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第三章 恋人になった
別れ話
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早朝の通学路を歩いているうちに、やるべきことがもう一つあることに思い至った。
スマホを取り出して、メッセージを入力する。
相手は如月さん。
僕は咲野さんと付き合うにあたって、咲野さんの親友である二条院さんと交渉をした。
二条院さんが如月さんを敵視するのをやめるなら、僕は咲野さんと付き合う、と。
けれど、僕は今から咲野さんを……。
それはつまり、二条院さんとの交渉を一方的に破棄することになる。
二条院さんはきっと僕を恨むだろうし、如月さんにとばっちりが行かないとも限らない。
僕の決意は変わらないけれど、行動を起こす前に如月さんへの説明をしておくべきだ。
だから、僕は如月さんにメッセージを書いた。
僕が本当に好きなのは、明希だったこと。
これから咲野さんに別れを告げること。
その影響で、如月さんと二条院さんとの関係までまた悪化させてしまうかもしれないこと。
結局、僕がしたことは無意味どころか悪手でしかなかったこと。
今思い浮かぶ全てを羅列し、如月さんへの謝罪を記した。
それを一度だけ読み返し、書きなぐった割には意味の通じる言葉になっていることを確認する。
そして、送信ボタンを押したところで、学校へとたどり着いた。
♢
早朝の教室には、まだ誰もいなかった。
スマホを見ると、如月さんからの返信が届いていた。
静謐な室内に佇みながら、僕はそれに目を通す。
「メッセージ、全て確認したわ。まず一つ言いたいのだけれど、天瀬くんは、私のためを思って行動してくれたのでしょう? だったら、謝る必要はないわ。そして、天瀬くんの選択……あなたが咲野さんではなく明希さんを選ぶことに対しても、私に異存はないわ。確かに、今回の事でまた二条院さんとの関係は悪化するかもしれないけれど……別の解決方法を探っていくわ。その時あなたの力が必要になったら……必要でなくても相談すると思うけれど、また力を貸してくれるかしら?」
読み終えて、僕はすぐに返信を送る。
「ありがとう、如月さん。僕の力なんかちっぽけだけれど……でも全力でやるから」
少しして、如月さんからの返信が届いた。
「うん。頼りにしてるわ。あ、でも……これからは、明希さんのことを優先してあげるのよ。私のことなんかよりも、ずっと。それこそ一番に、明希さんと向き合ってあげて。あなたたちの幸せを祈ってるわ」
励ましのメッセージに胸を熱くしながら、スマホをしまう。
やがてドアが開かれ、登校してきた彼女が姿を現した。
「おはよう、咲野さん」
僕の挨拶を聞いて、咲野さんの表情が歪む。
「……優って呼んでくれないんだね」
戦慄く唇を必死に開いて、咲野さんはそう問うてくる。
僕は咲野さんの目を見て、はっきりと伝える。
「僕はもう、咲野さんを優とは呼べない」
その言葉で、咲野さんの瞳が潤み始める。
それでも咲野さんは目を逸らさずに、しっかりと僕を見つめ返している。
「わたし、本気だったんだよ? 付き合っちゃわないって、軽い感じで言ったけど、ちゃんと本気だったんだよ?」
胸元でぎゅっと両手を握って、訴えかけてくる。
僕はそれに一度頷く。
「……伝わってた。ちゃんと伝わってたよ、咲野さん」
「なら……」
「でもっ!」
咲野さんの言葉に被せて、僕は言葉の先を口にする。
「僕には、好きな人がいる……星川明希のことが、好きなんだ。そのことに、昨日、ようやく気が付いたんだ。昨日になって、ようやく……」
「そっか……昨日の、あの子……」
「……」
僕が首肯するのを見て、咲野さんが目を伏せる。
そして、下を向いたまま小さく呟く。
「……好きな人の幸せを願えない……わたし、渡くんの恋を応援できない。最低だ……」
「最低なのは、僕だ」
