上 下
59 / 87
俺のかわいい婚約者さま・続

3 ひとりじゃない

しおりを挟む
実は俺の妊娠が分かって父さんがデレていた。俺と楓君と番になった報告をした時の、あの厳しさは何だったのかと思うくらい甘々だ。半ば強引にお手伝いさんを雇ってしまった。
色々と不安のある身体の俺が、ひとりで家に居る事が心配なのだろう。
いくつになっても親は親で、子どもは子どもなんだなと思った。
正直、今は日中だけでも誰かが傍に居てくれるのはありがたかった。
ひとりで居ると悪い事ばかり考えてしまう。

楓君は本当は俺の事なんか愛していないんじゃないか。
楓君はもう俺に飽きてしまったんじゃないか。
楓君は楓君は楓君は――――。

じわりと涙が浮かぶ。

「奥様、後でお散歩でもいかがですか? 私もご一緒いたしますので危険はないかと思いますし、いい気分転換になると思いますよ」

そう言ってにこりと笑い、忙しく動き回る家政婦の四方田 千里よもだ ちさとさん。
四方田さんは高齢のΩ女性で、家族以外で俺の事もちゃんと妊娠中のΩとして労ってくれる数少ない人だ。
楓君も四方田さんの事は信用しているようで、ふたりっきりになる事に煩く色々と言ったりしない。
ああ……そもそも俺に興味がなくなったのなら、煩く言う必要もないんだけど――。

ここ最近の落ち込んだ様子に、心配して声をかけてくれたのだろう。
無理に理由を聞き出そうとしない彼女の配慮が、今の俺にはありがたかった。



*****
四方田さんはテキパキと俺にダウンを着せ、マフラーを巻き寒くないようにしてくれた。

「ふふ、これで安心です。さぁ奥さまお手をどうぞ?」

すっと出された四方田さんの手。働き者の手の平。
しわしわとして女性にしては少しごつごつ、カサカサとしていた。
今度いい匂いのするハンドクリームでもプレゼントしよう。

そっと手を乗せ手をつなぐ。
にっこりと微笑まれ、俺もつられてにっこりと微笑む。

四方田さんにエスコートされ、出かけた久しぶりの外はひどく心地よかった。
温かな手のぬくもりと優しい笑顔。そして澄んだ空気。

ふと思う。これが楓君だったら……。
楓君と一緒に手をつないで散歩したいな……。

一度浮上した気持ちが再び沈みそうになる。

「――奥さま、私は今まで色々なご家庭で家政婦として働かせていただきました。ですが、旦那さまのように奥さまの事を一途に想っておられる方はそうはおられません。素敵な旦那さまですね」

突然の四方田さんの言葉に一瞬きょとんとしたが、次第に俺の心にじわりじわりと広がっていった。
何を言ったわけでもない俺の不安。
四方田さんの言葉はまさにそれに対する答えだった。

「ふふ。そうだね。楓君は世界で一番素敵な旦那さまだよ」

ここ最近の俺の心を凍えさせていた降り積もった雪が、太陽の暖かな日差しを浴びてゆっくりと溶けていくようだった。久しぶりに心から笑顔になれた。

すると、ぽこんとお腹を蹴られた。

自分のお腹にそっと手をあててみる。

ぽこん、ぽこん。

まるで自分もいるよ。ひとりじゃないよ。って言ってくれてるみたいだった。

あぁ……俺にはキミもいたね。
俺はまた間違えるところだった。
俺が愛する楓君の事を信じなくてどうするんだ。
怖くても、今の俺にはキミもいる。
キミとふたりなら……勇気を出せる気がするよ。
だから応援してね。俺のかわいい『こぐまちゃん』。
そっとお腹を撫でながら、逃げずに自分の不安に向き合おうと思った。

そんな俺を四方田さんは黙って微笑んで見守ってくれていた。
俺とこぐまを応援してくれている。
もし、楓君が浮気をしていたとしたら……四方田さんがこっぴどく叱ってくれそうだ。そう思うとくすりと笑みが零れた。

――――ありがとうございます。

心の中でそう呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

恋むすび

ハリネズミ
BL
 百瀬 紅葉(ももせ こうよう)は父親譲りの小食だ。周りからはひどく体調が悪く見られるが、実際はそんな事はなく健康そのものなのだ。  ただ量を食べられないから身体は細く、色白なのは青白く見えてしまう。  心配した周りに手作り弁当の差し入れをされるようになり困った紅葉がとった行動は――。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...