上 下
5 / 39
本編

5. 交渉と結果

しおりを挟む
 翌日。
 お昼過ぎに私達はケヴィン様の家――パールレス侯爵家に向かっていた。

 正式に婚約解消に向けた話し合いをするためだ。
 元々は「ケヴィン様がお父様に会いに来る」という話だったのだけれど、お父様が「わざわざご足労頂くわけにはいきませんから」と手紙を出してこういう形になった。
 ちなみに、パールレス侯爵家のお屋敷は私の暮らすキーグレス伯爵家の屋敷の隣にあるから、手紙のやり取りなんてすぐに終わる。

「隣だけど、馬車なのね……」
「いくら王都で貴族の屋敷の集まっている場所とはいえ、賊がいない保証は無いからな。俺だけなら歩いていくが」

 いつも不思議に思っていたことを口にすると、そんな答えが返ってきた。
 ちなみにだけど、門から門へはそこそこ距離がある。馬車を使うほどではないけれど。

「お父様に勝てるお方は公爵様くらいですものね……」
「ステラも、だな」

 武術が得意なお父様と魔法が得意なステラ―ー私のお母様。魔法に関してはお母様の方が圧倒的に上なのだけれど、お父様も貴族の中でも上の方だったりする。
 そんな両親の厳しい教育のお陰で私もそこそこ戦えるのだけれど、今でも心配されてるのよね。

「あなた、私の魔法なんてかすりもしないじゃない? すぐに詰められて私の負けよ」
「例の魔法さえなければそうかもしれないが、本気なら分からないな」
「今度試してみる?」
「いや、遠慮しておく。お互いに命がいくらあっても足りない」

 何やら物騒な話が始まっているけれど、その例の魔法は見たことが無いからうまく実感がつかめない。
 例の魔法というのも気になるけれど、それよりももっと気になることがあった。

「こんな時なのに気楽なのですね……」
「そのことだけど……浮気男と離れられるなら、それで良いじゃない? これが子を授かった後だったら深刻だったけれど、今ならいくらでも取り返しがつくのよ。むしろ、ソフィアが浮気男と離れてくれて嬉しいわ」
「そうなのですね……」

 確かにお母様の言う通りだ。浮気するような方と結婚していたら私は絶対に幸せになれない。だから、これは最悪の状況と比べると喜ばしいことなのかもしれないわね……。

 よくないことには変わりないけれど。

「それに、貴女を欲しがるお方はたくさんいるのよ?」
「我が家の力を舐めないでほしいな」
「お父様とお母様がすごい方というのは知っていますわ。ですが……」

 問題はそこではない気がする。
 学院での私の二つ名が〝氷の冷徹令嬢〟だから。

 私と関係を持とうとする殿方に徹底して冷たくしてきた結果、こんな不名誉な二つ名を頂くことになってしまったのよね。
 面倒な噂を立てられないように、ケヴィン様に不信感を抱かせないように。そう思っての行動だったけれど、それが裏目に出てしまった。

 そのことを説明すると、お父様はこんな言葉を返してきた。

「そんなことでソフィアの魅力が消えるとは思えないな。まともな思考をしている者なら分かっているはずだ」
「そういうものでしょうか?」
「ああ。だから将来のことは心配しなくていい。今までの努力は必ずソフィアを幸せへと導いてくれる」

 そう言ってくれたけれど、不安要素は山ほどある。
 特に、私を敵視しているように見えるセレスティア様のことだ。

 彼女なら、周囲の人間を利用して私を陥れようとしてくることも考えられる。

 でも、そのことは相談出来なかった。

「到着いたしました」

 御者台から声がかけられたから……。
 移動の間の会話が続かないのも考え物ね。


    ☆  ☆  ☆


「本日はご足労頂きありがとうございます」
「いえ、隣ですから大したことではございません」

 そんなやり取りから始まった面会……いえ、これは交渉ね。
 私達の向かい側にはケヴィン様とパールレス侯爵夫妻が腰掛けている。

「早速ですが、本題に入ります。ソフィア嬢との婚約を無かったことにして頂きたいのです」
「理由を伺っても?」
「ええ。詳細は伏せますが、僕はもうソフィアを愛することは出来ないからです」

