上 下
7 / 12

7.ツンケンされるのも甘えられてるって気がして悪くない

しおりを挟む
「かわいー、恥ずかしがってるんだろ」

からかってるつもりなら一二発殴ってやろうと思ったのに、啓斗があまりにも邪気のない顔をしていたから拍子抜けする。
セクハラまがいの発言をしながらこんなに穏やかな眼差しをするなんて、どういう反応をしていいか迷ってしまうではないか。

「かわいくなんか……」

照れているのもあるけれど、啓斗に対しても可愛げのない態度ばかりだ。ただの友達だった時の方がまだ優しく振舞えていたような気すらする。
開き直ることもできず、かといってどうやって甘えたらいいか糸口も見つけられない自分が不甲斐ない。
せっかく好きになってくれたのに愛想をつかされるのも時間の問題なんじゃないだろうか。

「ごめん。私、感じ悪いね」

歩み寄りの第一歩としては心もとない。けれどほんの少しでもかわいいに近づきたくて、修正をかける。
正直、かわいいと思われたいなんて自分の柄じゃなくて照れくさい。それでも啓斗の好みに合わせてみるのもいいかなと思っている自分がいた。

「ツンケンされるのも甘えられてるって気がして悪くない」
「えぇ……本気で?」

趣味悪くない? 思わず漏らしそうになったつぶやきを寸前で飲み込む。冗談ではと疑ってみるも啓斗は悪ノリしているわけではなさそうだ。

「本気本気。こう見えて俺、結構モテるんだよな。ちやほやされ慣れてんの」
「まあ、わからないでもないけど」
「大学名とか勤め先を知って目の色変えてアプローチかけてくる女子をどれだけ見てきたか。しかも腹立つのが、俺なら手が届きそうみたいな下心が透けて見えるんだよな」
「ふふ、モテる男はつらいね」

心底嫌そうに顔を歪める啓斗の顔がおかしくて笑ってしまう。
仮にも彼女に対して言うことなのかというのはさておき、啓斗の言い分は理解できる。
妙に人懐っこい所があって、懐に入り込むのが得意。
無遠慮に見えて実は人をよく見ていて、たとえば飲み会でアルハラセクハラがあった時はさっと間に入って助けてあげるとか、ちゃんと気を遣える性格だ。
それを男女問わず誰にでもするから、人気があるのも頷ける。

「ふふ、モテる男はつらいね」

苦々しげに顔を歪めるのがおかしくて吹き出すと、啓斗は面白くなさそうに唇を曲げた。

「彼女なら嫉妬する所じゃねえの?」
「あ、そっか」

普通なら彼氏にモテ自慢をされたら腹が立つのかもしれない。恋人としての自覚が足りないと言われてしまえばその通りだ。

「でも啓斗がモテるのはわかるよ。優しいし」
「優しい?」

妙に愛嬌があって、懐に入り込むのが得意。回しがうまいから啓斗がいるだけで会話のテンポが良くなる。
無遠慮に見えて実は人をよく見ていて、たとえば道に迷っている風のお年寄りや外国人に自分から声をかけたり、飲み会アルハラやセクハラがあった時はさっと間に入って助けてあげるとか、そういうことを当たり前みたいにするのだ。
老若男女問わず誰にでも親切だから人気があるのも頷ける。

「啓斗は誰にでも親切だから、中には勘違いする女の子がいてもおかしくないんじゃないかな」
「お前はそれでいいの?」
「人に好かれるのはいいことだと思うよ」
「……どうでもいい奴に好かれても全然嬉しくないけどな」

なんて傲慢。モテる人の苦労なんて私にはわからないからそう感じるけれど、啓斗がここまで言うからには過去に何か大きなトラブルがあったのかもしれない。

「これからは彼女がいるって牽制できるから楽になるね」
「それはそうだけど、なんで他人事なんだよ。お前、本当に彼女の自覚ある?」

元気づけたつもりなのに、反対に機嫌を損ねてしまったようだ。

「ある……と思いたい」

話題が話題だけに認めることもできず、苦し紛れの返答をすると、啓斗は肩をすくめた。

「もし俺のこと男だって意識してたら、こうやって平気な顔してベッドにいられないよな」

どこか諦めの感情をにじませ、拗ねたようにこぼす。
啓斗はまるで私が何も考えていないみたいに言うけれど、恋人同士がベッドに上がったら何が起こるかわからないほど鈍感でもうぶでもない。
さっきから動揺させるようなことばっかり言うのに、どこかで一線引かれていると感じてしまう。もちろん私がうまく受け答えできないせいだろうというのは理解している。

