上 下
10 / 33

マダム・ジルダの訪問

しおりを挟む
フェリクスとの話を終え、兵士たちを迎えるための手配をすると、ベアトリーチェは自室へ下がった。
すれ違った従僕に、側使えのメイドを呼んでほしい旨伝える。そういえば、もう昼下がりだというのに食事を摂っていない。会合の際に出した軽食はレオンハルトもフェリクスも手を付けなかったから、当然ベアトリーチェもそうした。
朝も彼らを迎える緊張で喉を通らなかったし、昼まで抜いてしまえば体力が持たない。メイドが来たら、残り物で構わないから何か持ってきてくれるように頼もうと考える。
一人になって少し落ち着いた頃、メイドが姿を現した。早速食事を頼もうとするが、何やら報告があるという。
「大臣あてに女性が訪ねてきているようです」
「女性? どういう方なの?」
「それが……いかがわしいと言いますか」
口ごもる彼女を促すと、どうやらやってきた女性というのが娼館の女将らしい。なんでも大臣が幾人かつけを払う期限が過ぎているとかで、会わせろと言ってきかないのだという。
「すぐに行くから、応接室へお通しして」
メイドは何か言いたげな顔をしたものの、ベアトリーチェの意思に従い準備をしに戻っていった。
それから少し時間を置いて、ベアトリーチェは応接室へやってきた。レオンハルトを迎えたのとは別の少し小ぶりな応接室だ。室内に入ると、思いのほか小柄な中年女性が窓辺に仁王立ちしていた。
「お待たせいたしました」
声をかけると、彼女はわずかに目を見開いた。
「……王女様自ら出迎えてくださるとは思わなかったね」
「お探しの者が不在でしたので。よろしければお掛けください」
「どうも」
ローソファに向かい合って座る。
「よろしければお茶かお酒でも?」
「おや、ありがたいことで。王室御用達のお酒をいただけたら、孫の代まで自慢できそうですよ」
ベアトリーチェは背後のメイドに用意を言いつけると、婦人に向き直った。彼女はかつては美人だったのだろうと推察される顔立ちのはっきりした五十がらみの女性で、褪せた金髪を高く結い上げていた。
毛皮の襟巻を細い首に巻き付け、すべての指には本物かどうかはわからないが大きな石のついた指輪をはめている。
「ベアトリーチェです」
「ああ、失礼。私はジルダ。まあ仕事場ではみんな、異国風にマダムと呼びますがね」
「ではマダム・ジルダ。早速ですが……」
聞けば、大臣たちは最初こそ羽振りが良かったものの、姿をくらます前は来月になったら支払うと言ってつけで遊んでいたそうだ。
「行方がわからないのです。執務室を探しましたが、手がかりも何も残っておりませんでした」
「そうでしょうね。ったく、腹の立つ」
マダム・ジルダは口の中でぶつぶつと悪態をつきながら、骨ばった拳を握った。
「ローゼンハイトと休戦がかなったら行方を捜すつもりですから、何かわかり次第お知らせします」
「そうしてもらえると助かりますよ」
話がまとまったところで、マダム・ジルダはテーブルの上の酒を手酌で注ぎ足すとぐいとあおった。そこでベアトリーチェは今しかないと思い、マダムに向かって声をかけた。
「マダム・ジルダ。話は変わるのですが、一つ頼みを聞いてもらえないでしょうか」
ベアトリーチェが切り出すと、マダム・ジルダは眉間に深いしわを刻んだ。
「あたしに頼み事? 王女様が?」
信じられないとでも言いたげな反応だが、娼館の女将だからこそ知りえる知識がある。
「私に男女の機微を教えていただきたいのです」
あっけにとられているマダムに、ベアトリーチェは手短にこれまでの経緯を伝えた。
「つまり、あっちの王様を満足させるための嗜みを知りたいと」
「その通りです」
「あのねえ、あたしが言えた義理じゃないけど、もっと自分を大事にしな」
断られることを予感して、ベアトリーチェは深く頭を下げた。
「私、本気です。もちろん対価はお支払いするので、どうかお願いします」
まだ手元にいくつかの宝飾品が残っている。とりあえず今身につけている真珠の耳飾りを外し、テーブルに置いた。
「他にもあります。後で持ってきますから、どうか。……ヴァレンツァを元通りにしたいんです」
必死で頼み込むと、マダムは根負けしたようにため息をついた。
「……わかったよ。できる限りのことはするから」
それを聞いて、思わず目元に涙がにじむ。
「ありがとうございます」
頭を下げたまま感謝を述べると、マダムが苦笑した。
「なんだか、思ってたのと全然違うじゃないか。噂なんてあてにならないもんだ」
マダムの手ほどきはかなり刺激が強かったが、ベアトリーチェも必死だ。メモを書きつけ時には図もまじえ、教えを頭に叩き込もうとした。
「まあ、基礎の基礎くらいは理解できたんじゃないかい?」
小一時間も経った頃には頭がパンクしそうなくらいだったが、マダムは新人の娘に覚えさせる最低限の知識だという。
支払いは後でもいいと言う彼女の手に真珠の耳飾りを押し付けて、送り出す。
後から必要そうな道具をいくつか届けさせると言い置いて、マダムは帰っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

監禁蜜月~悪い男に囚われて【短編】

乃木ハルノ
恋愛
「俺はアンタのような甘やかされたご令嬢が嫌いなんだよ」 「屈服させるための手段は、苦痛だけじゃない」 伯爵令嬢ながら、継母と義妹によって使用人同然の暮らしを強いられていたミレイユ。 継母と義妹が屋敷を留守にしたある夜、見知らぬ男に攫われてしまう。 男はミレイユを牢に繋ぎ、不正を認めろと迫るが… 男がなぜ貴族を嫌うのか、不正とは。何もわからないまま、ミレイユはドレスを脱がされ、男の手によって快楽を教え込まれる── 長編執筆前のパイロット版となっております。 完結後、こちらをたたき台にアレンジを加え長編に書きなおします。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️ ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...