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泣きうさぎに花束を
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教えて貰った呉君の誕生日まであと一週間。何をあげたらいいかな? 今時の若い子は何が欲しいんだろう……?
と『今時の若い子』だなんて表現に、今更ながら呉君との歳の差に何とも言えない気持ちになるけど、気にするもんかとふんすと鼻息を荒くした。
すると、向こうの方で大学生くらいの子たちの楽し気な話し声が聞こえてきて――って呉君本人だった。呉君と笑顔の可愛い素直そうな同世代の男の子。
それを瞳が捉えた瞬間、胸がズキズキと痛んだ。
ただの友人かもしれない。でもとてもそうは思えないのだ。呉君の優し気に細められた瞳がただの友人じゃないって言ってるみたいで。
「――くれ……く」
聞こえるはずのない俺の呟きに俺の方を見た呉君。そして見開かれる瞳。
その意味を考えたくなくて、俺は呉君から逃げるようにそのまま走り出していた。
また告白する前に失恋したという事実が痛くて苦しくて、無我夢中で走った。
*****
どのくらい走り続けたのか、「はぁはぁ」と肩で息をしてその場にしゃがみ込んで声をあげて泣いた。いい歳をした大人がみっともないと思うが、幸い辺りには誰もいないからセーフだと思いたい。いや、他人なんてどうでもいい。
「はぁはぁ……。っとに足速いよっ。だぁーっもうっ俺これでも運動神経いい方なのに足で負けるとか地味にショック!」
と、しばらくして現れた呉君が同じように肩で息をしながら言う。
何で追いかけて――? あの子は?
「こんな所でまた泣いて――。兎は寂しいと死んでしまうんでしょう? ――ひとりでなんか泣かないで下さい」
「それは嘘だって小野田が……」
「あーもうっこんな時に他の男の話なんかするなよっ。泣くなら俺の前だけにしろって言ってるんだよっ」
強めの語気にぴくりと肩を震わせると、ぎゅっと自分より少しだけ大きな身体に抱きしめられて、がさりという音と花の香りが辺りに舞った。
「え?」
「――今更大人ぶったって遅いんですよ。俺知ってますから。うさぎさんがちょっぴり間が抜けてて不器用な事。そして誰よりも一途で涙もろい事も」
突然の事すぎて言葉の半分も理解できなくて、最後の言葉だけを拾う。
「な、涙もろくなんか……」
「俺の前で何回泣いたと思ってるんですか?」
と少し呆れたように、意地悪く笑う呉君に「だってそれは……」って言おうとして最後まで言い切る事はできなかった。呉君が自身の唇で俺の口を塞いだからだ。それは少しも強引ではなくて優しく触れただけだったけれど、されるがままになってしまった。
だって誰だってびっくりするよね。大好きな人の顔がいきなり近づいて来たかと思ったら唇に――。
「ひえっ」
「ふっ何それ? これでひと回り年上だとか――何の詐欺ですか」
と目を細め、くすくす笑いだした。
「だ、え? あ? う……ファースト……き、すだし……」
ここは何の承諾も得ずキスされた事に抗議すべきなんだろうけど、頭の中は初めてのキスを好きな人とした事でいっぱいで、ワーワーってまるでお祭り騒ぎだ。
「あは、嬉しい。俺も初めてです」
「嘘……」
俺の呟きに呉君は少しだけ困ったように笑った。
「――――こないだの話ですが、あれは他の誰かの話じゃなくて本当は俺の話なんです。一緒にいたのはフラれた相手……椋本っていうんですけど、椋本とは付き合ったとは言えないから誰かと付き合った事も一度もないです。八方美人だった時だって誰かれ構わずキスなんて無理でしたし、冗談みたいに求められた事もありましたけどできませんでした。今日はマスターからうさぎさんの誕生日だってさっき聞いて、慌ててバイトを少しだけ抜けさせて貰ったんですが俺こういうの初めてでよく分からなくて――」
