[完結]夢わたる恋模様

深山ナオ

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第四章 幸せな日々

試験の日①

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 その日、僕はスマホを頻繁に確認して、連絡が来るのを待っていた。
  
 そう、その日は大学入学共通テストの日だったのだ。

 週末、二日間かけて行われるテストの一日目。

 明希が試験を頑張っている中、僕は祈ることしか出来ない。

 ああ、なんてもどかしい時間なんだ!

「……ぃ、ねえ……にい……。……おにいってばっ!」

 至近距離で聞こえた強い声に、僕は思わずスマホを落としそうになる。

「おにい、どうしちゃったの? リビングぐるぐる歩き回って」

 声の主は僕の妹、詩だった。
 黒のモコモコした部屋着をまとい、ショートの髪を向日葵ひまわりモチーフの髪留めで留めている。

 一つ年下の小柄な妹は、不審そうに目を細め、僕に問いかけていた。

「いや、なんでもない……なんでもないんだ」
「……なんでもない人はそんなに部屋の中を歩き回らないと思う」

 淡白に言い放つ詩。
 僕もそう思います。
 
 普段あまり話さない妹が話しかけてきたのは狭い室内を歩き回る兄の奇行に耐えかねたからという訳か。

 と、心の中だけで落胆していたら。

「……考え事? もしかして、なんか悩んでる?」
 
 少しだけ優しい口調で訊ねてくる詩。
 もしかして、心配してくれてる?
 
 妹がちらつかせた優しさの片鱗に気を良くする兄です。ちょろい。
 僕の口はすっかり緩んでいた。

「いや、考え事でも悩んでるわけでもないんだ。ただ……落ち着かなくて」
「落ち着かない? なんで?」
「今日、大学入学共通テストの日だろ?」
「ん……それが?」
「いや、僕の彼女がその試験を受けてるんだ。今、この瞬間に」
「へえ彼女……彼女!?」

 首を傾げっぱなしだった詩が目を見開いて仰天する。

「おにい、彼女いたの⁉」

 勢いよく僕に詰め寄ってくる詩。
 そんな詩に僕は頷きを返す。

「ああ」
「モニターの中の話?」
「違う! リアルの話だ!」
「……月いくら払ってるの?」
「お金の関係じゃない‼」
「嘘でしょ……」

 言って、詩は床にへたり込む。
 そんなに僕に彼女がいるのがおかしいか?

「おい、大丈夫か?」

 僕はぺたんと座っている詩に手を差し伸べる。
 詩は少し間を置いた後、僕の手を取った。

「……大丈夫。おにいに彼女って聞いて大爆笑しちゃっただけだから。膝が」
「そんなにあり得ない事だったか」

 彼女って聞いてから詩、珍しく口数多いしな。
 どんだけ驚いてるんだ。

「で、その彼女さんが大事なテストを受けてるから心配で心配でたまらない、と」
「ああ。そうなんだ。理解が早くて助かる」
「……一応、おにいの妹だから」

 視線を逸らし、小さく呟く詩。

「詩かわ」
「は? キモッ」
「すみません」

 向けられた鋭い死線に速攻で謝る僕。情けなっ。

 詩は呆れたように溜め息をつく。

「まあ、おにいの気持ちはわかるけどさ……おにいがリビングを何百周しようと、彼女さんの点数は一点も上がんないよ?」
「うん。それはわかってる。でも、本当に落ち着かなくて」
「ん……だったらさ、私が気を紛らわせてあげる」

 そう言って、詩は僕の服を引っ張る。

「おいっ、どこ行くんだよ」

 僕の問いに、詩は俯きがちに前を向いたままぼそりと答えた。

「……私の部屋」
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