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31 苦いコーヒー
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その日、テレビのアナウンサーが梅雨入りを伝えていた。
早めに起きた祐一は、しっかり朝食をとって、いつもより少しだけ念入りに身だしなみを整えていた。
綾香と映画を見るのは楽しみだし、夜霧とも、友達としてなら楽しみたい。
「まあ、ちび二人もいるしな……」
夜霧の妹弟――小学生二人がいれば、夜霧とすぐにどうこうということにはならないだろう……。
一抹の不安を残し外に出ると、弱い雨が音も無く視界に細い線を描いていた。
映画館は電車で二駅離れた街にある。みんなとは駅前で待ち合わせだ。綾香とも、今日は待ち合わせなので、祐一は一人で出発した。
待ち合わせの十五分前、駅前に到着した。
まだ弱い雨が降り続いている。
駅舎の庇に入り、傘を閉じる。
スマホを取り出し、駅に到着したことをグループチャットで伝える。すぐに一つ既読がついて。
「わたしももう着いてるよ~」
綾香からの返信が表示された。
顔を上げて辺りを見回す。外にはいない。
となると駅舎の中か。
傘の水滴を落とし、中に入る。
すると。
待合室のイスの前できょろきょろしている綾香の姿を見つけた。
その直後に綾香と視線が重なり合う。
綾香の表情が和らいだ。
「ゆーいち! こっち!」
長い黒髪をかすかに揺らしながら手を振って自分の存在を主張する綾香。イエローのブラウスが爽やかだ。
祐一も軽く手を上げて、綾香の元に近寄る。
「早いな」
「楽しみだったから」
「そうか」
朗らかに笑う綾香にそれだけ返した後。祐一は少し目線を逸らしつつ、言葉を続けた。
「えっと、服……」
「服?」
「……似合ってる」
「……」
目をしばたたかせた後。
褒められたのだと認識した綾香の顔に、幸せの色が満ちる。
「えへへ~このスカート、おニューなんだ~」
言って、その場でくるっと回ってみせる綾香。水色のスカートがふわりと膨らむ。
その無邪気な様子に祐一もつられて頬が緩んだ。
「なんか、いいね」
綾香が唐突に言う。
「ん? 何がだ?」
「こうやって待ち合わせして、服褒めてもらって……なんか――」
綾香が祐一の瞳を覗き込む。そして、続きをそっと囁いた。
「――デートみたい」
その囁きに心臓が跳ねる。
周囲の騒音が、消えた。
「そう、だな……」
なんとか言葉を絞りだし、祐一は夢から覚めるように我に返った。
綾香から視線を外す。頬が熱い。
たまたま視線の先に自販機を捉え、
「ジュースでも飲むか? まだ時間あるし」
それを指差しながら、祐一が綾香に訊ねる。
綾香が頷き返し、二人は自販機の前へ足を運ぶ。
「どれにする?」
「うーんと……あ、ココアにしよっ」
「ココアね」
財布を取りだそうとする綾香を制し、祐一が先にお金を入れ、ボタンを押す。
「いいの?」
「ああ」
「ありがと。……あったかーい」
受け取った缶を両手で包む。今日は少し肌寒い。
祐一もコーヒーを買って、二人並んでイスに座る。
さっきの言葉で心臓が高鳴った今の祐一にとっては、この距離でさえも意識してしまう距離だ。
祐一はプルタブを開け、缶を呷った。
口に含んだコーヒーの苦みが祐一の気持ちを少し落ち着かせる。
その隣では、綾香がココアを飲み、その甘さに幸せそうに浸る。
「うん、おいしい。祐一も飲む?」
言いながら、缶を差し出してくる。
それは――間接キス……。
……今更気にするものでもないけれど……。
「いや、いい……」
「そ? おいしいのに」
綾香は缶を引っ込め、自分の口に運んだ。