へにょりと眉を下げる呉君。
よく見ると確かに呉君はラフな上着の下はバイトの制服を着ていた。
「それで急遽椋本と……うさぎさんは気付いていなかったみたいですが近くに勇もいて、ふたりを呼び出してプレゼント選びを手伝って貰っていたんです」
だから泣かなくていいのだというように涙を拭って、優しく微笑まれた。そして、
「あぁ、そうだった。いきなりうさぎさんが走り出しちゃうし、追いかけてみれば泣いているしで動揺しちゃって大事な事を言えてませんでした。なのにキスとか……びっくりしましたよね。すみませんでした」
と抱きしめていた身体を離し、差し出された花束。花束の中に可愛いうさぎのマスコットがちょこんと顔を覗かせていて、何だか幸せいっぱいに笑っているように見えた。
さっきの香りはこれだったのか。ふわりと香る幸せで優しい香り。
「誕生日おめでとうございます。本当はあなたが誰かと幸せになるのを見守っていくつもりだったんですが、それじゃ嫌だって思ったんです。あなたを幸せにするのは俺じゃないと嫌だし、俺を幸せにできるのはあなただけです。どんなうさぎさんでも好きなんです。ずっとずっとあなただけを愛します。だから……一緒に幸せになって下さい」
誕生日、そうだった。俺は呉君より一週間前の今日が誕生日だった。呉君の誕生日と告白の事で頭がいっぱいで自分の誕生日なんて忘れてた。
告白しようと思っていたけど、呉君の方から告白してくれた事にびっくりして、答えは『Yes』しかないのに何て言っていいのか分からない。
呉君は決して急かす事はなく、少し緊張した面持ちでじっと待ってくれている。
いつも見ていたカウンターの中の呉君の無表情にも見えた瞳には、穏やかで温かい何かがあった。今はそれが何だか分かる。
俺への愛。
残った涙を手の甲で乱暴に拭って答える。
「喜んで――。俺も、好きだよ」
「やった!!」
呉君のどこにそんな力があるのか俺を抱き上げてくるくると回り始めた。
これが若い男女であれば絵になるかもしれないけれど、スーツを着たいい歳をした男と喫茶店の制服を着た青年だから奇異なものに見えるに違いないのに嬉しくて楽しくて、どうしようもなく愛おしくて、結局俺たちは犬を散歩させている人が通りかかるまでバカみたいにはしゃいで笑いながらくるくると回り続けていた。
呉君にプレゼントされた花の香りが舞う中、うさぎは幸せを噛みしめながら声を上げて笑った。
-終わり-
と『今時の若い子』だなんて表現に、今更ながら呉君との歳の差に何とも言えない気持ちになるけど、気にするもんかとふんすと鼻息を荒くした。
すると、向こうの方で大学生くらいの子たちの楽し気な話し声が聞こえてきて――って呉君本人だった。呉君と笑顔の可愛い素直そうな同世代の男の子。
それを瞳が捉えた瞬間、胸がズキズキと痛んだ。
ただの友人かもしれない。でもとてもそうは思えないのだ。呉君の優し気に細められた瞳がただの友人じゃないって言ってるみたいで。
「――くれ……く」
聞こえるはずのない俺の呟きに俺の方を見た呉君。そして見開かれる瞳。
その意味を考えたくなくて、俺は呉君から逃げるようにそのまま走り出していた。
また告白する前に失恋したという事実が痛くて苦しくて、無我夢中で走った。
*****
どのくらい走り続けたのか、「はぁはぁ」と肩で息をしてその場にしゃがみ込んで声をあげて泣いた。いい歳をした大人がみっともないと思うが、幸い辺りには誰もいないからセーフだと思いたい。いや、他人なんてどうでもいい。
「はぁはぁ……。っとに足速いよっ。だぁーっもうっ俺これでも運動神経いい方なのに足で負けるとか地味にショック!」
と、しばらくして現れた呉君が同じように肩で息をしながら言う。
何で追いかけて――? あの子は?