「そうだよ。最低だよ……」
「……」
スカートの裾をぎゅっと握りながら消え入りそうな声で恨み言を吐く咲野さんに、僕は言葉を返せない。
閉口する僕に咲野さんは、縋るような目を向けてくる。
「今ならまだ戻れるよ。最低じゃなくなれるよ。わたし、聞かなかったことにできる」
「……もう決めたんだ。明希の事が好きだから、咲野さんと別れるって」
「っ……」
咲野さんが唇を噛む。同時に、目の端から雫が零れ落ちた。
そうなることはわかっていたけれど――。
目を逸らそうとする衝動に抗って、僕も唇を嚙む。
咲野さんは、制服の袖で涙を拭う。
けれども、拭っても拭っても零れ落ちてくるので、ついには拭うのをやめ、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、僕を見据えてくる。
「っ……わたし……っぐ……もっと、渡くんと一緒に居たかった……」
嗚咽交じりの咲野さんの訴え。
「ごめん……」
僕は咲野さんに謝ることしか出来ない。
「……せっかく……せっかく、渡くんと付き合えたのに……」
「ごめん……」
「これからのことっ……全部全部、楽しみにしてたのにっ」
「本当に、ごめん……」
言葉にも瞳にも熱は籠っている。けれど僕を嫌う意思なんてものはひとっつも入っていない。その実感が、僕の胸を締め付ける。
「わたしっ、渡くんのこと、絶対忘れられないよ……それでも、ぐずっ……渡くんは決めちゃったんだよね。もう、考えは変わらないんだよね?」
その問いかけに、僕は頷く。一度だけ、けれど、はっきりと。
それを見て、咲野さんは後ろを向いた。
僕に背中を向けたまま、彼女は言葉を紡ぐ。
「わたし、帰るね。これ以上恨み言言ってても仕方ないから……渡くんとは、これでお別れ……明日からは普通のクラスメイト。そういうことだから……」
震える肩、弱々しい声。けれど、嗚咽は堪えていた。
「咲野さん……」
僕の呟きを最後に、咲野さんは教室を出ていく。
早朝の廊下に響く足音は、教室内にいる僕の耳にもはっきりと届いてきた。
それは一瞬のうちに遠くなり、消えた。
スマホを取り出して、メッセージを入力する。
相手は如月さん。
僕は咲野さんと付き合うにあたって、咲野さんの親友である二条院さんと交渉をした。
二条院さんが如月さんを敵視するのをやめるなら、僕は咲野さんと付き合う、と。
けれど、僕は今から咲野さんを……。
それはつまり、二条院さんとの交渉を一方的に破棄することになる。
二条院さんはきっと僕を恨むだろうし、如月さんにとばっちりが行かないとも限らない。
僕の決意は変わらないけれど、行動を起こす前に如月さんへの説明をしておくべきだ。
だから、僕は如月さんにメッセージを書いた。
僕が本当に好きなのは、明希だったこと。
これから咲野さんに別れを告げること。
その影響で、如月さんと二条院さんとの関係までまた悪化させてしまうかもしれないこと。
結局、僕がしたことは無意味どころか悪手でしかなかったこと。
今思い浮かぶ全てを羅列し、如月さんへの謝罪を記した。
それを一度だけ読み返し、書きなぐった割には意味の通じる言葉になっていることを確認する。
そして、送信ボタンを押したところで、学校へとたどり着いた。
♢
早朝の教室には、まだ誰もいなかった。
スマホを見ると、如月さんからの返信が届いていた。
静謐な室内に佇みながら、僕はそれに目を通す。
「メッセージ、全て確認したわ。まず一つ言いたいのだけれど、天瀬くんは、私のためを思って行動してくれたのでしょう? だったら、謝る必要はないわ。そして、天瀬くんの選択……あなたが咲野さんではなく明希さんを選ぶことに対しても、私に異存はないわ。確かに、今回の事でまた二条院さんとの関係は悪化するかもしれないけれど……別の解決方法を探っていくわ。その時あなたの力が必要になったら……必要でなくても相談すると思うけれど、また力を貸してくれるかしら?」
読み終えて、僕はすぐに返信を送る。
