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俺のかわいい婚約者さま・続

4 キミの想い

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家に帰ると、取り乱した様子の楓君が家から飛び出してくるところだった。

「――楓君?」

「薫さんっ!!」

俺を見つけると転がるように走り寄ってきて、力いっぱい抱きしめられた。
こんな寒空にコートも着ずに髪も乱れ、僅かに身体も震えている。
そして、よく見ると靴も左右違う。こんなに取り乱した楓君は初めて見る。

「あの……? 楓君?」

どうしてこうなっているのか混乱する俺。何かあったの……?

「―――では、私は今日はおいとまさせていただきます」

マイペースの四方田さんはお辞儀をした後、にっこり微笑んでサムズアップして帰って行った。
年の割に若い。
笑う状況ではないと分かっているけどなんだかおかしくて、かえって落ち着く事が出来た。

「どうしたの? 楓君、会社で何かあったの? とりあえず家に入ろうか?」

俺の言葉にはっとした楓君は俺を抱き上げた。

「ひゃっ」

突然の事に驚きぎゅっと楓君にしがみつくと、少しだけほっとした表情をした。
本当にどうしたの?

俺を大事そうに抱えたまま、しっかりとした足取りで家へと連れて行ってくれた。

ゆっくりとソファーに降ろされて楓君は俺の前に正座した。
そして、俺の両手を握りまるで許しを請うようにその手を自分の額に持っていく。

「薫さん……ごめんなさい。あなたを……不安にさせてしまいましたか? あなたが出て行ったと思った時、自分の最近の行いはあなたを傷つけていたんじゃないかって気づいたんです。許してもらえるまで何度でも謝りますから、だから出て行かないで……。俺を置いて行かないで――」

楓君の声は次第に涙声になっていった。

俺が出て行く?
俺が楓君を置いていく?
確かに悲しくてつらかったけど……。

「――どこへも行かないよ? どうしてそう思ったの?」

「久しぶりに早く帰ったら薫さんの姿が見えなくて、最初はちょっと出かけているだけだと思いました。だけどなかなか帰ってこなくて、心配でクローゼットの中を見たんです。そしたら薫さんが旅行の時に使ってるキャリーバッグがなくて……。薫さんが出て行ったって……思って……」

黒目勝ちな大きな瞳からぽろぽろと零れる大粒の涙たち。

キャリーバッグをどこかにやった記憶はない。だとしたら四方田さんか。
別れ際のサムズアップの謎が解けた。


あぁ……もう……なんて……なんて――!
胸がいっぱいになる!

楓君の涙をそっと袖口で拭いながら思う。
この人は俺の事をまっすぐに愛してくれている。
それは今も昔も変わらない。
それなのにどこを疑う必要があるっていうんだ。

「――俺もごめんね……」

「薫さんは悪くないです。悪いのは全て俺です」

ぽこん。
こぐまが励ましてくれている。
うん。大丈夫だよ。

「あのね、こないだ電話した事あったよね? その時、声が……女の人の声がしたんだ……。楓君は仕事だって言ってたけど……違う、よね?」

楓君の喉がひゅっと鳴ったのが分かった。

「――あれ、は……。う――」

何かを言おうとしては止め言おうとしては止めを繰り返し、眉尻をへにょりと下げて情けない顔の楓君。

大丈夫。俺は楓君の事を信じてる。
そのまま黙って楓君が本当の事を言ってくれるのを待った。

そして短くはない時間が過ぎ、観念したのか一度大きく頷くと立ち上がって、使っていない部屋の方から箱をいくつもいくつも運んできた。

「え? 何……?」

「……」

無言で開かれる箱。
箱の中には沢山の……毛糸で編まれた赤ちゃんの靴下や手袋たち。

「――――え?これは……?」

「赤ちゃんのです。俺たちの子ども、こぐまの。俺、他の事は割と何でもできるんですが編み物はダメみたいで……彼方の番の桜花さんに教えてもらってたんです」

「桜花君……? ――あ……!」

あの女の人だと思った声は確かに桜花君の声だった。
男の人だけど少し高めで、鈴を転がしたような声だから間違えてしまったんだ。

「え、じゃあじゃあ……毎日遅いのも一条さんの家で編み物をしてたって事?」

「はい。遥もちゃんと近くに居ましたし、桜花さんとふたりっきりって事も一瞬もありませんでした。仕事が終わる時間もそんなに早いわけではなく、その後でしたから帰るのも遅くなってしまって……。でも、満足いく物を作りたかったんです。薫さんが俺たちのこぐまを大事にお腹の中で育ててくれて、俺は何も出来ないから――。だからせめて靴下とか帽子とかこぐまが身に着ける物を自分の手で作りたかったんです。出来たら薫さんの物も作りたかった。内緒にして驚かして、喜んで欲しかった。でも、自分でもびっくりするくらい編み物が下手で……。こんなに時間がかかってしまいました」

話し終わりしゅんと肩を落とす楓君。
箱の中の不揃いの編み目の物たち。お世辞にも上手いとは言えない物たち。
だけど、すごくすごく温かい。

「楓君……大好き」

「――薫さん……俺も大好きです。愛してます。不安にさせてしまってすみません」

俺はソファーから降り楓君を抱きしめた。
お互いの熱に幸せが広がる。


ぽこん。

「あ、また蹴った」

「!」

楓君は俺のお腹に耳を当て、ぽこんぽこんとこぐまが蹴るのを嬉しそうに聞いていた。


あぁ、この人が俺の番でよかった。
この人を愛してよかった。
この人が俺を愛してくれてよかった。

俺は楓君と出会えて本当に、本当に幸せだ。
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