[完結]夢わたる恋模様

深山ナオ

文字の大きさ
上 下
68 / 76
第五章 二人の行方

お見舞い

しおりを挟む
 三年生が巣立っていった学び舎で授業を受け終えた僕は、放課後、急ぎ足で病院を訪れた。

 病室の前で素早く呼吸を整え、ノックする。 

「明希、入るぞ」
「どうぞーっ」

 返ってきたのは、しっかりとした明希の声。
 明希の容体に異変が無かったことに少しだけ安堵し、ドアを開ける。

「渡、いらっしゃい」

 ベッドから上半身を起こして笑顔で迎えてくれた明希。

 今は点滴をしていない。

 だが、彼女は病院のパジャマ姿だ。

「……体起こして大丈夫なのか?」

 明希の傍まで歩み寄りながら訊ねる。
 明希は困ったように眉を寄せながら口を開いた。

「このくらい大丈夫だよ。心配性だなぁ、渡は」
「そりゃ……」

 言いかけて、口を閉じる。

 どうしても心配はしてしまう……。
 何にも手が付かない程に。

 けど、僕がここに足を運んだのは、明希を励ますため。
 明希と一緒に前を向くためだ。

 だから僕は、心配事を飲み込んで、明希の頭をそっと撫でた。

「約束通り、ちゃんと学校行ってきたぞ」
「うん、えらい! さすがアタシの彼氏」

 明希はめいいっぱい腕を伸ばして撫で返してくる。
 されるがままに撫でられてから、パイプ椅子に腰を下ろす。
 
「今日はね、栞ちゃんが来てくれたんだー」

 栞ちゃん――仲手川栞なかてがわしおりさんはこの病院で入院中の中学生だ。
 大人しくて読書好きな子。

「それでね、栞ちゃん、アタシに本貸してくれたの。サキのショートショート集。読み終わったらまた別の本貸してくれるって言うし、退屈しないで済みそうだよ」
「そうか。仲手川さんに感謝だな。……でも、活字中毒になる前に退院するんだぞ」

 そんなことを言ったタイミングで。

「お邪魔します―」

 病室に入ってきたのは、私服姿の女の子。
 
 臙脂色のパーカーに、色の濃いジーンズ。そして、赤いスニーカーを履いている。

 髪をポニーテールに結っていて、女子にしては少し背が高い。

 服装と相まって、カッコいい立ち姿だ。
 
「あっ、ハルちゃん!」

 そう、入ってきたのは九重春風ここのえはるかぜさんだった。


「お、天瀬くんもおるやん。久しぶりー」

 愛想よく手を振ってくる九重さん。

 クリスマス会の時に会ったときよりずいぶんと顔色が良い。
 その時に感じた痩身な印象も随分と薄らいでいる。

「ん。九重さん、久しぶり」
 
 片手を挙げつつ言葉を返す。

 九重さんは一つ頷いて、ポニーテールを揺らしながら、僕たちの方へ近づいてくる。

「ハルちゃん、来てくれてありがとっ」
「明希ちゃん、うちのお見舞いにもいっぱい来てくれたからなー。今度はアタシの番や」

 二カッと白い歯を見せる九重さん。

 そっか、九重さん退院したんだ。

 彼女の元気そうな様子を見ているうちに思い出した。 
 クリスマス会の時に彼女は退院できるかもと話していたことを。

「うち、イチゴ持ってきたんよ。明希ちゃん、食べれるか?」
「うんっ! ハルちゃんありがとっ」

 イチゴの入ったタッパーを取り出して明希に差し出す。
 美味しそうにイチゴを食べる明希を見ながら九重さんは言葉を紡ぐ。

「うちも栞も――病院の皆、明希のこと応援してるから。早く元気になってなー」 

 九重さんの言葉に、明希は力強く頷く。

「元気になるよ! 絶対っ!」
「ええで明希ちゃん、その意気やー」

 明希と笑い合った後、九重さんは窓の外に目を向ける。

「明希ちゃんが退院したら、一緒に服買いにでもいこか」
「うんっ。行きたいな、ハルちゃんと買い物」
「ほな、約束なー! うちが明希ちゃんに似あう服、たーんと選んだる。天瀬くんもメロメロや」
「おぉー、楽しみー」

 九重さんの甘言に目を輝かせる明希。

「僕はすでにメロメロだけどね」

 彼女たちの会話に一言、口を挟んでみた。
 
「やーんっ」

 照れた明希が僕をバシバシと叩いてくる。

「うわ、目の前で惚気のろけられてる! これだからリア充はっ!」

 九重さんは額を抑えて大げさにリアクションを取ってみせた。



   ♢
 


 他の日も如月さんをはじめとした明希の友達や、クラスメイト達がお見舞いに来てくれた。

 やがて、終業式を迎え、僕は春休みに入った。
 
 明希と一緒にいられる時間が増えた。

 それは嬉しくもあったけれど、病院で過ごさなければならない事には悔しさを感じた。

 そして。

 三月の終わり、明希の手術の日を迎えた。

 八時間にも及ぶ大手術だった。

 手術は成功した。
 成功した、はずだった。

 手術以降、明希が目を覚ますことは無く――命の灯は消えてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私のことなど、ご放念くださいませ!

