僕と先輩と恋の花

ハリネズミ

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僕と先輩と恋の花

② @呉

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 椋本と一緒に帰る事自体別に苦痛でもないし、自分に好意を寄せてくれる相手だからして接する事ができた。だから三ヶ月も過ぎると最初ほど『いい先輩』や『優しい先輩』を意識しなくなっていた。自分が本当に楽しいと思った事を椋本に話して、椋本も楽しそうにしてくれていた。
 椋本と帰るのは本当に楽しかったんだ。勇以外で初めてほっと息を吐ける相手だったんだ。

 だけどある日、クラスのやつに言われたんだ。

「勇って恋人いたんだな。一緒に帰ってた子、そうだろ?」

 俺は友人の何気ないそのひと言に固まってしまった。たとえ見られていたとしても『先輩後輩』、または『仲のいい友だち』だと思われるところを『恋人』と迷いもなく言われたのはどうしてだ。もしかして全部知って――いる? 全身から血の気が引いて、ドキドキばくばくと心臓があり得ないくらい音を立てて騒ぎだす。
 三ヶ月もの間ふたりきりで帰り続けていたからどこかで見られていてもおかしくはなかった。だから椋本について訊かれたら「後輩だけど帰る方向が一緒だからたまたま一緒に帰ってるだけ」って答える気でいた。それが一番無難だと思ったからだ。
 俺たちは別に付き合っているわけじゃない。だから俺の言い訳は正しいと言えば正しいのだけど、俺が椋本の告白に返事をしていない事。それなのに毎日一緒に帰っているという事は、気を持たせるだけ持たせて弄んでいるようにも見える。こんな事が知られたら何て言われるか分からない。この手の話はあっという間に広がって、総スカンをくらうかもしれないのだ。

 嫌われたくない。

 その時の俺の頭の中にはそれしかなくて、今思えば予め用意していた答えで充分誤魔化せたと思うのに、俺は考えないようにしていたけど椋本に対して罪悪感のようなものがあったのかもしれない。頭が真っ白になって隠さなきゃってそれだけだった。そして、

「つ……付き合ってない、本当は勇も一緒なんだけど――」

 と、勇の名前をだした。いつもは三人なのだと言う事で、それが事実として自分の中の罪悪感をなくそうとした。

「あ、そうなんだ?」

 と、すぐに興味を失って別の話題に移っていく友人たちの会話を聞きながら、俺はホッと胸をなでおろした。
 そうだ、これは軽く流せるくらいの事なんだ。
 俺はひどい事なんてしていない。告白に対して返事はしていないけど一緒に帰って、椋本も楽しそうにしていたし文句なんて言われた事はない。何も不満がないという証拠だ。椋本がいいならそれでいいだろう?

 椋本がいいならと考え、ふと本当にそうだったか? と思う。
 確かに楽しそうにはしていたけど他人から見て恋人だと確信できるのだとすれば、当の椋本はどう思っていたのだろうか。付き合っていると思っていたのだろうか、付き合っていると思っていなかったなら答えも出さずにいい加減な態度をとり続ける俺の事をどう思っていたのだろうか。

 嫌い……に、椋本に嫌われ――?
 急に不安になり、結局一番悪い形で勇を巻き込んでしまった。現実を見るのが怖かった。勇に任せれば何とかしてくれる。そう思って巻き込んで、自分だけ逃げたんだ。

 これはもうどんな言い訳もできないくらいクズの所業だって分かってはいたけど、自分ひとりの力で立ち向かうなんて事できなかったんだ。何度も手を伸ばし払いのけられてきた俺は、ちっぽけで何の力もない弱い存在で――。

 そうやって勇に丸投げしたくせに勇気を振り絞って三人で帰ってみれば、勇と楽しげに笑ってる椋本を見て、俺の事が好きなんじゃないのかよ? お前の気持ちってそんなもん? って身勝手にも腹を立てたりして。折角貰えた好きという気持ちを大切にしなかったのは俺なのに。

 母に父に愛が欲しいと手を伸ばし、払われた。俺は正真正銘父と母の子で、兄とも血が繋がっている。だけど俺だけが家族ではないみたいに愛されないのだ。
 理由なんて知るはずもない。誰も教えてくれなかったから。愛されない理由も誰かを愛するという事も。

 俺にとって愛情はガラスケースに入った決して触れる事が出来ない物で、眺めるしかできない物だった。
 それが自分の手の中にふいに落ちてきてびっくりしてしまっただけだったんだ。俺には勿体ないくらい優しい、柔らかな愛情――。

 三人で帰って分かってしまった。
 今はもう――椋本は勇の事が好き、なんだ。
 そして自分の本当の気持ちにも。

 俺は他人に向けられる愛情を見て、初めて自分の気持ちに気づいたんだ。

 俺は椋本の事が――椋本 凪の事がいつの間にか好きになっていたんだ。

「あの告白は、血の繋がった両親にも愛されない俺にもたらされた唯一の奇跡……だったのかなぁ……」

 「はぁ……」と後悔の溜め息を長く、ながく吐きだした。

 それでも俺はもう一度、他の誰かにではなく自分に向けられるあの子の笑顔が見たいと思ってしまうんだ。
 もう一度はない奇跡が欲しいと、ちいさな子どものように天に向かって手を伸ばした。




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