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第1章

72. 達成したので

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 あれから一週間。
 学院でのお別れの挨拶や、方々への根回しを済ませた私は、今日で最後になるエイブラム邸を去ろうとしていた。

 もう私室として与えられていた部屋の片付けは終わらせているから、あとはエイブラム家の皆に挨拶をするだけ。
 このまま見ていても、寂しくて泣いてしまいそうだから、そっと扉を閉める私。

「お待たせ」

「待っていないから気にしなくて良い」

「ありがとう」

 後ろで待ってくれていたクラウスに笑いかけると、手が差し出されたから、自分の手を重ねる。
 お屋敷の中で手を繋ぐことは無かったから恥かしさを感じてしまうけれど、温もりのお陰で寂しさが少しだけ和らいだ気がする。



 そうして玄関まで歩いていくと、すでに全員揃っていて、笑顔で出迎えられた。

「危険な依頼だったにも関わらず、受けて下さって本当に感謝しています。
 依頼はこれで終わりですが、この縁が切れることはありません。お二人が困った時には、今度はこちらから助けられたらと思います。
 本当にありがとうございました」

 最初に口を開いたのはグレン様で、深々と頭を下げられてしまう。
 相変わらずの貴族らしからぬ腰の低さだけれど、だから何かあったら気軽に頼れそうだわ。

「クラウスさん、シエルさん。娘を救って下さって本当にありがとうございました。
 この恩は一生忘れませんわ」

 セフィリア様は、途中で目頭を押さえてしまって、言葉が続かなかった様子。
 一生会えなくなる訳ではないから泣くほどの事でもないと思うけれど、さっきまで寂しさを堪えていた私が言えることでは無いのよね……。

 でも、それくらい気に入ってもらえたという事だから、今は喜ぼうと思った。

「私のために一ヶ月も時間を取らせてしまって申し訳なかったですわ。シエル様に至っては命を危険に晒してしまって、今も罪悪感が残っていますの。
 だから、次は私が恩返しをする番ですわ。これからも友人として、仲良く出来ると嬉しいです」

「私も同じ気持ちですわ。
 お茶会を開くときには、招待してくださいね」

「ええ、もちろんですわ」

 フィーリア様からは手を差し出されたから、手を重ねる私。
 しばらく握手を交わしていると、侍女服姿のヴィオラ様が口を開く。

 ヴィオラ様は家名を失って、エイブラム家には侍女として迎え入れられることになったのだけど、元が公爵令嬢で知識もあったから、二日で全ての仕事をこなせるようになったのよね。

 けれど学院には通い続けるから、仕事量は控え目にしているらしい。
 苦悩も見えていないどころか、学院で合っていた時よりも明るくなっていて、すっかり幸せそうだから心配は要らないと思う。

「シエル様、私を地獄から救って下さって本当にありがとうございました。
 平民になってしまった今は何もお返しできませんけれど、いつかお役に立てるようになりますわ」

「楽しみにしていますわね。
 これからも、友人としてお付き合いしていきましょう」

 ヴィオラ様の言葉にそう返して、握手を交わす私。
 それから少しして、クラウスが口を開いた。

「今までお世話になりました。どうかお元気で」

「お世話になりました。また何かのご縁がありましたら、その時はよろしくお願いしますわ」

 クラウスに続けて私も感謝の言葉を口にする。
 それから揃って頭を下げてから、ヴィオラ様が開けてくれた玄関をくぐった。

 これから向かうのは、歩いて五分とかからない所にあるクラウスの家。
 きっと帝都で過ごしていれば再び顔を合わせることになる場所だけれど、これで一つの区切りがついたと思う。

 門の前まで歩いてから振り返ると、玄関の中からまだ手を振ってくれている様子が見えたから、私達も手を振り返す。
 でも、そこからは振り返らないで足を進めた。



「ただいま」

「おかえりなさい」

「そこは、ただいまだよね?」

 クラウスが持っている家の玄関に入ってすぐ、彼の言葉に続ける私。
 早速突っ込みが入ってきたから、直ぐに言葉を続ける。

「そうだったわね。ただいま」

「おかえり。とりあえず、掃除から始めよう」

「そうね」

 すっかり埃っぽくなっているから、二人で手分けして風魔法を使っていく。
 毎日攻撃魔法を使っていたら、私も魔石無しで同じことが出来るようになったから、こういう時にも魔法のありがたみを実感している。

「こっちは終わったわ」

「早いな。今日初めて使ったんだよね?」

「こっそり練習していたの」

 他愛ない会話をしながら、荷解きを進めていく私達。
 それから区切りがついた時、休憩でお茶をすることになった。

 ここには侍女が居ないから、準備は自分達でしないといけない。
 でも、上手く分担していれば、その時間も楽しいのよね。


 手早くお茶を入れ終えて、そのまま外が見える部屋に入ると、早速話題が浮かんできた。

「最初に大事なことを話しておきたい。
 今まで婚約者同士として演技していたけど、そろそろ本当の婚約者同士になりたい」

「えっと……」

 突然の告白に、言葉を詰まらせてしまう。
 告白をするということは、私を好いてくれているに違いないけれど、こんな私で良いのか心配になってしまう。

 お互いに家を出ているから、婚約と言ってもただの口約束。それでも誠実なクラウスは約束を違えることはないから、私がお父様達の対処に動くときに巻き込んでしまう。

「シエルになら、俺の全てを捧げても良いと思っている。
 俺から色々なものを奪ってしまうことを心配しているのかもしれないが、奪わせる事は絶対にしない。俺が好んでシエルに押し付けるだけだから」

 クラウスが望まない事をさせてしまうかもしれないと不安になっていると、そんな言葉がかけられる。
 どうして私の考えていることが分かるのか不思議だけれど、お陰で心配はどこかへ飛んでいった気がする。

「……そういう事なら、私もクラウスに押し付けることにするわ。
 奪われるのはもう御免だけれど、押し付けるだけなら何度でも出来るもの」

 言い方だけ見たら性格悪く思えてしまうけれど、お互いに尽くし合うというだけのこと。
 私もクラウスも、尽くして良いと思っているのだから、これが一番幸せになれると思う。

「婚約するという事で良いかな?」

「ええ、もちろん。これからもよろしく」

「こちらこそ、よろしく」

 言葉を交わしてから、クラウスの背中に手をまわす私。
 それからしばらく、私達はそのまま離れずにいた。
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