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7 藁を掴む ① @乾 大輝
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僕は二年前、取り返しのつかないミスを犯してしまった。
そのミスで自分自身が怪我を負ったのならまだよかったのだけど、大切な弟に大きな怪我を負わせてしまったのだ。
旅行に行っていた両親や客観的に見ることができるだろう他人であるお手伝いさんも、美晴本人ですら僕が悪かったのだと一度も責めたりしなかった。
僕が悪いに決まっているのに。
みんなの優しさは僕には辛くて、消えてなくなりたいとさえ思った。だけどそんなのは許されるはずもない。僕には大切な弟に怪我を負わせてしまったという罪と、傷ついた弟を傍で見守り支え続けなければならないという兄としての責任がある。
そうだ、自分だけが楽になるだなんて甘えた考えは捨てなくては。
それから僕は八方手を尽くし火傷痕の治療で有名な医師を頼り、何度も手術を繰り返し受けさせた。そのお陰か、なんとか綺麗に――医者はそう言うが、僕たち家族はそうは思えなかった。違ってしまった肌の色とつなぎ目のような僅かなでこぼこ。化粧をすれば分かりづらくなるとは言いながら、僕たちには満足いくものではなかったのだ。
美晴が火傷を負ってから僕たち家族は壊れてしまった。その原因を作ったのは僕だから、だから僕が元通りにしなくては。
美晴の頬を元通りにすればきっと家族も――。
そう思うのに何度手術を繰り返しても元通りにはなっていない。この先、なにを何度繰り返せば元の美晴の綺麗な頬に戻るのだろうか?
何度でも、なにを犠牲にしようとも元通りになるなら僕はなんだってしようと思っていた。だけど、当の美晴がもう手術はしたくないと拒否してしまった。
そのとき初めて美晴の『本心』を聞いた気がした。
我慢して我慢して、頑張って頑張って、もう疲れてしまったのだろう。涙がガーゼに染みていくのを見ながら、これ以上頑張れだなんてことは言えなかった。
美晴の手術代も入院費も親のお金で、僕は美晴になにもしてあげられていない――。
*****
美晴が退院してしばらくして、僕は美晴とふたり別宅で暮らすようになった。
美晴を見る度に悲し気な顔をする両親の姿は美晴本人にも辛いものだと思ったからだ。
それと同時に会社勤めも辞め、投資や株式で収入を得るようにした。
両親と引き離す結果になったのだから、僕が常に美晴の傍にいなくては――。
そして僕は笑う。心なんてとっくに死んでしまっているけど、笑うんだ。
それが美晴の為だと思って。
そう思っていたのに、俯いてばかりだった美晴がにこにこと笑うようになった。
ふっきれた――というわけではない。美晴もまた僕のことを想って笑っているのだとすぐに分かった。
こうして僕たち兄弟は血の涙を流しながら笑っていた。
そうやって表面上は和やかに一年が過ぎた頃、僕はあることを思いついた。
この一年、何もせず過ごしていたわけじゃない。僕が思いつく限りの言葉で美晴を褒めた。褒めてほめて、褒めちぎった。だけど結果はさらににこにこと笑うようになっただけだった。
僕は諦めず、更に考えた。
僕は駄目でも、まったくの赤の他人の褒め言葉なら美晴の心に届くのではないかと。勿論会ってすぐというわけにはいかないだろう。だから我が家に招き、一ヶ月の間寝食を共にして信頼関係を築いてもらう。
他人の大切な時間をもらうのだから報酬は勿論充分に支払うつもりだ。
そう思いつき、入念な準備をしてから始まったはずの『一日一回褒めるだけの簡単なお仕事です。』作戦だったが、この一年間で受けてくれた人数は百人余り。この数が多いのか少ないのか分からない。
結果は全部が失敗に終わってしまった。僕の考えが甘かったということか。
なにを勘違いしたのか僕に襲いかかるヤツもいたり、美晴の火傷の痕を見て驚いたり眉を顰めたり、すぐさま逃げ出すヤツもいた。
