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③ @耕平
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下の名前と年齢だけを告げ、俺の自己紹介は終わった。
お見合いでもあるまいし、つらつらとくだらない事を並べてみても意味がないと思ったからだ。小波の事は知りたいし俺の事も知って欲しいが、コース料理のように一から十まですべてをこの場で語るのではなく、出店の食べ歩きのように型にはまらず色々な事を語り、言葉を交す中で知っていけばいい事なのだと思った。
店内をキョロキョロと見回し、未だ状況を把握できていない様子の小波にここが出逢い系の居酒屋である事を告げると、小波はほんの一瞬だけだったけど眉間に皺を寄せた。やっぱり知らなかったのだ。
そしてすぐに何かを心配するように綺麗な眉尻をへにょりと下げたので、その理由が気になり訊ねようとしたところで小波のスマホにメッセージが入ったのが分かり、開きかけた口を閉じた。
ちらりと見えた画面には我が家が写っていて弟からだと分かったが、内容までは分からなかった。ただ、それを見た小波が安心したようにホッと息を吐いていて、更には小さく「よかった……」と聞こえてきて、何故かモヤモヤとしてしまった。
こんな風に個人的なメッセージをやり取りできる間柄だとしたら今回の事だってメッセージひとつで終わる話だろうし、俺が直接助ける意味も分からない。後でその辺の事もしっかり弟に訊かなくては、そうすればこの胸がモヤつく理由も分かるかもしれない。
そう思っていると俺の方にもメッセージが入り、ロック画面に流れる文字を目で追った。
『もう大丈夫だと思う。先輩送り出したら帰ってきて』
それは弟からのメッセージで、俺の仕事は終わったらしいと分かるがそのまま『既読』をつける事なくそっとスマホを鞄に仕舞った。
*****
これまで弟と行ってきた慈善事業のような手助けも、全部がうまくいったわけではない。時には依存され困った事になった事もあった。俺たちも迷い悩み、決して自己満足にならない最善の方法を探した。そして俺たちはただのきっかけにすぎないのだと相手が依存する前に、本来のその人だけの相手を探せるように送り出すようにした。
だから本当は今日もここで引くべきなんだけど――。
小波を家に帰せばいいはずがこのまま別れるのも何だかつまらなくて、もう少しだけ話をする事にした。
「ま、いいじゃないか。これも何かの縁ってやつだと思う。今日は楽しもう」
小さく頷く小波が何だか可愛くて口角が自然と上がった。
「俺どんな時も左足から先に出す事に決めてるんだ。でも時々タイミングが合わずに転びそうになったりして、なかなかスリリングなんだよ」
「――何か意味が?」
「知らないか? 昔左足から先に出すと幸せになれるって聞いた事があって、まぁあんまり意味ないけど」
と肩を竦め、笑って見せた。
「小波はそういうのない?」
「私は特にないです。あ、でも横断歩道渡る前とか『右・左・右』って見ますね」
小波の言葉に一瞬ぽかんとしてしまった。いや、それ――
「安全確認だろ?」
本気で言っているらしい小波に突っ込みを入れて、くっくと笑った。
間違ってはいないのかもしれないし、俺と大差ないとは思うけどゲン担ぎの話にただの安全確認の話をする小波の事がひどく可愛く思えたのだ。
だからなのか『自己紹介』とひと括りにした小波の発言内容が残念でならなかった。
俺には小波が意図的に感情を押し殺しているように見えた。それは小波の言う『平坦』の為なんだと思うけど、とても不自然で歪で痛々しく見えた。
過去の出来事を何もなかった事としてすべてから目を背けて、自身の気持ちすら無視する事はして欲しくない。
できないと言うなら俺が傍で小波のすべてを守りたい。こんな会ったばかりの人間にそんな事を思うのはおかしいとは思うし、手助けの範疇を超えている。
だけど弟の尊敬する人でもあるしそうおかしな話でもないのかもしれないと自分に言い訳をした。
*****
すべてから守りたいと思うのに、小波への想いが先走って伝え方を間違ってしまった。
「――こんな事言うのもなんだけど、言わずにはいられないというか――、話は大分戻るけど平坦に拘る必要なんかないんじゃないか?」
勝手な事を言い続け「だから小波も――俺に守らせて?」と、一番伝えたかった事も言えなかった。
俺の心ない言葉に傷つき、小波は俯いて唇を噛んでいた。
少しだけ心を開いてくれたように感じていたのに、今はもう「お前に何が分かるんだ」と言うように――全身で拒絶されてしまっているように感じた。
許して貰う事よりも小波を傷つけてしまった事を謝りたくて、急いで謝罪した。今日『一日』という程一緒にいた時間は長くはないのに、俺は何度間違えれば気が済むんだと自分の愚かさを呪った。
小波の「大丈夫です」という言葉を適当な誤魔化しの言葉にして欲しくなくて、彼の柔らかな髪を乱暴に撫でた。小波を守る無機質で歪な殻を壊し、自分の手が小波の心に届くように――。
今の俺にはそんな事しかできなかった。
願わくは小波が小波のままでいられる日が来ますように――。