風見ゆうみ
恋愛
私の住む世界では、貴族は犬を飼うことが当たり前で、賢い犬がいる家に一目置くというしきたりがある。 幼い頃から犬と念話ができる私は、どんな暴れ犬でも良い子になると、国内では評判が良かった。 伯爵位を持つ夫、ノウルと大型犬のリリと共に新婚生活を始めようとしていたある日、剣の腕を買われた夫が出兵することになった。 旅立つ日の朝、彼は私にこう言った。 「オレは浮気をする人は嫌いだ。寂しいからといって絶対に浮気はしないでほしい」 1年後、私の国は敗戦したが、ノウル様は無事に戻って来た。 でも、彼の横には公爵令嬢が立っていた。その公爵令嬢は勝利国の王太子の妻として捧げられる予定の人。そんな彼女のお腹の中にはノウル様との子供がいるのだと言う。 ノウルは公爵令嬢を愛人にし、私との結婚生活を続けると言う。王家は私にノウル様が公爵令嬢を身ごもらせた責任を取らせると言い出し、公爵令嬢の代わりに冷酷で有名な王太子の嫁にいけという。 良いわよ、行きますとも! 私がいなくなれば、困るのはあなたたちですけどね! ※R15は保険です。誤字脱字、気を付けているつもりですが、やはりございます。教えていただけますと幸いです。

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

泣き虫令嬢は今日も婚約者の前から姿を消す

キムラましゅろう
恋愛
泣き虫カロリーナは食べる事と婚約者の第二王子ライオネルが大好きな由緒正しき伯爵家の令嬢。 十六歳になり、フィルジリア上級学園に期待に胸を膨らませて入学するも、そこでライオネルの女性の好みは細っそりとしたスレンダー美人で、婚約者であるカロリーナに不満を抱いているという話を耳にしてしまう。 カロリーナは名前の呪いか高カロリーな食べ物が大好き。 体型も“ややぽちゃ”というライオネルの好みとは正反対だ。 おまけにライオネルの側には常に彼の理想を具現化したような女子生徒が側にいて……。 ライオネルとキャッキャウフウフの学園生活を送れると思っていたカロリーナは心機一転、痩せるまでは婚約者の前に姿を現さないと決める。 天賦の才か祖父仕込みか隠れんぼが得意なカロリーナの珍妙な学園生活が始まる。 作者は元サヤハピエン溺愛主義でございます。 いつも無理やりこじつけからの〜捻じ曲げて元サヤに持って参りますので、アンチ元サヤの方はそっ閉じをお勧めいたします。 いつもながらの完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 誤字脱字も大変多いです(断言)何卒ご了承のほどお願い申し上げます。 コレらの注意事項をよくお読みになられて、用法用量を守って正しくお読みくださいませ。 小説家になろうさんでも投稿しています。

会えないままな軍神夫からの約束された溺愛

待鳥園子
恋愛
ーーお前ごとこの国を、死に物狂いで守って来たーー 数年前に母が亡くなり、後妻と連れ子に虐げられていた伯爵令嬢ブランシュ。有名な将軍アーロン・キーブルグからの縁談を受け実家に売られるように結婚することになったが、会えないままに彼は出征してしまった! それからすぐに訃報が届きいきなり未亡人になったブランシュは、懸命に家を守ろうとするものの、夫の弟から再婚を迫られ妊娠中の夫の愛人を名乗る女に押しかけられ、喪明けすぐに家を出るため再婚しようと決意。 夫の喪が明け「今度こそ素敵な男性と再婚して幸せになるわ!」と、出会いを求め夜会に出れば、なんと一年前に亡くなったはずの夫が帰って来て?! 努力家なのに何をしても報われない薄幸未亡人が、死ぬ気で国ごと妻を守り切る頼れる軍神夫に溺愛されて幸せになる話。 ※完結まで毎日投稿です。

【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。

まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」 そう言われたので、その通りにしたまでですが何か? 自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。 ☆★ 感想を下さった方ありがとうございますm(__)m とても、嬉しいです。

男女比1:10000の貞操逆転世界に転生したんだが、俺だけ前の世界のインターネットにアクセスできるようなので美少女配信者グループを作る

電脳ピエロ
恋愛
男女比1:10000の世界で生きる主人公、新田 純。 女性に襲われる恐怖から引きこもっていた彼はあるとき思い出す。自分が転生者であり、ここが貞操の逆転した世界だということを。 「そうだ……俺は女神様からもらったチートで前にいた世界のネットにアクセスできるはず」 純は彼が元いた世界のインターネットにアクセスできる能力を授かったことを思い出す。そのとき純はあることを閃いた。 「もしも、この世界の美少女たちで配信者グループを作って、俺が元いた世界のネットで配信をしたら……」

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

処理中です...