「ありがとう、如月さん。僕の力なんかちっぽけだけれど……でも全力でやるから」
少しして、如月さんからの返信が届いた。
「うん。頼りにしてるわ。あ、でも……これからは、明希さんのことを優先してあげるのよ。私のことなんかよりも、ずっと。それこそ一番に、明希さんと向き合ってあげて。あなたたちの幸せを祈ってるわ」
励ましのメッセージに胸を熱くしながら、スマホをしまう。
やがてドアが開かれ、登校してきた彼女が姿を現した。
「おはよう、咲野さん」
僕の挨拶を聞いて、咲野さんの表情が歪む。
「……優って呼んでくれないんだね」
戦慄く唇を必死に開いて、咲野さんはそう問うてくる。
僕は咲野さんの目を見て、はっきりと伝える。
「僕はもう、咲野さんを優とは呼べない」
その言葉で、咲野さんの瞳が潤み始める。
それでも咲野さんは目を逸らさずに、しっかりと僕を見つめ返している。
「わたし、本気だったんだよ? 付き合っちゃわないって、軽い感じで言ったけど、ちゃんと本気だったんだよ?」
胸元でぎゅっと両手を握って、訴えかけてくる。
僕はそれに一度頷く。
「……伝わってた。ちゃんと伝わってたよ、咲野さん」
「なら……」
「でもっ!」
咲野さんの言葉に被せて、僕は言葉の先を口にする。
「僕には、好きな人がいる……星川明希のことが、好きなんだ。そのことに、昨日、ようやく気が付いたんだ。昨日になって、ようやく……」
「そっか……昨日の、あの子……」
「……」
僕が首肯するのを見て、咲野さんが目を伏せる。
そして、下を向いたまま小さく呟く。
「……好きな人の幸せを願えない……わたし、渡くんの恋を応援できない。最低だ……」
「最低なのは、僕だ」
「そうだよ。最低だよ……」
「……」
スカートの裾をぎゅっと握りながら消え入りそうな声で恨み言を吐く咲野さんに、僕は言葉を返せない。
閉口する僕に咲野さんは、縋るような目を向けてくる。
「今ならまだ戻れるよ。最低じゃなくなれるよ。わたし、聞かなかったことにできる」
「……もう決めたんだ。明希の事が好きだから、咲野さんと別れるって」
「っ……」
咲野さんが唇を噛む。同時に、目の端から雫が零れ落ちた。
そうなることはわかっていたけれど――。
目を逸らそうとする衝動に抗って、僕も唇を嚙む。
咲野さんは、制服の袖で涙を拭う。
けれども、拭っても拭っても零れ落ちてくるので、ついには拭うのをやめ、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、僕を見据えてくる。
「っ……わたし……っぐ……もっと、渡くんと一緒に居たかった……」
嗚咽交じりの咲野さんの訴え。
「ごめん……」
僕は咲野さんに謝ることしか出来ない。
「……せっかく……せっかく、渡くんと付き合えたのに……」
「ごめん……」
「これからのことっ……全部全部、楽しみにしてたのにっ」
「本当に、ごめん……」
言葉にも瞳にも熱は籠っている。けれど僕を嫌う意思なんてものはひとっつも入っていない。その実感が、僕の胸を締め付ける。
「わたしっ、渡くんのこと、絶対忘れられないよ……それでも、ぐずっ……渡くんは決めちゃったんだよね。もう、考えは変わらないんだよね?」
その問いかけに、僕は頷く。一度だけ、けれど、はっきりと。
それを見て、咲野さんは後ろを向いた。
僕に背中を向けたまま、彼女は言葉を紡ぐ。
「わたし、帰るね。これ以上恨み言言ってても仕方ないから……渡くんとは、これでお別れ……明日からは普通のクラスメイト。そういうことだから……」
震える肩、弱々しい声。けれど、嗚咽は堪えていた。
「咲野さん……」
僕の呟きを最後に、咲野さんは教室を出ていく。
早朝の廊下に響く足音は、教室内にいる僕の耳にもはっきりと届いてきた。
それは一瞬のうちに遠くなり、消えた。
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