84 / 123
第2章
84. side 動き出す歯車
しおりを挟む
シエルがグレーティア領を後にしてから三日。
変装を終えたリリアとアレンは、久々に王都の風景を視界に入れていた。
「なんだか活気がありませんわね……」
「ああ、ここに墓地なんか無かったはずだが……」
ここは王都の外れを通る街道で、馬車の窓からは広大な墓地が見えていた。
以前は一面を色鮮やかな花々で覆われていた場所だが、今は数えきれないほどの墓標が整然と並んでいる。
災害や戦争の後も同じような光景が見られるが、ここ十年近く戦争も災害も起きていない。
「死人が増えているという話は聞いていましたけれど、こんなにも酷い状況でしたのね……」
「この墓地は平民だけしか居ない。恐らく聖女様は平民にも手を出しているのだろう」
「被害者が増えてしまったのは悲しい事だから喜べませんわ……。
でも、聖女様の正体を明かすには好都合ですわね」
リリアの計画では、怪我をしている貴族をアイリスの元に送り込み、治癒魔法に失敗するという状況を作り出すことになっている。
これを繰り返せば、アイリスが力を失ったことになり、権威を失うに違いないからだ。
けれど貴族は王家に逆らえない。
一方の平民は、一人一人の力は小さくても、人数が貴族とは比べられないほど多い。
聖女への不信感が募れば、王家も見過ごすことは出来なくなる。
弾圧にも限界があることは、歴史が証明しているから。
「好都合ではあるが、王家の権威が失墜すれば貴族である俺達の身も危ない。
悩むところだね」
「少なくても領地の人達は私達を慕ってくれている様子でしたわ。大事にはならないと思いますの」
そんな言葉を交わしているうちに、馬車は王都の中心部に入っていた。
「よし、始めてくれ」
「分かりましたわ」
アレンの声に続けてリリアが頷くと、すぐに広場を覆うように魔力が広がる。
けれど、誰もその事には気付かなかった。
「上手く出来ましたわ」
「分かった。では、次の場所に行こう」
それから数時間以上、リリアは王都の人々がアイリスの洗脳を受けないようにと、魔法をかけていった。
同じ頃、王宮には今日も聖女の治癒魔法を求める貴族が押しかけていた。
ほとんどは男爵家や子爵家の者達だが、その中で浮いている人物の姿もある。
「カグレシアン公爵様だ……。目を付けられないようにしよう」
「あの方を先頭にしなければ、何をされるか分からない……。
喉から何かが出そうなくらい痛いが、我慢しよう」
ヒソヒソと言葉を交わす彼らの視線の先には、豪奢な衣装を身に纏ったカグレシアン公爵の姿があった。
公爵は聖女を最初に保護した人物という事もあって、この一年で公爵の中では一番力が無かったところから、貴族の頂点へと上り詰めたという経緯がある。
そして周囲を見下し、威張り、時には一方的な暴力を振るって揉め事を解決するという、過去の暴君を思い出させるような振る舞いをしている。
当然、周囲からは恐れられ、立場が対等な他の公爵家からは忌避されるようになっているが、本人はどこ吹く風だ。
そんなカグレシアン公爵は当然と言わんばかりに、一番に聖女の控えている部屋へと足を踏み入れて防音の魔法を起動していた。
「まだ王に魔法をかけられないのか?」
「申し訳ありません……中々怪我をしないそうで……」
「なぜ王に暴力を振るうように仕向けなかった」
威圧するような口調のカグレシアン公爵の姿に、アイリスは怯えている様子を見せている。
けれど公爵は口調を緩めることは無かった。
「お前の家族など、一瞬で葬ることも出来る。誰に生かされているのか分かっているなら、すぐに行動するんだな。
王子を惚れさせているのと言っていたが、あれは嘘だったのか?」
「嘘ではありません……」
「期限は明日中だ。それまでに王子が動かなければ、まずはお前の妹を殺す」
そう口にするカグレシアン公爵に闇魔法は効かないことは、アイリスが既に試していて知っていること。
だから彼を洗脳して逃れることは、もはや絶望的な状況だった。
それに王宮の使用人達は、慕っていたシエルを陥れたアイリスとアノールド王太子のことを嫌悪しているから、相談する相手は誰もいない。
かといって暗い顔を周囲に見せると評価に関わるから、今日も笑顔を取り繕うアイリスだった。
変装を終えたリリアとアレンは、久々に王都の風景を視界に入れていた。
「なんだか活気がありませんわね……」
「ああ、ここに墓地なんか無かったはずだが……」
ここは王都の外れを通る街道で、馬車の窓からは広大な墓地が見えていた。
以前は一面を色鮮やかな花々で覆われていた場所だが、今は数えきれないほどの墓標が整然と並んでいる。
災害や戦争の後も同じような光景が見られるが、ここ十年近く戦争も災害も起きていない。
「死人が増えているという話は聞いていましたけれど、こんなにも酷い状況でしたのね……」
「この墓地は平民だけしか居ない。恐らく聖女様は平民にも手を出しているのだろう」
「被害者が増えてしまったのは悲しい事だから喜べませんわ……。
でも、聖女様の正体を明かすには好都合ですわね」
リリアの計画では、怪我をしている貴族をアイリスの元に送り込み、治癒魔法に失敗するという状況を作り出すことになっている。
これを繰り返せば、アイリスが力を失ったことになり、権威を失うに違いないからだ。
けれど貴族は王家に逆らえない。
一方の平民は、一人一人の力は小さくても、人数が貴族とは比べられないほど多い。
聖女への不信感が募れば、王家も見過ごすことは出来なくなる。
弾圧にも限界があることは、歴史が証明しているから。
「好都合ではあるが、王家の権威が失墜すれば貴族である俺達の身も危ない。
悩むところだね」
「少なくても領地の人達は私達を慕ってくれている様子でしたわ。大事にはならないと思いますの」
そんな言葉を交わしているうちに、馬車は王都の中心部に入っていた。
「よし、始めてくれ」
「分かりましたわ」
アレンの声に続けてリリアが頷くと、すぐに広場を覆うように魔力が広がる。
けれど、誰もその事には気付かなかった。
「上手く出来ましたわ」
「分かった。では、次の場所に行こう」
それから数時間以上、リリアは王都の人々がアイリスの洗脳を受けないようにと、魔法をかけていった。
同じ頃、王宮には今日も聖女の治癒魔法を求める貴族が押しかけていた。
ほとんどは男爵家や子爵家の者達だが、その中で浮いている人物の姿もある。