「こんな所でまた泣いて――。兎は寂しいと死んでしまうんでしょう? ――ひとりでなんか泣かないで下さい」
「それは嘘だって小野田が……」
「あーもうっこんな時に他の男の話なんかするなよっ。泣くなら俺の前だけにしろって言ってるんだよっ」
強めの語気にぴくりと肩を震わせると、ぎゅっと自分より少しだけ大きな身体に抱きしめられて、がさりという音と花の香りが辺りに舞った。
「え?」
「――今更大人ぶったって遅いんですよ。俺知ってますから。うさぎさんがちょっぴり間が抜けてて不器用な事。そして誰よりも一途で涙もろい事も」
突然の事すぎて言葉の半分も理解できなくて、最後の言葉だけを拾う。
「な、涙もろくなんか……」
「俺の前で何回泣いたと思ってるんですか?」
と少し呆れたように、意地悪く笑う呉君に「だってそれは……」って言おうとして最後まで言い切る事はできなかった。呉君が自身の唇で俺の口を塞いだからだ。それは少しも強引ではなくて優しく触れただけだったけれど、されるがままになってしまった。
だって誰だってびっくりするよね。大好きな人の顔がいきなり近づいて来たかと思ったら唇に――。
「ひえっ」
「ふっ何それ? これでひと回り年上だとか――何の詐欺ですか」
と目を細め、くすくす笑いだした。
「だ、え? あ? う……ファースト……き、すだし……」
ここは何の承諾も得ずキスされた事に抗議すべきなんだろうけど、頭の中は初めてのキスを好きな人とした事でいっぱいで、ワーワーってまるでお祭り騒ぎだ。
「あは、嬉しい。俺も初めてです」
「嘘……」
俺の呟きに呉君は少しだけ困ったように笑った。
「――――こないだの話ですが、あれは他の誰かの話じゃなくて本当は俺の話なんです。一緒にいたのはフラれた相手……椋本っていうんですけど、椋本とは付き合ったとは言えないから誰かと付き合った事も一度もないです。八方美人だった時だって誰かれ構わずキスなんて無理でしたし、冗談みたいに求められた事もありましたけどできませんでした。今日はマスターからうさぎさんの誕生日だってさっき聞いて、慌ててバイトを少しだけ抜けさせて貰ったんですが俺こういうの初めてでよく分からなくて――」
へにょりと眉を下げる呉君。
よく見ると確かに呉君はラフな上着の下はバイトの制服を着ていた。
「それで急遽椋本と……うさぎさんは気付いていなかったみたいですが近くに勇もいて、ふたりを呼び出してプレゼント選びを手伝って貰っていたんです」
だから泣かなくていいのだというように涙を拭って、優しく微笑まれた。そして、
「あぁ、そうだった。いきなりうさぎさんが走り出しちゃうし、追いかけてみれば泣いているしで動揺しちゃって大事な事を言えてませんでした。なのにキスとか……びっくりしましたよね。すみませんでした」
と抱きしめていた身体を離し、差し出された花束。花束の中に可愛いうさぎのマスコットがちょこんと顔を覗かせていて、何だか幸せいっぱいに笑っているように見えた。
さっきの香りはこれだったのか。ふわりと香る幸せで優しい香り。
「誕生日おめでとうございます。本当はあなたが誰かと幸せになるのを見守っていくつもりだったんですが、それじゃ嫌だって思ったんです。あなたを幸せにするのは俺じゃないと嫌だし、俺を幸せにできるのはあなただけです。どんなうさぎさんでも好きなんです。ずっとずっとあなただけを愛します。だから……一緒に幸せになって下さい」
誕生日、そうだった。俺は呉君より一週間前の今日が誕生日だった。呉君の誕生日と告白の事で頭がいっぱいで自分の誕生日なんて忘れてた。
告白しようと思っていたけど、呉君の方から告白してくれた事にびっくりして、答えは『Yes』しかないのに何て言っていいのか分からない。
呉君は決して急かす事はなく、少し緊張した面持ちでじっと待ってくれている。
いつも見ていたカウンターの中の呉君の無表情にも見えた瞳には、穏やかで温かい何かがあった。今はそれが何だか分かる。
俺への愛。
残った涙を手の甲で乱暴に拭って答える。
「喜んで――。俺も、好きだよ」
「やった!!」
呉君のどこにそんな力があるのか俺を抱き上げてくるくると回り始めた。
これが若い男女であれば絵になるかもしれないけれど、スーツを着たいい歳をした男と喫茶店の制服を着た青年だから奇異なものに見えるに違いないのに嬉しくて楽しくて、どうしようもなく愛おしくて、結局俺たちは犬を散歩させている人が通りかかるまでバカみたいにはしゃいで笑いながらくるくると回り続けていた。
呉君にプレゼントされた花の香りが舞う中、うさぎは幸せを噛みしめながら声を上げて笑った。
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