上 下
21 / 34
第三章 小さな願い (少年視点)

三話 ②

しおりを挟む
 やっと出た声は掠れてしまって小さいものだった。ルイス様の耳にも届いたかどうかも怪しいくらいだったけれど、バーン! と音を立てて開かれた扉からはノイア様が現れた。僕は突然のことに驚き、固まったままのルイス様の腕を振り払い、ノイア様の胸へと飛び込んだ。

「ぁさ……まっ。の……ぃぁ……まっ」

 僕はノイア様の腕の中で泣きじゃくりながら何度も何度もノイア様の名を呼んだ。僕を抱きしめたまま頭上からノイア様の戸惑った声が降ってくる。

「リヒト……声、が……?」

「の……ぃ、ぁ……さ、まぁっ!」

 まだうまくは喋れないがノイア様の名を呼ぶと、ノイア様も喜んでくださっているようで「声も愛らしいのだな」と優しく笑って額にキスをしてくれた。
 嬉しい。好き。大好き。難しくはない分かりやすい感情が僕を満たしていく。

「お前は誰だっ!? その子はリヒトなんかじゃないっ! 僕の愛しいペルレを離せっ!」

 その怒鳴り声で僕は現実に引き戻され、びくりと肩を震わせた。すると僕を抱きしめるノイア様の腕に力がこめられて、嬉しい。だけど──、

「お前こそ私の愛しいリヒトを攫い、ペルレだなどと──どういうつもりだ」

 迎えにきてくださったということはそういうことなのだと思うけれど、でもノイア様から口から直接聞きたい。

「ぼ……く、捨て、ら、れ、てな……いです、か?」

「捨てられ……? まさか、私がリヒトを捨てるはずがないだろう? 何者かの手引きでそいつが屋敷に潜入し、リヒトを奪っていったのだ。怖かっただろう? 本当にすまなかった。警戒を怠った私の落ち度だ」

 そんなことない! と僕は頭をぶんぶんと横に振った。怖かったけれど、こうやってノイア様が迎えにきてくださった。それがとても嬉しい。
 僕は感謝の気持ちを表すようにノイア様の胸に顔を埋め、すりりと頬擦りをした。するとノイア様のふっと息を吐く音と優しい声が降ってきた。

「私はリヒトが私の傍にいたくないと言うまでは傍にいて欲しいと思っている。できれば一生そんなことは言って欲しくはないが──。絶対に私からはリヒトを手放したりしない」

 最後は強く言い切ってくださって、僕はノイア様のおっしゃることを信じることにした。だって僕の心はノイア様のことだけなんだもの。だからもう難しいことは考えない。期待だとか罰だとか、そんなのもうどうだっていい。ノイア様が僕を求めてくださるなら僕は強くなれる。なにが起こったって平気。すべてが幸せ。だから、まずは──決別。ノイア様の腕の中にいながらルイス様の方に向き直った。

「ルイス、様。ぼく、はあなた、が怖い、です。色々して、くださったけど……ごめんなさい。ぼくが、愛している、のはノイア様、ただおひとり……」

「ペルレ……っ」

「ごめん、なさい」

 もう一度謝ってぺこりと頭を下げると、ルイス様は諦めたように薄く笑った。

「どうあってもダメということか……。こちらこそ悪かったね……」

 僕の声が出ていたなら、僕にもっと勇気があったならルイス様もこんな風にはなられなかったのかもしれない。ゲヘたちと同じだって思ったけど違ったんだ。なにかがルイス様を狂わせちゃっただけだったんだ。僕のせいでお嬢様との婚約が解消されたと聞いた。そのことも関係しているのかな……。だとしてもルイス様の気持ちに応えることはできないけれど。
 さようなら僕に優しくしてくれた人。愛してくれた人──。
 こんなことを僕が思うのダメなのかもしれないけれど、あなたの幸せを願っています……。


 僕は帰りの馬車の中でもノイア様に抱っこされたままで、近すぎる距離と甘い空気に、攫われる前のことを思い、あれでいつもは手加減してくださっていたんだと知った。






しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜

MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね? 前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです! 後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛 ※独自のオメガバース設定有り

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

落ちこぼれβの恋の諦め方

めろめろす
BL
 αやΩへの劣等感により、幼少時からひたすら努力してきたβの男、山口尚幸。  努力の甲斐あって、一流商社に就職し、営業成績トップを走り続けていた。しかし、新入社員であり極上のαである瀬尾時宗に一目惚れしてしまう。  世話役に立候補し、彼をサポートしていたが、徐々に体調の悪さを感じる山口。成績も落ち、瀬尾からは「もうあの人から何も学ぶことはない」と言われる始末。  失恋から仕事も辞めてしまおうとするが引き止められたい結果、新設のデータベース部に異動することに。そこには美しいΩ三目海里がいた。彼は山口を嫌っているようで中々上手くいかなかったが、ある事件をきっかけに随分と懐いてきて…。  しかも、瀬尾も黙っていなくなった山口を探しているようで。見つけられた山口は瀬尾に捕まってしまい。  あれ?俺、βなはずなにのどうしてフェロモン感じるんだ…?  コンプレックスの固まりの男が、αとΩにデロデロに甘やかされて幸せになるお話です。  小説家になろうにも掲載。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

【完結】それでも僕は貴方だけを愛してる 〜大手企業副社長秘書α×不憫訳あり美人子持ちΩの純愛ー

葉月
BL
 オメガバース。  成瀬瑞稀《みずき》は、他の人とは違う容姿に、幼い頃からいじめられていた。  そんな瑞稀を助けてくれたのは、瑞稀の母親が住み込みで働いていたお屋敷の息子、晴人《はると》  瑞稀と晴人との出会いは、瑞稀が5歳、晴人が13歳の頃。  瑞稀は晴人に憧れと恋心をいただいていたが、女手一人、瑞稀を育てていた母親の再婚で晴人と離れ離れになってしまう。 そんな二人は運命のように再会を果たすも、再び別れが訪れ…。 お互いがお互いを想い、すれ違う二人。 二人の気持ちは一つになるのか…。一緒にいられる時間を大切にしていたが、晴人との別れの時が訪れ…。  運命の出会いと別れ、愛する人の幸せを願うがあまりにすれ違いを繰り返し、お互いを愛する気持ちが大きくなっていく。    瑞稀と晴人の出会いから、二人が愛を育み、すれ違いながらもお互いを想い合い…。 イケメン副社長秘書α×健気美人訳あり子連れ清掃派遣社員Ω  20年越しの愛を貫く、一途な純愛です。  二人の幸せを見守っていただけますと、嬉しいです。 そして皆様人気、あの人のスピンオフも書きました😊 よければあの人の幸せも見守ってやってくだい🥹❤️ また、こちらの作品は第11回BL小説大賞コンテストに応募しております。 もし少しでも興味を持っていただけましたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。  

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

処理中です...