英雄じゃなくて声優です!

榛名

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第57話 とっても嫌な予感です

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無事にミーアのお披露目を終えたマユミ達。
思ったより遅い時間になってしまったので、その日はまっすぐ屋敷に戻る事にした。

「マユミ、久しぶりの『女神の酒樽亭』はどう?」

帰りの馬車の中でエレスナーデがマユミに問う。

「うん、やっぱりこっちは安心感があるね、お客さん達も優しいし・・・」

今日の稼ぎは銀貨3枚にもなった、それだけ客達は心待ちにしていたのだろう。
自分とその仕事が必要とされている実感に満足げなマユミだ。

「ミーアちゃんも受け入れてもらえたみたいだし、これからもがんばらないとね」
「うん、がんばる」

ミーアへの客の反応はひたすら好意的だった。
これまでマユミが積み上げてきたものが大きいのだろう。

(やっぱりマユミはすごい・・・)

マユミと出会ってからというもの、ミーアを取り巻く環境は目まぐるしく変化していった。
新しい仲間、新しい土地、新しい仕事・・・そのどれもが好ましいものばかりだ。
かつての自分を思うと、今の自分は恵まれ過ぎて怖いくらいだった。

「まずは『二人の歌姫』の歌詞を覚えなきゃ、一緒にがんばろうねミーアちゃん」

マユミが屈託のない笑顔を向けてくる・・・この人について行けば間違いないと信じられる。
だから今のミーアは安心して素直な自分でいられるのだ。

「うん、マユミは覚えるの遅いからがんばって」
「ちょ、ミーアちゃんまさか歌詞もう覚えて・・・」

もう怯える事も媚びる事もない、自然と笑顔でいられる・・・今、ミーアの幸せは彼女の傍にあるのだ。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

屋敷に帰って来たマユミ達を執事ジーブスが出迎える。

「ミーア様のお部屋のご用意が出来ております、今後はご自由にお使いくださいませ」

新たにミーアの為に一部屋用意してくれたようだ。
さすがは侯爵家、居候が一人増えたところでびくともしない。

「やだ、マユミと一緒の部屋がいい」
「や、せっかく用意してくれたんだからミーアちゃんも自分の部屋があった方が良いと思うよ」

これからの季節・・・夏の暑さを思えば、そろそろ一緒に寝る習慣を変えたいマユミだ。
部屋が別れるのはいいきっかけになるし、今後を思えばあの部屋に二人は手狭かも知れない。
マユミは嫌がるミーアをがんばって説得することにした。

「むー・・・」
「私の部屋になら、いつ遊びに来てもいいから、ね?ね?」
「マユミがそこまで言うなら・・・」

用意された部屋がマユミの隣の部屋だった事もあり、なんとか納得してもらう事が出来たようだ。
とはいえ・・・自分達で部屋を二つも使うのは気が退けた。

(そろそろお家賃くらいは払わないとな・・・)

稼げるようになってきたのだ、自分一人分くらいはなんとかなるかも知れない。
この屋敷での生活にいくら掛かっているかを知るのは怖いが、甘えてばかりもいられない。

(後でジーブスさんに相談してみよう・・・)

・・・自分の稼ぎで足りることを祈るマユミであった。


「そういえば・・・彼女はどうしているかしら?」

居候といえば、もう一人・・・厳密には違うのだがこの屋敷に滞在していた。
美少女専門絵師のパンプル・ムゥスだ。
・・・マユミ誘拐未遂事件のお詫びとして絵を描かせていたはずだが・・・

「彼女でしたら、まだ滞在なさっておいでです・・・なんでもマユミ様に絵を見せたいとか・・・」

彼女はマユミ達が帰ってくるまで待つことを選んだようだ。
部屋に籠ってひたすら絵を描いているらしい、彼女の部屋はすっかりアトリエと化しているようだ。
・・・どうやらご指名のようなので、マユミは一人彼女の部屋に向かった。

「パンプルさん・・・」

ノックには何の反応もない・・・絵に集中してるのか寝てるかだそうで、いつもの事らしい。
マユミは恐る恐るドアノブに手をかける・・・

「マユミちゃん?!」
「お、お久しぶりです・・・ってちょっと、なにこれ・・・」

大方の予想通りパンプルは部屋の中央で絵を描いていた・・・それはいいのだが、問題は他にあった。
部屋に所狭しと並べられた絵の数々・・・それらのほぼ全てにマユミが描かれている。
彼女がマユミに見せる為に描いた作品群・・・マユミを勇者に見立てた英雄物語だ。

「やっと君に見せる事が出来たね、君が語ってくれた物語をボクなりに絵にしてみたんだけど・・・」

十数枚にも及ぶ枚数で勇者と仲間たちの活躍が描かれている・・・魔物や魔王との闘いは大迫力だ。

「どうかな?ぜひ君の感想を聞かせてくれたまえ」
「すごい・・・けど、何で私なの?」

マユミは当然の疑問を口にした・・・なんで自分が勇者になっているのか・・・

「何を言っているんだい?異世界から来た勇者・・・これに該当するのは君しかいないじゃないか」
「や、私そんなのじゃないんですけど・・・あの話の勇者も男の人だって伝えたような・・・」
「男なんて描いてもつまらないじゃないか」
「あーはいそうですねー」

しかし、絵の出来栄えはさすがとしか言いようがない。
これだけの枚数とクオリティ・・・うまく誘導できれば声優の活動に繋げられる可能性を感じる。
問題は枚数と速さだが・・・

「パンプルさん、これ全部仕上げるのにどれくらい掛かったんですか?」

おそらくは港町に出かけている間ずっと描いていたのだろうが・・・
「お詫び」で描かせた絵の分もあるので、20日程度と予想するマユミだったが・・・

「ちょっと待って、ええと・・・」

パンプルはしばらく数を数えるようなしぐさを見せた後・・・

「それらは4組目だから・・・6日かな」
「6日・・・」

・・・恐るべきことに、たった一週間足らずでこれらを描いたというのだ。

(や、ちょっと待って・・・今さらっと凄い事を聞いたような・・・)

「4・・・組・・・目?」

『それらは4組目だから』・・・たしかそう聞こえた。

「ああ、侯爵様達に見せたら、どうしても譲ってくれと頼まれてね・・・同じ絵を描くのは構わないんだが・・・そろそろ飽きてきた所だよ」
「ああ・・・侯爵様か・・・」

たしかに彼ならばこういう絵は大好物だろう。
彼がこの絵を見た時のリアクションがありありと浮かぶ・・・マユミは納得しかけた。
しかし、それにしても4セットも描かせるとは・・・

「あ、ちょっと待って・・・侯爵様達?達って誰?」
「たしか辺境伯・・・そう名乗っていたと思う、君に会いに来ていたらしいよ・・・残念ながらすれ違ってしまったみたいだけどね」
「へ、辺境伯?」
「ああそうか君は知らないのか、この国で最も力を持つ貴族で、北方一帯の広い領地を治めている」

・・・なんだか、とても嫌な予感がした。

「絵を譲ってくれと言って聞かなかったのも彼だよ、同じ絵を描けると言ったら更に追加注文してきたのも彼だ・・・ずいぶんと気に入られたみたいだね」
「あ、あはは・・・」

(こ、この国の貴族はみんなああなの?・・・)

おそらく辺境伯なる人物は、侯爵と同じ趣味の人間なのだろう・・・マユミはそう判断した。

(これ誤解された・・・絶対誤解された・・・)

なんでよりによって自分のいない時に・・・
その有力貴族に自分が伝説の勇者だと思われたのは間違いない。

・・・波乱の予感を感じずにはいられないマユミだった。
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