「啓斗はわかってない」
「紗矢?」

挑みかかるように見上げると、啓斗は目を瞬かせた。
乾いた唇の上下を合わせて潤いを与えてからもう一度開く。

「私、啓斗が思ってるよりちゃんと考えてるんだからね」

下りた前髪の向こうで、啓斗が目尻をぴくりと震わせた。

「じゃあ教えて」
「そういうことになってもおかしくないって、ちゃんとわかってるよ」

かなり濁したけれど、ここまで言えば伝わるはずだ。心臓がせわしない音を立てている。啖呵を切ったものの、内心はひどく落ち着かない。

部屋に沈黙が落ち、言わなければよかったと後悔し始めた頃、やっと啓斗が口を開いた。

「付き合った初日に一線越えてもいいんだ」
「荒療治というか、その方がかえって恥ずかしくないのかなって」

時間が空けばごちゃごちゃ考えてしまうから、多少勢いに任せるくらいの方がかえってうまくいくんじゃないかと思うのだ。

「でも啓斗の都合もあるだろうし、私も今下着上下揃ってるかわからないし……あっ、さすがに避妊はしてもらわないと困る!」

羞恥と動揺のあまり余計なことをしゃべり過ぎている。同時にしゃべり続けることでなんとか平静を保っているという側面もあった。

「それ、全部クリアしてるって言ったら、今日でもいい?」

やっぱり今日じゃない方がいいかもしれないと思い始めた私より先に、啓斗が告げる。
つまり、持ってきているということだ。つくづく用意周到過ぎる。

「……最初からそういうつもりだったんだ」
「そういうわけじゃないけど何があるかわからないだろ。いざという時になかったら困るし、念のため一個だけ持ってきたんだよ」

若干引きながら頬を引きつらせるも、啓斗はあっけらかんと答える。

「足りないならコンビニまで行って買ってくるけど?」
「ちょっと!」

かっと頬を火照らせながら啓斗の横腹を小突く。痛ェ、と言いながらも啓斗の顔には喜色が浮かんでいる。その嬉しそうに緩んだ表情を見ていたらやっぱりやめたなんて意地を張るのも馬鹿らしくなってしまう。

「しょうもないこと言ってないで、するの? しないの?」

胸をそらしてつんと顎を上げた私を引き寄せ、背中に啓斗が腕を回してくる。なだめるようなキスが頬に落ちて、そのままゆっくり耳元にすべっていく。

「したい。しよ?」

甘い誘いに精一杯の強がりが揺らいで、小さく頷くことしかできなかった。
背中を支えられた状態で、シーツの上に横たえられる。顔の横についた手で体重を支えながら、啓斗がゆっくりと顔を近づけてくる。瞼を伏せると同時に唇に温もりが触れた。
そろそろ慣れてもいいくらいなのに全然そんな気配はなくて、むしろ啓斗のキスがどういうものかわかっている今の方がより身構えてしまう。

舌でなぞられるくすぐったさも、舌先を噛まれる甘い痛みももう知っている。どの刺激がもたらされるのか、不安と期待が入り乱れてうなじが疼くような心地がした。
お互いの唾液がまじり合う濡れた音が鼓膜をくすぐる。

「は、ぁ、ぅんん……っ」

覆いかぶさる胸に縋りつきながら必死にキスに応えるも、舌を吸い出され、熱い口内に迎え入れられると鼻に抜けるような嬌声が漏れてしまう。
徐々に体が脱力していき、指を握ったままでいることすら難しくなっている。指先から啓斗の着ているTシャツの布地が離れるかどうかという時、口づけが止んだ。

「あー、あちぃ」

低い声が耳朶を打ったかと思えば、ばさりと音がして風が起こる。遅れて瞼を上げると上半身を露出させた啓斗がこちらを見下ろしていた。
求められているとありありと伝わってくる余裕のない眼差しに思わず息を呑んだ。

「紗矢は?」
「え……」
「脱がしてほしい? それとも自分で脱ぐ?」

どっちにしても恥ずかしいことには変わりがない。わざわざ言われなかったら流れでどうにかしたのに、こうして二択を突きつけられると考えざるを得ない。
なんて意地悪な質問なんだろうと唇を噛むような思いでどちらがマシか、検討する。

「自分、で……」

脱がせて、なんて可愛く甘えるなんて私のキャラじゃない。それなら潔く自分から脱いだ方がいい。ワンピースの裾に手を伸ばすけれど、無遠慮な目線にさらされているせいでそれ以上動けない。

「早く。脱ぐとこ見せて」
「そんなに急かされたら脱ぎにくいでしょ」
「普通見るだろ」
「いいからカーテン閉めてきて」

苦し紛れに仕事を与えると、啓斗は不満そうにしながらもベッドを下りて窓辺に向かう。とはいえ1Kの間取りではそう時間があるわけじゃない。
啓斗の後ろ姿を気にしながら素早くワンピースを脱ぎ、体の前面を覆う。
カーテンを閉めて戻って来た啓斗が待ちかねたようにベッドに飛び乗ってくる。薄明かりの下、ゆらゆら揺れる視界に肌色が現れたと認識するや、肩を押された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...