見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵

文字の大きさ
上 下
12 / 46

12. ダリアside 救えなかった人②

しおりを挟む
 ティーカップが飛んできたのは突然の事でした。
 ですが、訓練の時に襲いかかってくる刃物よりも遅かったので、容易に受け止めることが出来ました。

「命令は聞こえておりますが、サーシャ様の指示の方が優先ですのでお断りします。
 もう一度申し上げますが、貴女様には他の侍女が付いていたはずですが?」
「侍女のくせに偉そうにして……! 貴女もクビよ!
 オズワルド様に言いつけてやるんだから!」
「どうぞ」

 私の雇い主はサーシャ様ということになっているので、オズワルド様にお願いされたとしてもクビにはなりません。
 オーフィリア家とブラフレア家の間で交わされた取り決めによって、私をサーシャ様から引き離すことも許されないのですから、心配する必要は無いでしょう。

「サーシャとかいう女がどうなっても知らないわよ?
 1人では何も出来ないのでしょう?」

 リリアはサーシャ様のことを呼び捨てにしていますが、相手の家格が低かったとしても「さん」くらいの敬称を付けるのが常識です。
 ましてや、リリア様は子爵令嬢。筆頭子爵家の令嬢であるサーシャ様に対しては「様」を付けないと無礼に当たります。

 子爵令嬢なら、これくらいのことは知っていて当然ですから、サーシャ様に敵対するおつもりなのでしょう。

 ちなみに、サーシャ様は身の回りのことは全てこなせます。

「そうですね。用件は済みましたか?」
「もういいわよ!」

 ぷくぅ、と頬を膨らませ、不機嫌を隠そうともしないリリア様は別邸に戻っていきました。
 私も片付けが終わりましたから、サーシャ様の元に戻らないといけません。

 旦那様と奥様と交わしたサーシャ様をお守りするという約束を違えたくはありませんから。



 けれども、その約束も守り切れる自信はありませんでした。
 この夢を見ている私は、私自身を御することが出来ないのです。

 思い通りに動かず、ただ流れていく日々を見ているだけ。
 それにしてはサーシャ様に触れた時の温もりは現実と変わらないですし、氷に触れれば冷たい感触が伝わってきます。

「ダリア、今動いたのだけど……分かったかしら?」
「ええ。はっきりと」

 ティーカップを投げつけられた日から何ヶ月も過ぎ、すっかり大きくなったサーシャ様のお腹に触れる手には、赤ちゃんが蹴っている振動が伝わってきています。
 私の見立てでは、もう臨月に入っているのですが……。

 今のブラフレア家には新しい侍女を雇う余裕も、お医者様を呼ぶ余裕も無いことになっています。
 それでも、オズワルド様はリリア様に高価なプレゼントを次々と渡しています。

 使用人も私を含めて3人ほどしか残っていません。

「結局、お父様達に手紙は届かなかったわね……」
「ええ。あの手紙が伝われば、旦那様は私兵を引き連れて来てくださるはずですから」

 十分な食事を得られていないサーシャ様は、すっかり痩せてしまっていて、素人目に見ても出産する体力なんて残っていません。
 頼みの綱の治癒の力も、どういうわけか使えなくなってしまっています。

 この辺りに魔物が残っていれば、私が狩ってきて料理することも出来るのですが、この辺りの魔物は狩り尽くしてしまいました。
 今は使用人に与えられる僅かな食事を全てサーシャ様に渡して、私はその辺の草を食べて凌いでいます。

 毒草の勉強をしていて良かったと思う日が来るとは思いませんでした。

「そうよね……。
 サーシャが居なかったら、私はもう生きていないわ。いつもありがとう」
「これくらいのことしか出来ず、申し訳ありません」
「もし私が死んだら、この子だけでもいいから領地に連れて行って欲しいわ」

 どうして、恨んでいるはずの男との間に授かった子を守ろうとするのでしょうか?
 私には理解できませんでした。

「まだオズワルド様のことを愛しているのですか?」
「いいえ、もう見限っているわ。でも、この子に罪は無いの。
 それに……私の子だから、無事に育ってほしいのよ」
「そうだったのですね。私、勘違いしていたようです」
「ダリアもお母さんになったら分かるわ」

 この時のサーシャ様の笑顔はどこか悲しげで、目頭が熱くなってしまいました。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】虐げられていた侯爵令嬢が幸せになるお話

彩伊 
恋愛
歴史ある侯爵家のアルラーナ家、生まれてくる子供は皆決まって金髪碧眼。 しかし彼女は燃えるような紅眼の持ち主だったために、アルラーナ家の人間とは認められず、疎まれた。 彼女は敷地内の端にある寂れた塔に幽閉され、意地悪な義母そして義妹が幸せに暮らしているのをみているだけ。 ............そんな彼女の生活を一変させたのは、王家からの”あるパーティー”への招待状。 招待状の主は義妹が恋い焦がれているこの国の”第3皇子”だった。 送り先を間違えたのだと、彼女はその招待状を義妹に渡してしまうが、実際に第3皇子が彼女を迎えにきて.........。 そして、このパーティーで彼女の紅眼には大きな秘密があることが明らかにされる。 『これは虐げられていた侯爵令嬢が”愛”を知り、幸せになるまでのお話。』 一日一話 14話完結

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

処理中です...