なまじ美晴の顔が綺麗すぎて、少しのことでも目立たせてしまうのだろう。
条件を段々よくしていっても結果は同じで、美晴にも負担をかけてしまっているのは分かっていた。もう止めた方がいいのかもと思いながら今までの中で一番長く、二週間もった男を家に送り届け、たまたま立ち寄ったコンビニで、彼、園田 隼人に出会ったのだ。
そのミスで自分自身が怪我を負ったのならまだよかったのだけど、大切な弟に大きな怪我を負わせてしまったのだ。
旅行に行っていた両親や客観的に見ることができるだろう他人であるお手伝いさんも、美晴本人ですら僕が悪かったのだと一度も責めたりしなかった。
僕が悪いに決まっているのに。
みんなの優しさは僕には辛くて、消えてなくなりたいとさえ思った。だけどそんなのは許されるはずもない。僕には大切な弟に怪我を負わせてしまったという罪と、傷ついた弟を傍で見守り支え続けなければならないという兄としての責任がある。
そうだ、自分だけが楽になるだなんて甘えた考えは捨てなくては。
それから僕は八方手を尽くし火傷痕の治療で有名な医師を頼り、何度も手術を繰り返し受けさせた。そのお陰か、なんとか綺麗に――医者はそう言うが、僕たち家族はそうは思えなかった。違ってしまった肌の色とつなぎ目のような僅かなでこぼこ。化粧をすれば分かりづらくなるとは言いながら、僕たちには満足いくものではなかったのだ。
美晴が火傷を負ってから僕たち家族は壊れてしまった。その原因を作ったのは僕だから、だから僕が元通りにしなくては。
美晴の頬を元通りにすればきっと家族も――。
そう思うのに何度手術を繰り返しても元通りにはなっていない。この先、なにを何度繰り返せば元の美晴の綺麗な頬に戻るのだろうか?
何度でも、なにを犠牲にしようとも元通りになるなら僕はなんだってしようと思っていた。だけど、当の美晴がもう手術はしたくないと拒否してしまった。
そのとき初めて美晴の『本心』を聞いた気がした。
我慢して我慢して、頑張って頑張って、もう疲れてしまったのだろう。涙がガーゼに染みていくのを見ながら、これ以上頑張れだなんてことは言えなかった。
美晴の手術代も入院費も親のお金で、僕は美晴になにもしてあげられていない――。
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美晴が退院してしばらくして、僕は美晴とふたり別宅で暮らすようになった。
美晴を見る度に悲し気な顔をする両親の姿は美晴本人にも辛いものだと思ったからだ。
それと同時に会社勤めも辞め、投資や株式で収入を得るようにした。
両親と引き離す結果になったのだから、僕が常に美晴の傍にいなくては――。
そして僕は笑う。心なんてとっくに死んでしまっているけど、笑うんだ。
それが美晴の為だと思って。
そう思っていたのに、俯いてばかりだった美晴がにこにこと笑うようになった。
ふっきれた――というわけではない。美晴もまた僕のことを想って笑っているのだとすぐに分かった。
こうして僕たち兄弟は血の涙を流しながら笑っていた。
そうやって表面上は和やかに一年が過ぎた頃、僕はあることを思いついた。
この一年、何もせず過ごしていたわけじゃない。僕が思いつく限りの言葉で美晴を褒めた。褒めてほめて、褒めちぎった。だけど結果はさらににこにこと笑うようになっただけだった。
僕は諦めず、更に考えた。
僕は駄目でも、まったくの赤の他人の褒め言葉なら美晴の心に届くのではないかと。勿論会ってすぐというわけにはいかないだろう。だから我が家に招き、一ヶ月の間寝食を共にして信頼関係を築いてもらう。
他人の大切な時間をもらうのだから報酬は勿論充分に支払うつもりだ。
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なにを勘違いしたのか僕に襲いかかるヤツもいたり、美晴の火傷の痕を見て驚いたり眉を顰めたり、すぐさま逃げ出すヤツもいた。
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