『完結』6年3組わたしのゆうしゃさま

はれはる

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2話side栞

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「終わった~。疲れたね~」

 体育の授業が終わりクラスの女子たちはそれぞれおしゃべりしながら更衣室に入り体操服から私服に着替える。一つの空間に女子だけが集まると、自然と教室では話さない内容で盛り上がる。ファッション、好きなドラマ、アイドル、そしてクラスの男子たちの話題。
 私がそれらに耳を傾けながら1人静かに着替えていると、背後からぽんぽんと軽い音を立てて肩を叩かれる。

「ねぇねぇ栞ちゃん。さっきの試合大丈夫だった?」

 栗色のショートボブをした女の子が心配そうに私の様子を伺っている。

「うん。心配してくれてありがと。怪我も無いし、どこも痛くないよ」

「よかったー!私怖くて一歩も動けなったよ~」

 彼女は表情は笑ったり、怒ったり、恐怖に染まったりころころと表情を変化させ、弾むような声で私に話しかけてくる。

「まったく男子って野蛮だよね!相手にボールをぶつける事の何が楽しいんだか!」

 彼女は頬を膨らませ、男子に対する不満を漏らす。

 彼女の名前は早坂静はやさかしずか
 性格は明るくおしゃれ、流行に敏感で誰とでも楽しそうに話し、クラスのムードメーカーだ。
 地味な私とは正反対。
 彼女は一通り男子に対する不満を吐き出しすと、急に真剣な顔つきになり私の耳元に顔を近づける。彼女の髪から漂う甘い香りに何だかドキドキしていると、彼女の口から想いもよらない言葉が放たれた。

「ねぇねぇ。さっきのゆうとくん、ちょっとかっこよくなかった?」

「え?…そ、そうかなぁ?よくわかんないかな」

 彼女は両手を自身の胸に当て楽しそうに弾みながら話す。

「えー!あの身のこなし!HIDEみたいでかっこよかったよー!」

 有名動画配信者HIDE。彼女によると元プロスポーツ選手で現在は動画配信サービスでボディメイクや現役スポーツ選手とのコラボ動画で有名な人らしい。

「今度HIDEの動画見せてあげる!すっごいスタイルが良くてかっこいいんだから!」

「わ、わかったから。とりあえず先に服を着ようか」

「あ!やば!はずかしー!」

 慌てながら上半身裸で自分のロッカーまでバタバタと走り、急いで着替える彼女。私はその姿を眺めながら彼女の言った言葉を胸の中で反芻する。
 かっこいい…のかな?同学年の男子に対して私の印象は『こどもっぽい』ただそれでしかない。私以外から聞く男子に対する感想もあまり良い言葉を聞かない。

 体操服から洋服に着替る彼女に何となく視線が向かう。彼女の身につける服、下着、バッグ、小物。私にとっては全てが鮮やかで大人びた感じがする。クラスメイトの女子達の噂では年上の彼氏が存在するらしいが、あくまで噂話。ちょっとだけ気になるけど私には縁のない話しだ。

 放課後。
 何故か私はしずかちゃんの部屋にお呼ばれしていた。正直彼女がこんなに押しの強い子とは知らなかった。その日の授業を終えるといつもの様に図書館で勉強を済ませ、本を借りて帰宅しようとすると、何と出口で彼女が待ち構えていた。彼女は楽しそうに笑みを浮かべながら、私の腕に自身の腕を絡ませる。

「さ!行こう!」

「ちょっ!行こうって何処に?」

「私の家!」

 彼女の行動力に呆れながらも、初めてクラスメイトの家に遊びにいいくというイベントに少し浮かれていた。
 いや初めてじゃないか…でもかなり昔の話だ。ただ何となくお父さんが死んでから、外で遊ぶことをしなくなった。

 やや強引に私を連れて行くしずかちゃん。私を変りばえのない日常の輪から連れ出すその姿はピーターパン、いや彼女の場合ティンカーベルだろうか。私を知らない世界に連れて行ってくれる気がして鼓動が高鳴る。

「とうちゃーく!あ、うちの親まだ仕事からかえってないからゆっくりしてていいよー」

 玄関をくぐり、2階にある彼女の部屋に通される。壁には今流行りのアイドルや歌手のポスター、ベッドにはぬいぐるみが並んでいる。カーテンやベッドのシーツ、壁紙は淡いピンクに統一されていて可愛い。私の目にはちょっと刺激が強いかな。

