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 そろそろ彼の中で俺は『苺ちゃん』か『チョコちゃん』になっているだろうか?
 またいつものように苺チョコを手に取ろうとして、誰かが後ろに立ったのが気配で分かった。
 もしかして彼が? 何度も練習したきょとん顔で振り向く。鏡の前で研究を重ねたアヒル口も忘れない。

「……」

 だけどそこに居たのは彼ではなく、例のチャラメンだった。自信に満ちた笑顔が
 すーっと気持ちが冷めていくが俺は今は『ゼン』だしここには彼も居るのだ、下手な事はできない。『苺ちゃん』の前に『ガラの悪いヤツ』と印象付けたくはなかった。
 不本意だけどとりあえずは愛想よく。

「――あの、僕に何かご用ですか?」

 チャラメンは俺の態度にイケると思ったのか、一見すると人畜無害で人好きのしそうな顔で俺に話しかけてきた。

ってさ、いつも苺チョコそれ買うよね。好きなの?」

 はぁ? 苺ちゃん? 馴れ馴れしいな。『苺ちゃん』確かに狙った事だけど、お前じゃない。俺は彼に呼んで欲しいんだ。
 それにお前の笑顔なんて、俺にはただのスケベなにやけ顔にしか見えない。
 こないだなんか彼がいなくて太郎の時仕方なくこいつのレジに並んだら、大分待たされた挙句「250円」と金額だけ告げられて「ありがとうございました」も何もなかった。それは俺に限った話ではなく、性別問わず可愛いと思われる人以外には全部そんな感じだ。だからゼンに対するこいつの態度で、ゼンの事を可愛いと思っているという事が分かるが、ちっとも嬉しくはなかった。彼以外に何と思われてもどうでも良かったからだ。こういうところは変身しても元の太郎のままだ。虚しく思う事もあるが、基本他人からの評価なんて期待もしていない。それがチャラメンなら尚の事。
 思わず睨みそうになるのをグッと堪え、にっこりと微笑んでやる。

「そうですね。苺チョコ美味しいじゃないですか。苺もチョコも好きで、両方一緒に食べられるなんて夢みたい」

 チャラメンは鼻の下を伸ばして「可愛いなぁ……」ってわざと聞こえるか聞こえないかな音量で呟いた。そして向けられるはにかんだようなチャラメンスマイル。
 見事なチャラメンスマイルを見ても気持ち悪く感じるだけだが、笑顔は崩さない。仕事をしていく上で習得したスキルのひとつだ。思った事を顔には出さずやりすごす、穏便に事を終わらせる術だ。

 ニコニコにこにことお互いに笑い合うだけでなかなか立ち去らないチャラメンに、困ったな……と彼が居たはずのレジにちらりと視線を向けたが、そこに彼の姿はなかった。
 少しでも気にしてくれて俺の方を見てくれているかも……って期待したんだけどな――。

 ――そっか……。俺の事まったく気にならないんだ。
 そっかぁ――と気持ちが沈み込むのと同じように段々視線が足元へと降りていった。

「――――ね、だからさ、行こうよ」

「――へ?」

 ぼんやりし過ぎて気づけなかった。いつの間にかチャラメンが俺の腕を掴み何事か言っていた。流石にこれにはびっくりして何も言えないでいる俺にチャラメンは「じゃあ、少しだけ待ってて。すぐ来るからさ」と言って名残惜しそうに俺の腕を掴んでいた手を離すとバックヤードへと消えて行った。

 呆然とそれを見送って、我に返るとチャラメンに掴まれていた腕がすごい事になっていた。 
 え? ちょっと待って? 鳥肌すごいんだけど??

「――あの……」

 すぐ傍で声がして、またチャラメンかと身構えたが今度は彼だった。
 彼は声をかけたはいいが、何て言っていいのか分からないようだった。俺の方もテンパり過ぎて折角彼が声をかけてくれたというのに――

「えっと僕に何か……?」

 だなんて。用がなければ声をかけちゃいけないみたいな。
 彼に声をかけられて動揺しまくってはいるが、チャラメンのこれまでの言動でどういう事なのかはだいたい理解している。いくら経験がないと言っても俺だって34才、立派な大人だ。チャラメンの目的が何で、真面目な彼が何を心配してこういう風に声をかけてくれたのかくらいは分かる。
 だからといって彼に助けてだとか言えるはずもなく、これ以上変な事を言ってしまわないように俺はただ黙って彼の次の言葉を待っていた。

「――もうここへは来ない方がいいです」

「え……」

 彼の口から出たのは死刑宣告のようなそんな言葉だった。俺はショックのあまり頭が真っ白になったけど、小さく「嫌だ」という事だけは言った。折角彼と釣り合える姿になったのに、また冴えないリーマン姿だなんて――嫌だ。
 拒否る俺に、さっき以上に衝撃的な言葉が追い討ちをかける。

「あの人の事が好きなんですか?」

 一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。好き? 誰が誰の事を?
 というくらいだから彼自身の事じゃない。

 時間にして一分少々だと思うが俺にとっては永遠とも思える時間が経過して、彼の言葉の意味を理解するとすぐにぶんぶんと勢いよく頭を左右に振って否定した。彼が俺の事を何とも思っていなかったとしても、そんな風に誤解される事だけは嫌だった。
 冗談じゃない。俺は別に同性が好きってわけでもない。
 きみが、きみだから、きみだけが好きなんだ。

 彼の勘違いに胸がすごく痛くて涙が滲んだ。

「……」

 俺の様子を暫く見ていた彼は眉間に皺を寄せ少しだけ考える仕草を見せ、遠慮がちにだが信じられない提案をしてきた。

「――俺の恋人になりますか?」
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