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契約期間中は住み込みになるわけだが、誰かに伝えることも取りに行く荷物もなかった俺はその場で男が運転する車に乗せられ、そのままなにも起こらなければ一ヶ月の間厄介になるだろう職場となるその男の家に行くことになった。
運転をしながら男は軽く自己紹介をしましょうか、と乾 大輝と名乗った。年齢は二十四歳と俺よりも八つ若い。
なるほど、胡散臭いがキラキラして見えるはずだ。社会に出て二年?
俺がそのくらいの頃はひとりで任される仕事も増えて、とにかく楽しくて仕方なかったっけ。それから八年……こんなことになるなんて知らずにな。
溜め息が漏れそうになるが、今更だと思い堪えた。
気持ちを切り替え俺も園田 隼人と名乗り、気になったことを訊いてみた。
「褒めるって誰を褒めるんだ? あんた?」
「いえいえ僕ではないですよ。僕の弟――美晴のことを褒めて欲しいんです。なぜそんなことを、という質問には今は答えたくありません。まぁいきなり会ってすぐに褒めろって言うのも無理があることは承知していますので、しばらくは美晴と、あ、勿論僕もいますが一緒に暮らしてみて、美晴のことをちゃんと見てあげて下さい」
「様子見がどのくらいか分からないが、そんなの時間の無駄じゃないのか?」
「んー考えてもみて下さい。期限は一ヶ月ですが会ってすぐに心からの褒め言葉なんて言えるとは思えません。たとえなにかを言ったとしてもそれは美晴の心には届くことはないでしょう。意味のない言葉を毎日聞かされたとして美晴はあなたのことをどう思うでしょうね?」
「――信用できない……」
「そうです。急がば回れとも言いますし、だったら関係を築いてからの方がいいでしょう? 一回でも三十万なんですから二回でも三回でも大金です。あなた自身の目で美晴を見て欲しいので、先入観を与えない為にも僕からの情報提供はこれで終わりです」
「うぅん」と俺は唸る。
少なすぎる情報ではあるが、確かにこの男――乾の言う通りではある。そもそもが一ヶ月の間生活が保障されるだけでもありがたいのだから最終日に一発決められたら儲けものくらいの考えでいいのかもしれない。
まぁ失敗したって俺は傷つかないし、こちらに損はない。
「うーんそうですねぇ――もしもあなたが一度でも成功できたら、お給料の他に特別ボーナスをひとつ差し上げます。お金でも物でも僕が提供可能な物であればなんでも構いません」
一回三十万でももらいすぎだと思うのに、それプラス特別ボーナスとは……やけに大盤振る舞いだなと思った。
「僕は努力にはちゃんと報いたいと思っていますから」
にこりと笑う乾の顔はやっぱりどこか胡散臭いものだったが、乾が口にした『努力に報いたい』という言葉にささくれ立っていた心が少しだけ慰められた気がした。
そう、俺は努力して努力して色々な成果を残したが、結局会社や同僚からは認められていなかったということに引っかかっていたのだ。
もしも認められていたなら俺は今ここにはいないはずだ。
百歩譲って、アイツらを助けていたことがなかったことにされたのはいいとしても、迷惑だと言うなら迷惑だと直接俺に言えばよかったのだ。
お礼を言いながら陰で文句を言われていただなんて、俺がやってきたことすべてが意味のないことに思えた。
未だじくじくと、瘡蓋もできず痛み続ける胸の痛みも、なんの意味もない――。
そっと胸を押さえ、車の窓から流れる景色を見ながらこの仕事は絶対に成功させなければならないと思った。
その時の俺は誰かの期待に応えたいというよりも、この仕事が成功することで自分の価値を証明したいという打算にも似た気持ちの方が強かった。
運転をしながら男は軽く自己紹介をしましょうか、と乾 大輝と名乗った。年齢は二十四歳と俺よりも八つ若い。
なるほど、胡散臭いがキラキラして見えるはずだ。社会に出て二年?
俺がそのくらいの頃はひとりで任される仕事も増えて、とにかく楽しくて仕方なかったっけ。それから八年……こんなことになるなんて知らずにな。
溜め息が漏れそうになるが、今更だと思い堪えた。
気持ちを切り替え俺も園田 隼人と名乗り、気になったことを訊いてみた。
「褒めるって誰を褒めるんだ? あんた?」
「いえいえ僕ではないですよ。僕の弟――美晴のことを褒めて欲しいんです。なぜそんなことを、という質問には今は答えたくありません。まぁいきなり会ってすぐに褒めろって言うのも無理があることは承知していますので、しばらくは美晴と、あ、勿論僕もいますが一緒に暮らしてみて、美晴のことをちゃんと見てあげて下さい」
「様子見がどのくらいか分からないが、そんなの時間の無駄じゃないのか?」
「んー考えてもみて下さい。期限は一ヶ月ですが会ってすぐに心からの褒め言葉なんて言えるとは思えません。たとえなにかを言ったとしてもそれは美晴の心には届くことはないでしょう。意味のない言葉を毎日聞かされたとして美晴はあなたのことをどう思うでしょうね?」
「――信用できない……」
「そうです。急がば回れとも言いますし、だったら関係を築いてからの方がいいでしょう? 一回でも三十万なんですから二回でも三回でも大金です。あなた自身の目で美晴を見て欲しいので、先入観を与えない為にも僕からの情報提供はこれで終わりです」
「うぅん」と俺は唸る。
少なすぎる情報ではあるが、確かにこの男――乾の言う通りではある。そもそもが一ヶ月の間生活が保障されるだけでもありがたいのだから最終日に一発決められたら儲けものくらいの考えでいいのかもしれない。
まぁ失敗したって俺は傷つかないし、こちらに損はない。
「うーんそうですねぇ――もしもあなたが一度でも成功できたら、お給料の他に特別ボーナスをひとつ差し上げます。お金でも物でも僕が提供可能な物であればなんでも構いません」
一回三十万でももらいすぎだと思うのに、それプラス特別ボーナスとは……やけに大盤振る舞いだなと思った。
「僕は努力にはちゃんと報いたいと思っていますから」
にこりと笑う乾の顔はやっぱりどこか胡散臭いものだったが、乾が口にした『努力に報いたい』という言葉にささくれ立っていた心が少しだけ慰められた気がした。
そう、俺は努力して努力して色々な成果を残したが、結局会社や同僚からは認められていなかったということに引っかかっていたのだ。
もしも認められていたなら俺は今ここにはいないはずだ。
百歩譲って、アイツらを助けていたことがなかったことにされたのはいいとしても、迷惑だと言うなら迷惑だと直接俺に言えばよかったのだ。
お礼を言いながら陰で文句を言われていただなんて、俺がやってきたことすべてが意味のないことに思えた。
未だじくじくと、瘡蓋もできず痛み続ける胸の痛みも、なんの意味もない――。
そっと胸を押さえ、車の窓から流れる景色を見ながらこの仕事は絶対に成功させなければならないと思った。
その時の俺は誰かの期待に応えたいというよりも、この仕事が成功することで自分の価値を証明したいという打算にも似た気持ちの方が強かった。
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