「あっついねー。はい好きな方取ってー」
 
 彼女に渡されたよく冷えたペットボトルが下校で火照った体に心地いい。志保はポテトチップスの袋を背から豪快に広げ私に勧める。一度に3枚のポテチを口に放り込みバリバリと音を立てて食べる彼女。お洒落で少し大人っぽいと思ってた彼女の姿はそこにはなく、口のはじがポテトの油で汚れた彼女に私は思わず微笑んだ。

 その姿に何故かご飯粒を頬につけた彼を思い出す。

「んで。これ見てこれ~」

 その後彼女おすすめの有名動画配信者を一緒に視聴する。沢山のアクセサリーが着いたスマホ。スマホの裏についていたリングを使ってテーブルの上に立てかけると、私のすぐ隣に座って説明してくれる。
 ち、近いよ…

「はぁ…いいなぁ…」

しばらく動画を見ていたかと思うと、急にため息をつくしずか。

「どうしたの?」

「見て。この人。最新の楽曲を誰よりも早く耳コピしてピアノ演奏動画を上げてるんだけど、有名配信者とコラボするんだって。はぁ~私も有名になれればアイドルとか歌手に会えるかな~。上手くいけば私がアイドルデビューしちゃったりして!」

 しずかの頭の中の妄想が膨らみ、テンションが上がった彼女は急に立ち上がり拳を天に掲げる。と思った次の瞬間彼女はよろよろと床に座り込み深いため息をつく。

「本当は私もネットに動画を上げたいんだけどお母さんに止められてるんだよねぇ」

「そっか。私も詳しくは知らないけど、こういうのって未成年の場合大人の許可というか同意がいるのかな?」

「ん~私もよく知らないんだけどね。たぶんそんな感じかな?」

 彼女は駄々をこねる子供のように床に寝そべりって足をぱたぱたと動かし唸り始める。

「う~。大人になるまでなんて待てないよ~。流行は待ってくれないんだよ!」

 こればっかりは私の力ではどうしようもない。その後もスマホで彼女お気に入りの動画を見ていると、窓から涼しい風が入り込んでくる。

「あ、そろそろ帰らなきゃ」

「え~!もうそんな時間!?そうだ!今日は泊まって行きなよ!」

 クラスメイトの家にお泊まり。
 なんてなんて楽しそうな響きだろう。
 でも今日はお母さんが早く帰れるって言ってたし、出来ればお母さんと夕飯を食べたいな。

「ありがとう。でも家に帰らないと明日の準備も出来ないし、もしよかったらまた今度誘ってくれるかな?」

「そっか~。残念だけどしょうがない。また今度ね!」

 彼女は一度しょんぼりとした顔をしたが、すぐに笑顔に戻り私を見送ってくれた。今日は楽しかったな。また誘ってくれるかな?お母さんお泊まり許してくれるかな?しずかちゃんは私の姿が見えなくなるまで、ぶんぶんと音が聞こえそうなほど豪快に手を振り見送ってくれた。

「ただいま~」

 明かりの無いリビングに向かって声が響く。

「お母さんまだかな…」

 対して面白くないテレビが流れるリビングでテーブルに突っ伏して過ごす。テレビに映る番組に興味は無いけれど、テレビを消すと壁にかかったアナログ時計の秒針がやけに五月蝿く感じ、孤独を際立たせる。瞼がゆっくりと重力に負け始め、私の意識は闇に沈んでいった。

 弾ける油の音と香ばしい匂い。
 私の意識はゆっくりと覚醒して、目を擦りながら頭を上げる。私の体はいつの間にかソファに横たわっていて、上からタオルケットがかけられていた。
 台所には料理をするお母さんの姿。私はゆっくりと背後に近づきお母さんを抱きしめる。

「起こしちゃった?ごめんね。少し遅くなっちゃった」

 振り返り私を抱き返す母の胸に顔を埋め、無言で顔を左右に揺らす。

「ありがとう。先に炊飯器をセットしてくれていたから、すぐに夕飯に出来そう。栞は本当にいい子ね」

 お母さんは私の頭をゆっくりと撫でながら労いの言葉をかけてくれた。

「さっ。今日のメインは豚の生姜焼きよ。栞が炊いてくれたご飯と一緒に食べるのが楽しみ」

 その日久しぶりにお母さんと一緒にお風呂に入り学校のことを話す。勇気を出して志保ちゃんが提案してくれたお泊まりのことも。

「お友達の家にお泊まり!行ってきなさい。お母さんのことなら大丈夫。遠慮しないで楽しんできなさい」

 お母さんは喜んで許可してくれた。その日私は久しぶりにお母さんの布団で一緒に寝た。そして眠くなるまで話し込む。こんなにたくさんお話ししたのいつぶりだろうか。

 この幸せな時間がいつまでも続いて欲しいと願いながらも私の意識は夜の闇に沈んでいった。
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