「カグレシアン公爵様だ……。目を付けられないようにしよう」
「あの方を先頭にしなければ、何をされるか分からない……。
喉から何かが出そうなくらい痛いが、我慢しよう」
ヒソヒソと言葉を交わす彼らの視線の先には、豪奢な衣装を身に纏ったカグレシアン公爵の姿があった。
公爵は聖女を最初に保護した人物という事もあって、この一年で公爵の中では一番力が無かったところから、貴族の頂点へと上り詰めたという経緯がある。
そして周囲を見下し、威張り、時には一方的な暴力を振るって揉め事を解決するという、過去の暴君を思い出させるような振る舞いをしている。
当然、周囲からは恐れられ、立場が対等な他の公爵家からは忌避されるようになっているが、本人はどこ吹く風だ。
そんなカグレシアン公爵は当然と言わんばかりに、一番に聖女の控えている部屋へと足を踏み入れて防音の魔法を起動していた。
「まだ王に魔法をかけられないのか?」
「申し訳ありません……中々怪我をしないそうで……」
「なぜ王に暴力を振るうように仕向けなかった」
威圧するような口調のカグレシアン公爵の姿に、アイリスは怯えている様子を見せている。
けれど公爵は口調を緩めることは無かった。
「お前の家族など、一瞬で葬ることも出来る。誰に生かされているのか分かっているなら、すぐに行動するんだな。
王子を惚れさせているのと言っていたが、あれは嘘だったのか?」
「嘘ではありません……」
「期限は明日中だ。それまでに王子が動かなければ、まずはお前の妹を殺す」
そう口にするカグレシアン公爵に闇魔法は効かないことは、アイリスが既に試していて知っていること。
だから彼を洗脳して逃れることは、もはや絶望的な状況だった。
それに王宮の使用人達は、慕っていたシエルを陥れたアイリスとアノールド王太子のことを嫌悪しているから、相談する相手は誰もいない。
かといって暗い顔を周囲に見せると評価に関わるから、今日も笑顔を取り繕うアイリスだった。
1,031
お気に入りに追加
4,483
あなたにおすすめの小説
伯爵令嬢は身の危険を感じるので家を出ます 〜伯爵家は乗っ取られそうですが、本当に私がいなくて大丈夫ですか?〜
超高校級の小説家
恋愛
マトリカリア伯爵家は代々アドニス王国軍の衛生兵団長を務める治癒魔法の名門です。
神々に祝福されているマトリカリア家では長女として胸元に十字の聖痕を持った娘が必ず生まれます。
その娘が使う強力な治癒魔法の力で衛生兵をまとめ上げ王国に重用されてきました。
そのため、家督はその長女が代々受け継ぎ、魔力容量の多い男性を婿として迎えています。
しかし、今代のマトリカリア伯爵令嬢フリージアは聖痕を持って生まれたにも関わらず治癒魔法を使えません。
それでも両親に愛されて幸せに暮らしていました。
衛生兵団長を務めていた母カトレアが急に亡くなるまでは。
フリージアの父マトリカリア伯爵は、治癒魔法に関してマトリカリア伯爵家に次ぐ名門のハイドランジア侯爵家の未亡人アザレアを後妻として迎えました。
アザレアには女の連れ子がいました。連れ子のガーベラは聖痕こそありませんが治癒魔法の素質があり、治癒魔法を使えないフリージアは次第に肩身の狭い思いをすることになりました。
アザレアもガーベラも治癒魔法を使えないフリージアを見下して、まるで使用人のように扱います。
そしてガーベラが王国軍の衛生兵団入団試験に合格し王宮に勤め始めたのをきっかけに、父のマトリカリア伯爵すらフリージアを疎ましく思い始め、アザレアに言われるがままガーベラに家督を継がせたいと考えるようになります。
治癒魔法こそ使えませんが、正式には未だにマトリカリア家の家督はフリージアにあるため、身の危険を感じたフリージアは家を出ることを決意しました。
しかし、本人すら知らないだけでフリージアにはマトリカリアの当主に相応しい力が眠っているのです。
※最初は胸糞悪いと思いますが、ざまぁは早めに終わらせるのでお付き合いいただけると幸いです。
婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。
鈴木べにこ
恋愛
幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。
突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。
ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。
カクヨム、小説家になろうでも連載中。
※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。
初投稿です。
勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و
気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。
【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】
という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
舞台装置は壊れました。
ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。
婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。
『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』
全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り───
※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます
2020/10/30
お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))
2020/11/08
舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。
一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる