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3 自分のこと 美晴のこと ①

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 俺はこの仕事を成功させる為の発想の転換として少しずつ自分の傷と向き合い続け、自分という人間の至らなさを自覚していった。

 俺は今まで誰のことも見ず、自分の考えを『正義』として間違ったところなんかひとつもないと信じていた。

 大家さんの話だって、普通に考えて半年も家賃を滞納しておいて俺のあの態度はあり得ない。誰だって怒るに決まっている。俺だって怒るし、もっと早く見放していただろう。それを今まで受けた大家さんの優しさまで否定して、なぜ自分は被害者だと言い張れたのか、本当に嫌になる。

 十年前、実家を出て初めてのひとり暮らしは思った以上に寂しく、仕事にもなかなか慣れなくて辛かった。それでも頑張ってがんばって――くじけそうになった時、いつも大家さんは笑顔で声をかけてくれた。何度救われたか分かりゃしない。
 凍えそうな心に温もりをくれた。第二の母親みたいな人だと思っていたはずなのに――どうして忘れてしまっていたんだろう。

 ここの仕事が終わったら、うまくいってもいかなくても大家さんに謝りに行こう。そしてちゃんと仕事を見つけて働いて、滞納してしまった家賃を払おう。勿論それで終わりではない。なんせ古いアパートだからあちこちガタがきている。塀なんかの修理や修繕も必要だろう。業者に頼むのもお金がかかるし、大家さんは今年七十二歳だったはずだ。自分でやるのはさすがに無理があるだろう。俺がやって労働で今まで迷惑をかけた分のお詫びとしよう。勿論大家さんに必要ないと言われたら別のことを考えるつもりだ。

 会社にも顔を出して迷惑をかけたことを謝ろう。流石に十年もお世話になった会社を一度も顔を見せることなく辞めてしまったのはいただけない。相手がどう思っていたとしてもやってはいけないことだった。
 三戸口さんには本当にお世話になっていたのに――。

 あとはあのコンビニであの日買えなかったパンを買おう。一個? 二個? いや、十個くらい買ってみるか。それがお詫びになるとも思えないが、俺のせいで無駄になってしまった一個のパンの代わりくらいにはなるだろう。

 そう決めると少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
 これが考えるだけで終わらないようにしようと心に誓った。


*****

 さらに数日が過ぎて、俺がここに来て二週間が過ぎていた。

「宿題か? 分からないとこがあったら教えてやれるぞ?」

 珍しく自分の部屋ではなくリビングで教科書とノートを広げる美晴に声をかけてみた。自分について考えるのも一段落したから、また積極的に美晴に関わろうと思う。
 勿論まだ答えは見つかっていないし、また失敗してしまう可能性はあるが、自分の傷に向き合う機会を得て、『向き合う』ことの大切さを実感したからだ。
 美晴を褒めることや美晴の外側にばかり目がいっていたがそれでは正解はでなく、美晴の普段はどうなのか、なにを好きでなにが嫌いなのか、どういう風な考え方をするのか――など美晴の内側に目を向けなくてはいけないと思った。
 美晴と話したり遊んだり、少しずつでも美晴を知り勝手な判断や押し付けをしないようにしたい。そして心からの褒め言葉美晴への言葉を贈りたい。
 もしかしたらこれが乾が言った『美晴を見て』ということだったのかもしれないとも思った。


 美晴はいきなり声をかけられたことに最初はびっくりしていたようだが、すぐにニコニコと笑い「助かります」と言った。

 中学レベルの問題なら大丈夫だろうと高を括っていたが、思った以上に難しかった。が、特に困ることはなかった。
 まぁ学生時代も社会人になっても勉強だけは人一倍してきたしな。

 詰まることなくすらすらと解き解説まですると、俺を見る美晴の瞳がキラキラと輝き始めた。

「――とまぁこんな感じだな」

「わぁ、園田さんすごいです! 兄に訊いても「自分で考えないと身につかない」って教えてくれないんですよ。ヒントくらいくれたっていいのにって思うんです」

 と、ひと仕事終えたのか捲り上げていた袖を元に戻しながらリビングに入って来た乾を見つけ、可愛く睨みながら文句を言う美晴。本気では言っていないことは美晴の瞳が優しく兄、乾のことを見ているので俺にも分かった。
 乾の方も気を悪くした風もなく、美晴の事が可愛くて仕方がないという顔で苦笑していた。

 ここに来て分かったことは、この兄弟が本当に仲がいいということだ。少しだけ違和感もあるがその正体はまだ分からない。
 俺には兄弟はいなかったからただの勘違いの可能性もあるが、どちらにしても兄弟という存在は正直羨ましいと思った。もしも兄なり姉がいたなら俺は今みたいなことにはなっていなかったかもしれない。

 甘えっぱなしにはなるつもりはないが、ひとりで突っ走る事なく誰かに相談したり頼ることができていたかもしれなかった。





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