俺が小波の幸せを守れますように、守る事が許されますように――――。
お見合いでもあるまいし、つらつらとくだらない事を並べてみても意味がないと思ったからだ。小波の事は知りたいし俺の事も知って欲しいが、コース料理のように一から十まですべてをこの場で語るのではなく、出店の食べ歩きのように型にはまらず色々な事を語り、言葉を交す中で知っていけばいい事なのだと思った。
店内をキョロキョロと見回し、未だ状況を把握できていない様子の小波にここが出逢い系の居酒屋である事を告げると、小波はほんの一瞬だけだったけど眉間に皺を寄せた。やっぱり知らなかったのだ。
そしてすぐに何かを心配するように綺麗な眉尻をへにょりと下げたので、その理由が気になり訊ねようとしたところで小波のスマホにメッセージが入ったのが分かり、開きかけた口を閉じた。
ちらりと見えた画面には我が家が写っていて弟からだと分かったが、内容までは分からなかった。ただ、それを見た小波が安心したようにホッと息を吐いていて、更には小さく「よかった……」と聞こえてきて、何故かモヤモヤとしてしまった。
こんな風に個人的なメッセージをやり取りできる間柄だとしたら今回の事だってメッセージひとつで終わる話だろうし、俺が直接助ける意味も分からない。後でその辺の事もしっかり弟に訊かなくては、そうすればこの胸がモヤつく理由も分かるかもしれない。
そう思っていると俺の方にもメッセージが入り、ロック画面に流れる文字を目で追った。
『もう大丈夫だと思う。先輩送り出したら帰ってきて』
それは弟からのメッセージで、俺の仕事は終わったらしいと分かるがそのまま『既読』をつける事なくそっとスマホを鞄に仕舞った。
*****
これまで弟と行ってきた慈善事業のような手助けも、全部がうまくいったわけではない。時には依存され困った事になった事もあった。俺たちも迷い悩み、決して自己満足にならない最善の方法を探した。そして俺たちはただのきっかけにすぎないのだと相手が依存する前に、本来のその人だけの相手を探せるように送り出すようにした。
だから本当は今日もここで引くべきなんだけど――。
小波を家に帰せばいいはずがこのまま別れるのも何だかつまらなくて、もう少しだけ話をする事にした。
「ま、いいじゃないか。これも何かの縁ってやつだと思う。今日は楽しもう」
小さく頷く小波が何だか可愛くて口角が自然と上がった。
「俺どんな時も左足から先に出す事に決めてるんだ。でも時々タイミングが合わずに転びそうになったりして、なかなかスリリングなんだよ」
「――何か意味が?」
「知らないか? 昔左足から先に出すと幸せになれるって聞いた事があって、まぁあんまり意味ないけど」
と肩を竦め、笑って見せた。
「小波はそういうのない?」
「私は特にないです。あ、でも横断歩道渡る前とか『右・左・右』って見ますね」
小波の言葉に一瞬ぽかんとしてしまった。いや、それ――
「安全確認だろ?」
本気で言っているらしい小波に突っ込みを入れて、くっくと笑った。
間違ってはいないのかもしれないし、俺と大差ないとは思うけどゲン担ぎの話にただの安全確認の話をする小波の事がひどく可愛く思えたのだ。
だからなのか『自己紹介』とひと括りにした小波の発言内容が残念でならなかった。
俺には小波が意図的に感情を押し殺しているように見えた。それは小波の言う『平坦』の為なんだと思うけど、とても不自然で歪で痛々しく見えた。
過去の出来事を何もなかった事としてすべてから目を背けて、自身の気持ちすら無視する事はして欲しくない。
できないと言うなら俺が傍で小波のすべてを守りたい。こんな会ったばかりの人間にそんな事を思うのはおかしいとは思うし、手助けの範疇を超えている。
だけど弟の尊敬する人でもあるしそうおかしな話でもないのかもしれないと自分に言い訳をした。
*****
すべてから守りたいと思うのに、小波への想いが先走って伝え方を間違ってしまった。
「――こんな事言うのもなんだけど、言わずにはいられないというか――、話は大分戻るけど平坦に拘る必要なんかないんじゃないか?」
勝手な事を言い続け「だから小波も――俺に守らせて?」と、一番伝えたかった事も言えなかった。
俺の心ない言葉に傷つき、小波は俯いて唇を噛んでいた。
少しだけ心を開いてくれたように感じていたのに、今はもう「お前に何が分かるんだ」と言うように――全身で拒絶されてしまっているように感じた。
許して貰う事よりも小波を傷つけてしまった事を謝りたくて、急いで謝罪した。今日『一日』という程一緒にいた時間は長くはないのに、俺は何度間違えれば気が済むんだと自分の愚かさを呪った。
小波の「大丈夫です」という言葉を適当な誤魔化しの言葉にして欲しくなくて、彼の柔らかな髪を乱暴に撫でた。小波を守る無機質で歪な殻を壊し、自分の手が小波の心に届くように――。
今の俺にはそんな事しかできなかった。
願わくは小波が小波のままでいられる日が来ますように――。
俺が小波の幸せを守れますように、守る事が許されますように――――。
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