天を仰ぎそうになる。ファンサが過ぎる。
見惚れている間に万結が硬貨を拾って差し出してくれた。
憧れのマドンナに拾わせてしまったという申し訳なさを感じながらも、優しさに感動が止まらない。
お礼とお詫びにその百円はもらってほしい。いや、足りない。気持ち的には十万くらいあげたい。
「はい、どうぞ」
歓喜と興奮を押し殺し手を差し出すと、万結は白くてふくふくした手で硬貨を受け渡してくれた。左手は宗吾の手の甲側に
今時コンビニ店員でもここまで丁寧にお釣りを渡してくれない。
手のひらに触れた指先の温もりにぎゅんと心臓が痛くなる。それに手に触ってくれたということは印象は悪くない。少なくともキモ男扱いはされていないはずだと安堵する。様々な感情があふれ出しそうになりつつ、宗吾はどうにか平常心を装った。
「……どうも」
何がどうも、だ。緊張のせいとはいえ、女神に対して不敬である。平身低頭して詫びろ。
自分に自分で腹を立てていると、女神がふわりと笑う。その笑顔、プライスレス。
「どういたしまして」
「山下さんもアーケードゲームとかするんだね」
どうにかもう少し会話を続けることがができないかと考えひねり出した質問に、彼女は首を振った。
「ううん。友達とプリクラ撮りに来たんだ」
「あ、じゃあ、呼び止めたら悪いかな」
「えっと、友達は習い事があるから先に帰ったんだ」
「そうなんだ」
それならまだ話していられるだろうか。期待を抱いた矢先。
「小田桐君はゲームしに来たんだよね」
「えっ、ああ、そう。格ゲー、好きで」
まさか向こうから話題を広げてもらえるとは思わず、しどろもどろになってしまった。悪印象を与えてしまっただろうかと怯えながら表情を盗み見る。
「うちの弟もそうだよ。ゲームセンター行きたがるんだけど、まだ小学生だから」
にこやかに続ける万結に杞憂だったと安堵する。
「それじゃ親御さんはちょっと心配だね」
「うん。今度一緒についていってあげようかなって思ってるんだ」
心根が優しい。彼女の弟は幸せだ。羨ましい。うちの姉どもに爪の垢を煎じて飲ませたい。
同じ境遇の多分に漏れず、彼もまた姉たちの横暴に耐えて生きてきた。レディファーストだといって美味しいもの、楽しいことは姉の後、ちょっと口答えをすれば十倍になって返ってくる理不尽。
美人姉妹として有名な姉二人はファッションと恋に夢中のパリピだったが、宗吾はゲーム、PCなどオタク趣味にのめり込む陰キャである。黒縁眼鏡にぼさぼさの髪、中学に入ってから急激に伸びた背の割に痩せぎすな体型で、縦に合わせると横が余るサイズの合わない服も相まってそこはかとなくダサさを醸し出していた。
「うわキモ、こいつ女児向けアニメ見て泣いてる……」
「何その服。外で会っても絶対声かけないでよね」
女児向けアニメと侮るなかれ。逆境を跳ね返す少女たちのひたむきさは大人から見ても感動を呼ぶとネットでも話題になっている。
服に関してはセンスというよりもサイズが体型に合わないのだ。縦にばかり伸びてまったく肉がつかないため、身長に合わせても横幅に合わせてもどうしても不格好になってしまう。
姉たちにとっては目の前にある結果がすべてだ。プロセスや事情は関係ない。
というわけで宗吾少年は順調に現実世界の女に失望し二次元に傾倒していった。
各作品ごとに推しはいたものの、中でも全世界で人気の格闘ゲームのとある女性キャラクターは別格だった。
昼間は事務員、アフターファイブは新人女子プロレスラーとして活動するそのキャラクターに惹かれたのは必然だ。
まず、純粋に見た目が好みだった。自分にないものへの憧れだろうか、宗吾は昔から豊満な肉体に憧れを抱いていた。
見た目もさることながらひとたび事務員の制服を脱ぎ捨てリングコスチュームに身を包んめばコミュ障気味のおどおどとした言動が消え、ヒールレスラーとして堂々とパフォーマンスを見せてくれるというギャップも意外性があっていい。
だから新キャラとして登場した瞬間から迷うことなく持ちキャラにしたし、技や動きの癖が強くけして使いやすいわけではない彼女を使い、オンライン対戦でランキングの上位に食い込むほどやり込んだ。
シリーズ更新時にリストラされたり復活したかと思ったら身体のボリュームが減らされていたという改悪を受けながらも最新作では元の太ましさに戻してくれた公式の計らいに感謝し、家庭用だけでは足りないとアーケードで課金をすることを決め、ゲームセンターに通いつめるようになった。
衣替えが終わって制服が冬服になった十月のある日。いつものように放課後、ゲームセンターを訪れる。
小銭の持ち合わせがなかったため向かった両替機に千円札を入れてる。
出てきた硬貨を一まとめに取ろうとしてうっかり一枚取りこぼしてしまった。床を転がっていく硬貨を追って足を踏み出した時、不意に名前を呼ばれた。
「小田桐くん?」
鈴の音を転がすような優しい響きは聞き間違えるはずもない。
「や、山下さん」
目線を上げると予想通り、密かに憧れていた同じクラスの女子がいた。山下万結。
胸の前で上げた手を小さく振る可憐な姿に思わず天を仰ぎそうになる。ファンサが過ぎる。
見惚れている間に万結が硬貨を拾って差し出してくれた。
憧れのマドンナに拾わせてしまったという申し訳なさを感じながらも、優しさに感動が止まらない。
お礼とお詫びにその百円はもらってほしい。いや、足りない。気持ち的には十万くらいあげたい。
「はい、どうぞ」
歓喜と興奮を押し殺し手を差し出すと、万結は白くてふくふくした手で硬貨を受け渡してくれた。左手は宗吾の手の甲側に
今時コンビニ店員でもここまで丁寧にお釣りを渡してくれない。
手のひらに触れた指先の温もりにぎゅんと心臓が痛くなる。それに手に触ってくれたということは印象は悪くない。少なくともキモ男扱いはされていないはずだと安堵する。様々な感情があふれ出しそうになりつつ、宗吾はどうにか平常心を装った。
「……どうも」
何がどうも、だ。緊張のせいとはいえ、女神に対して不敬である。平身低頭して詫びろ。
自分に自分で腹を立てていると、女神がふわりと笑う。その笑顔、プライスレス。
「どういたしまして」
「山下さんもアーケードゲームとかするんだね」
どうにかもう少し会話を続けることがができないかと考えひねり出した質問に、彼女は首を振った。
「ううん。友達とプリクラ撮りに来たんだ」
「あ、じゃあ、呼び止めたら悪いかな」
「えっと、友達は習い事があるから先に帰ったんだ」
「そうなんだ」
それならまだ話していられるだろうか。期待を抱いた矢先。
「小田桐君はゲームしに来たんだよね」
「えっ、ああ、そう。格ゲー、好きで」
まさか向こうから話題を広げてもらえるとは思わず、しどろもどろになってしまった。悪印象を与えてしまっただろうかと怯えながら表情を盗み見る。
「うちの弟もそうだよ。ゲームセンター行きたがるんだけど、まだ小学生だから」
にこやかに続ける万結に杞憂だったと安堵する。
「それじゃ親御さんはちょっと心配だね」
「うん。今度一緒についていってあげようかなって思ってるんだ」
心根が優しい。彼女の弟は幸せだ。羨ましい。うちの姉どもに爪の垢を煎じて飲ませたい。
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