 ケヴィン様のこの言葉は、浮気を認めているように聞こえた。
 でも、今更怒りを浮かべるなんてことはしない。

 努力してきたのに裏切られたことは悔しいけれど、涙は昨日のうちに流し切ってしまったから。
 もう、悔しいとも悲しいとも思わなかった。
 
「つまり、そちらの都合ということでよろしいですか?」
「はい、もちろんです」
「では、我々には慰謝料を請求する権利があるということになります」

 お父様がそう切り出すと、パールレス侯爵様はゆっくりと頷いた。
 それからはお父様と侯爵様同士の慰謝料の交渉になってしまって私の出番は無かったのだけれど、ケヴィン様と目を合わせないように必死だった。

 顔は向けたまま、けれども不自然に思われないように視線を外すことって、意外と難しいのよね……。

「……では、この条件に同意いただけるようでしたら、サインを」

 差し出された書類に、この場の全員がサインする。
 そうして、正式に婚約が解消された。

 もう悔いも心残りも無かった。
 だって、浮気するようなお方と婚約し続けるなんて死んでも嫌だから。

 そう思っていたからかしら?
 パールレス邸を後にするときには、私の心の中は晴れ晴れとしていた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

私との婚約は政略ですか?恋人とどうぞ仲良くしてください

稲垣桜
恋愛
 リンデン伯爵家はこの王国でも有数な貿易港を領地内に持つ、王家からの信頼も厚い家門で、その娘の私、エリザベスはコゼルス侯爵家の二男のルカ様との婚約が10歳の時に決まっていました。  王都で暮らすルカ様は私より4歳年上で、その時にはレイフォール学園の2年に在籍中。  そして『学園でルカには親密な令嬢がいる』と兄から聞かされた私。  学園に入学した私は仲良さそうな二人の姿を見て、自分との婚約は政略だったんだって。  私はサラサラの黒髪に海のような濃紺の瞳を持つルカ様に一目惚れをしたけれど、よく言っても中の上の容姿の私が婚約者に選ばれたことが不思議だったのよね。  でも、リンデン伯爵家の領地には交易港があるから、侯爵家の家業から考えて、領地内の港の使用料を抑える為の政略結婚だったのかな。  でも、実際にはルカ様にはルカ様の悩みがあるみたい……なんだけどね。   ※ 誤字・脱字が多いと思います。ごめんなさい。 ※ あくまでもフィクションです。 ※ ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※ 実在の人物や団体とは一切関係はありません。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

拝啓、婚約者様。婚約破棄していただきありがとうございます〜破棄を破棄?ご冗談は顔だけにしてください〜

みおな
恋愛
 子爵令嬢のミリム・アデラインは、ある日婚約者の侯爵令息のランドル・デルモンドから婚約破棄をされた。  この婚約の意味も理解せずに、地味で陰気で身分も低いミリムを馬鹿にする婚約者にうんざりしていたミリムは、大喜びで婚約破棄を受け入れる。

双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります

すもも
恋愛
学園の卒業パーティ 人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。 傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。 「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」 私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。

婚約者に好きな人がいると言われました

みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢のアンリエッタは、婚約者のエミールに『好きな人がいる』と告白された。 アンリエッタが婚約者エミールに抗議すると… アンリエッタの幼馴染みバラスター公爵家のイザークとの関係を疑われ、逆に責められる。 疑いをはらそうと説明しても、信じようとしない婚約者に怒りを感じ、『幼馴染みのイザークが婚約者なら良かったのに』と、口をすべらせてしまう。 そこからさらにこじれ… アンリエッタと婚約者の問題は、幼馴染みのイザークまで巻き込むさわぎとなり―――――― 🌸お話につごうの良い、ゆるゆる設定です。どうかご容赦を(・´з`・)

処理中です...