それを横目に、祐一も缶に口をつける。
二口目のコーヒーは一口目よりも苦く感じられた。
早めに起きた祐一は、しっかり朝食をとって、いつもより少しだけ念入りに身だしなみを整えていた。
綾香と映画を見るのは楽しみだし、夜霧とも、友達としてなら楽しみたい。
「まあ、ちび二人もいるしな……」
夜霧の妹弟――小学生二人がいれば、夜霧とすぐにどうこうということにはならないだろう……。
一抹の不安を残し外に出ると、弱い雨が音も無く視界に細い線を描いていた。
映画館は電車で二駅離れた街にある。みんなとは駅前で待ち合わせだ。綾香とも、今日は待ち合わせなので、祐一は一人で出発した。
待ち合わせの十五分前、駅前に到着した。
まだ弱い雨が降り続いている。
駅舎の庇に入り、傘を閉じる。
スマホを取り出し、駅に到着したことをグループチャットで伝える。すぐに一つ既読がついて。
「わたしももう着いてるよ~」
綾香からの返信が表示された。
顔を上げて辺りを見回す。外にはいない。
となると駅舎の中か。
傘の水滴を落とし、中に入る。
すると。
待合室のイスの前できょろきょろしている綾香の姿を見つけた。
その直後に綾香と視線が重なり合う。
綾香の表情が和らいだ。
「ゆーいち! こっち!」
長い黒髪をかすかに揺らしながら手を振って自分の存在を主張する綾香。イエローのブラウスが爽やかだ。
祐一も軽く手を上げて、綾香の元に近寄る。
「早いな」
「楽しみだったから」
「そうか」
朗らかに笑う綾香にそれだけ返した後。祐一は少し目線を逸らしつつ、言葉を続けた。
「えっと、服……」
「服?」
「……似合ってる」
「……」
目をしばたたかせた後。
褒められたのだと認識した綾香の顔に、幸せの色が満ちる。
「えへへ~このスカート、おニューなんだ~」
言って、その場でくるっと回ってみせる綾香。水色のスカートがふわりと膨らむ。
その無邪気な様子に祐一もつられて頬が緩んだ。
「なんか、いいね」
綾香が唐突に言う。
「ん? 何がだ?」
「こうやって待ち合わせして、服褒めてもらって……なんか――」
綾香が祐一の瞳を覗き込む。そして、続きをそっと囁いた。
「――デートみたい」
その囁きに心臓が跳ねる。
周囲の騒音が、消えた。
「そう、だな……」
なんとか言葉を絞りだし、祐一は夢から覚めるように我に返った。
綾香から視線を外す。頬が熱い。
たまたま視線の先に自販機を捉え、
「ジュースでも飲むか? まだ時間あるし」
それを指差しながら、祐一が綾香に訊ねる。
綾香が頷き返し、二人は自販機の前へ足を運ぶ。
「どれにする?」
「うーんと……あ、ココアにしよっ」
「ココアね」
財布を取りだそうとする綾香を制し、祐一が先にお金を入れ、ボタンを押す。
「いいの?」
「ああ」
「ありがと。……あったかーい」
受け取った缶を両手で包む。今日は少し肌寒い。
祐一もコーヒーを買って、二人並んでイスに座る。
さっきの言葉で心臓が高鳴った今の祐一にとっては、この距離でさえも意識してしまう距離だ。
祐一はプルタブを開け、缶を呷った。
口に含んだコーヒーの苦みが祐一の気持ちを少し落ち着かせる。
その隣では、綾香がココアを飲み、その甘さに幸せそうに浸る。
「うん、おいしい。祐一も飲む?」
言いながら、缶を差し出してくる。
それは――間接キス……。
……今更気にするものでもないけれど……。
「いや、いい……」
「そ? おいしいのに」
綾香は缶を引っ込め、自分の口に運んだ。
それを横目に、祐一も缶に口をつける。
二口目のコーヒーは一口目よりも苦く感じられた。
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