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27 「……ちょっと一緒に……来て、もらえますか?」

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 四限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みになる。
 祐一は教科書を鞄にしまうと、一度深呼吸をしてから席を立った。そして、綾香の席へと足を向ける。
 その時、教室のドアから見知った女子入ってくるのが見えた――水色のリボンで束ねたお下げ髪。景村夜霧だ。小さな手提げバッグを持っている。

「あ……」

 ちょうど向こうも祐一に気付き、視線が交わる。すると……夜霧が、一瞬、口元に薄い笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

「あの……」

 祐一の顔を覗き込む真剣な瞳。
 今までに見せた事のない表情。
 祐一は若干戸惑いながら訊き返す。
 
「……? 景村さん? どうしたんだ?」
「あの……えっと……」

 その先の言葉は、なかなか紡がれない。
 夜霧が男子と話すのが得意ではないのを祐一はよく知っているので、急かさずに言葉の続きを待つ。
 夜霧は開いている手でスカートの裾をギュッと握る。そして……。

「……ちょっと一緒に……来て、もらえますか?」

 絞りだすように、その言葉を発した。
 何故か真剣な夜霧の意図が掴めず、祐一の内心の戸惑いは強くなるけれど。

「……おう。わかった」

 そう返事をすると、夜霧は少し安心したように表情を崩した。

「では……」

 そう言うと、夜霧は祐一の制服の袖口を摘まんだ。そして、そのままゆっくりと歩き出す。
 夜霧の歩幅は小さく、祐一にとってはかなりゆっくりに感じられる。
 そして、無言。
 控えめに制服を摘まむ夜霧の繊細な指に、女子生徒に手を引かれているということを実感する――綾香以外の女子に手をこうして手を引かれるのは初めてかもしれない。
 変な緊張感に包まれながら、祐一は夜霧のあとをついていく――。



   ♢



 夜霧に連れられてきたのは中庭だった。
昼休みとはいえ、ほとんどの生徒は教室や部室で弁当を食べるためか、周囲に生徒はいない。
 二人きりの中庭。
 二人とも、いつの間にか頬が紅潮していた。

 風に吹かれ、葉桜がざわめく。
 その音が止むと同時に、夜霧が口を開いた。

「あの……」

 言葉と共に、手提げバッグの中から何かを取り出す――ピンク色のラッピング。開け口がリボンで綴じられている。
 それを祐一に向かってぎこちない動きで差し出してくる。

「……これは?」
「祐一くんには……弟とのことでいっぱいお世話になりましたから」
「いや、俺は大したことしてないよ。頑張ったのは、綾香や小糸さん、それに夜霧さん自身だ」
 
 祐一の言葉に夜霧は首を振る。

「いえ……祐一くんも……。いっぱい手伝ってくれて……すごく、助かりました。ですから……そのお礼です……」
「そっか。ありがと」

 自然と浮かんだ笑顔と共にそう言って、祐一はプレゼントを受け取った。

「……中身はカップケーキです……綾香ちゃんと一緒に作ったので、味は大丈夫だと思います……」

 夜霧の言葉に、祐一は頷く。
 そして、もう一度「ありがとう」と伝えた。
 その言葉に夜霧も頷き、赤い顔のまま、夜霧は動かなくなった。
 その様子を祐一は、勇気を出して男子にプレゼントを渡し、夜霧は気力を使い切ったものだと判断し、

「それじゃ、そろそろ教室に戻ろっか――」
 
 そう言葉を発したのと同時に。
 
「それから……」 

 そう前置きをする言葉が重なった。
 夜霧は自身の胸を手で強く抑え、なにか訴えかけるように口を開こうとする。
 けれど、言葉は出て来ない。
 その空白の時間を――強く吹いた風の音が断ち切った。
 夜霧のお下げ髪が激しく揺れる。
 風が止んだとき、夜霧は安堵したような、それでいて残念さが混じったような複雑な笑顔と共に、小さく告げた。

「いえ、あの……これからも……よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」

 祐一がそう答えると、どちらからともなく教室までの道を引き返す。
 帰り道も、やはり無言だった。
 けれど、それは居心地の良い沈黙だった。
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